D-4

 あまり眠れなかった。

 ベッドに横になったまま、昨日のことを思い出す。

 仕事中も気になって集中できなかった。だからといってヘマはしなかったが、帰るのが予定より遅くなってしまった。

 帰ったときには彼女はすでに眠ってしまっていて――今もソファで静かに寝息をたてている。何時間寝るんだ……? ――話の続きはできていない。

 気になっていたこと――――わからないことだ。

 何が気になっているのか、わからない。わからない感情。気分。気持ち。……いや、自分にはそんなものなんてない。持っていない。……でも、心臓がむずむずする。

 彼女の言葉を聞いてからだ。はじめて言われた言葉。

 ――そうだ。

『こいつを殺してほしい』

『どうか殺さないでくれ』

 いつも、誰かを殺せ、自分を殺すな、そう言われてきた。

 自分を殺してほしいと言われたのは、はじめてだった。


「――おはよう、ござい、ます」

 納得がいったところで、彼女が目を覚ました。

 もう昼だが。

「ごめんなさい。起きていようと思ってたんですけど……」

 よく寝るなと思って、ただぼうっと見ていただけなのだが、起きて待っていなかったことを咎められていると思ったらしい。

「いや、帰ってくるのが遅かったし、別に待っていろとまでは言っていない」

 そう言うと、彼女は少し困ったような表情で笑った。

「……怪我とかしてないですか?」

「ああ」

「そうですよね。カロンさん、すごく強いし」

「……どうして、知っている? 名前も、何をしているかも、居場所も、強いかどうかも」

 疑問を口にすると、嬉しそうに言い放った。

「秘密です」

 ……は?

「どうして知っているかは秘密ですけど、どうしてカロンさんを探していたか、なら言えますよ。――私、嫌なんです。痛いのも、苦しいのも、辛いのも、怖いのも。だから、殺してもらうならカロンさんがいいなって」

「……はぁ」

「私の依頼は、痛みも苦しみも辛さも怖さも与えずに私を殺してもらうことです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る