第6話


 “楔石(スフェーン)”を購入して家に帰ってきた。


 手を洗ってパン屋のおばさんにもらったミニカヌレを一つ食べ、一息ついてから、アトリエに入る。クリスタはミニカヌレを口いっぱいに入れて頬をふくらませ、ふわふわと後ろをついてきた。「甘すぎないのがいいね」と言っている。パン屋のおばさんには、精霊も喜ぶお味ですとお伝えしておこう。


 アトリエには父さんが育てていた大小様々な薬草が生えており、標本の魔宝石や鉱石が所狭しと置かれている。窓からは太陽の光が降り注いでアトリエの三分の一を明るく照らしていた。


 自分の作業台に、買ってきた“楔石(スフェーン)”を広げる。


 小指の爪ほどのサイズなので、転がって落ちないようにゆるい縁がついた布の上で作業をする。全部で二十個だ。


 形はほぼ丸いものから、少し横に広がったいびつなものもある。


 これも個性だ。一つ一つの魔宝石が愛おしい。


 ジュエルルーペを取り出して、精霊魔法で光源を出して鑑定していく。


 問題なくすべての“楔石(スフェーン)”に魔力が内包されていた。安価なものを取り扱っている魔宝石商会だと、魔力切れになっている商品を販売されることが稀にある。あの店主はそういったミスがないことで、父さんから信用されていた。


『“楔石(スフェーン)”をどうするの?』

『まずは実験だね』


 父さんの作業台のフックにかけられていた懐中時計を取り、自分の作業台に置く。


 使わなくなって時間が経過している懐中時計なのですでに動きは止まっていた。


 前面のガラス蓋を開けてから、懐中時計と触れ合うようにして“楔石(スフェーン)”を設置した。


 精霊魔法の中に【接続(オクェト)】と【効果(アクォト)】という言霊(ワード)が存在している。


 これを組み合わせると、魔宝石の効果が物体に付与できるらしい。


 父さんの手記に記されていた言霊(ワード)の組み合わせの一つだ。


『魔法を使うよ』

『なになに! なにを使うの?』


 ミニカヌレを飲み込んだクリスタが、作業台でタップダンスを始めて見上げてきた。魔法を使うのが嬉しいみたいだ。


『懐中時計に“楔石(スフェーン)”の効果を付与するよ。見ててね』

『わかった!』


 クリスタが踊りながら、懐中時計を見つめる。


 小さな観客に見守られつつ魔力の高めて、指をさして狙いをつける。


「――【効果(アクォト)】【接続(オクェト)】」


 スッと力が抜けるような感覚が走り、指先から光が走った。


 光は“楔石(スフェーン)”に当たり、蛇のようにうねってから懐中時計の秒針に吸い込まれていった。


『【効果(アクォト)】と【接続(オクェト)】の言霊(ワード)かぁ〜、面白いね! あんまり使う人がいない魔法だよ』

『そうなんだ。成功かな?』


 懐中時計を手に取り、裏蓋を開けてゼンマイを一巻きだけしてから秒針を動かしてみる。


 カチ、カチと二十秒ほど秒針が動いたけれど、力なく止まってしまった。


 上手く効果が接続できていなかった?


 一度、整理しよう。


 “楔石(スフェーン)”は微弱な不変の効果を持つ魔宝石だ。その効果を秒針に付与しようとした。でも、失敗してしまった。


 あ……順序が逆なのかもしれない。


 秒針を動かしてから、不変の効果をつけないとダメだ。先に効果を付与してしまうと、動いていない状態が不変になってしまう。


『あ〜、この“楔石(スフェーン)”、もう魔力がないよ』

『え? もう魔力切れ?』

『うん。キラキラが消えちゃった』

『あら……精霊魔法で強引に接続したからかな?』


 ひとまず、すぐに魔力が切れてしまう問題は後で解決策を探すことにして、懐中時計のゼンマイを回して秒針を動かし、次の“楔石(スフェーン)”を懐中時計と触れされた。


「――【効果(アクォト)】【接続(オクェト)】」


 狙いを定めた場所へ魔法が飛んでいき、“楔石(スフェーン)”と秒針が接続された。


 どうだろう。今度は上手く効果が付与できただろうか。


 しばらく秒針の動きを見守ると、今度は七十秒ほどで止まった。


『成功……なのかな? クリスタ、どうだった?』

『“楔石(スフェーン)”から魔力は流れてたよ〜。でもまた魔力切れみたいだね』

『なるほど。そっちの問題を解決しないと厳しそうだね。とりあえず、“楔石(スフェーン)”でも秒針が動かせることがわかってよかったかな』


 魔力が切れた“楔石(スフェーン)”をつまみ上げて、ジュエルルーペで覗き込む。


 先ほどは見て取れた魔力の流れが、完全に途切れていた。夜になって閉店した店舗のように、どこか寂しい気持ちになる。鉱石になっても十分に愛らしいけれど。


『このさ〜、カチカチ動く時計って必要なの?』


 クリスタが止まった秒針を指でつついている。


『働く人間にとっては必要だね。予定が詰まっている人……貴族とか王族は必ず持っているよ』

『へえ。太陽を見ればわかるのにね』

『精霊さんは待ち合わせとかするの?』


 興味が湧いてきて聞くと、クリスタが丸い瞳を何度か開閉してうなずいた。


『うん。夕日で空がオレンジ色になったら集合とか、そんな感じ』

『アバウトなんだね』

『そうだよ〜』


 精霊の社会は寛容で楽しそうだ。


 クリスタの頭を指先で撫でると、作業台の上部に設置されている本棚から魔宝石カット全集を取り出した。


 魔宝石のカット方法について詳しい記載がある本で、見本の絵も見やすく、これもかの有名な魔宝石卿が出版した一冊だ。


 魔宝石を加工、研磨する専門家の彫刻師が必ず持っている一冊である。


 もちろん、鑑定士も買うべき本だ。これから鑑定士を目指す方がいればぜひともオススメしたい。


『魔宝石を美人にするの?』


 クリスタが本を押さえている左手に乗ってくる。


『そうだよ。綺麗にカットして、効果を最大限引き出すんだよ』

『あ、これ、金剛石(ダイヤモンド)のカットだ』


 クリスタがめくっていたページを見て声を上げた。


『一番有名で一般人でも知っているラウンドブリリアントカットだね。カットの方法は魔宝石に合わせないといけないから、今回はこれじゃないかな』

『へえ。なんでダメなの?』

『ラウンドブリリアントカットは金剛石(ダイヤモンド)専用みたいなところがあるからね。弱い魔宝石だと効果が低くなっちゃうんだよ。選ばれし魔宝石のみに適応できるカットだね』

『そうなんだ』

『“楔石(スフェーン)”は……これなんかがいいと思うんだよね』


 数あるカット方法のうち、ブリオレットカットを選択した。


 雫型のカットで、周囲をファセットで囲まれている。ファセットというのは、カットされた面のことだ。八十四ほどの数になるのがブリオレットカットの一般的な手法だ。ファセットが多ければ多いほど輝きも増す。すなわち、普通のカットよりもファセットが多いこのカットなら、魔力の流れがよくなって持続力が向上する……と思われる。


 加えて“楔石(スフェーン)”の魔力の流れが独特な円軌道を描いていることも、このカットを選んだ理由だ。雫の形に似た動きをしているので、それに合わせた形になる。


『やってみよう。魔法でチマチマと』


 私は彫刻師ではないので、カットは専門外だ。


 それでも精霊魔法があればどうにかなってしまいそうなので恐ろしい。


『使うのは【固まれ(エラティ)】と【切れろ(オルリィ】かな?』


【固まれ(エラティ)】で魔宝石を固定して、【切れろ(オルリィ】でカットしていくという考えだ。


 ちょっとずつカットしていけば、どうにかできると思う。彫刻師にお願いしたいけれど、アイデアを横取りされる可能性もゼロじゃない。知り合いに彫刻師がいないのが痛いところだ。


 できる限り自分でやって外注は避けたい。


『四つ重ねがけすればいいじゃん。【我の(オーワァル)】【指示に従え(エァシュタイジュレ)】【想像のまま(アマオヌーゾ)】【切れろ(オルリィ】とか』

『え? もう一度いい?』

『【我の(オーワァル)】【指示に従え(エァシュタイジュレ)】【想像のまま(アマオヌーゾ)】【切れろ(オルリィ)】だよ』


 クリスタが魔力の切れた楔石に指を向ける。


 すると魔力が飛んでいき、楔石が極小のミニカヌレに変化した。


 カットされた破片がぱらぱらと作業台に落ちる。


『……反則じゃないかな?』


 数時間かかる作業が数秒で終わるなんて、精霊魔法は少々おかしい。






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