第三章 騎士団隊長の大量注文

 アイリスがお店の店長になって一週間が過ぎた頃。お店に新しいお客様がやってきた。


「失礼する」


「いらっしゃいませ仕立て屋アイリスへようこそ」


そのお客は無表情でぶっきらぼうな口調で言うとお店の中へと入って来る。そして店内の様子をまるで品定めするかのように見まわした。


「失礼、お嬢さん。このお店の店主は今いらっしゃるだろうか」


「あ、あの。私がこのお店の店長を務めさせて頂いておりますアイリスです」


お客のそばへと小走りで近寄っていった彼女へと男性がそう尋ねる。


「君が……このお店の店長?」


「は、はい。実はある条件付きで今このお店で働かせて頂いております」


疑うような眼差しで見てくるお客へとアイリスは事情を説明した。


「ふむ。そうか……実は、このお店の評判を聞いて服を仕立ててもらいたいと思い伺ったのだが、君が店長だと聞いて考えが変わった」


「まあまあ、隊長そういわず。話だけでも伺わせてはもらえませんか」


気難しい顔でそう言うと帰ろうとする男性へとイクトが声をかける。


「あ、イクトさんお帰りなさい」


「ただいま。それで隊長。本日はどのようなご用件で」


素材の買い付けに行っていた彼へと声をかけると、イクトが笑顔で答えお客へと尋ねた。


「……今年入団する隊員達の服を仕立ててもらおうと思い仕立て屋を探していたところマルセンやマーガレット様がこのお店を推薦してくれてな。それでここに来たというわけだが、こちらのお嬢さんが店長だと聞いて依頼を頼むのはどうかと思ってしまってな」


「ああ、王国騎士団の隊服の発注の注文でしたか。しかし王宮に勤めている方達の服は専属の仕立て屋に頼んでいると聞いておりましたが」


男性が難しい顔をして考え込むとイクトが理解したが疑問に思ったことを問いかける。


「いつも頼んでいる仕立て屋の方が病で寝込まれてしまってな。それで代わりに服を仕立ててくれるお店を探していたのだ」


「そうでしたか。それならぜひともうちの店長にお任せください」


「へ? イクトさん……」


お客の話しに彼がにこりと笑い言った言葉に驚いて、アイリスが慌てて声をかけた。


「しかし大量注文になる。大変失礼ながらこの娘さんにそれを任せるのはどうにも心配なのだが……」


「まあ、そういわず一度試させてください」


躊躇う男性へとイクトが自信満々にそう言って微笑む。


「……しかしもし納得のいく品ができなかったらその場合このお店の経営自体ができない状態になりかねんぞ」


「俺はアイリスの腕を信じてます。それに俺も手伝いは致しますので」


難しい顔で言ったお客へとイクトが真面目な顔になりそう言って聞かせる。


「……分かった。では一か月後の入団式に間に合うように百着は作ってもらいたい。頼めるか?」


「ひ、百着ですか……分かりました。やってみます」


考えた末にお客がそう頼んでくる。そのけた外れの数に驚いたもののここでできないとは言えなくてアイリスは頷く。


「では、頼んだぞ」


「……イクトさん。どうしてあんなことを」


お客様が出ていった後に不安そうに彼女は口を開いた。


「君もそろそろ大量注文に挑んでもいいと思ってね。この機会にと考えたんだが、自信がなさそうだな」


「だって手縫いしかできない私は一つの注文の品を作るのだって一日がかりなんですよ。それなのに百着も作るなんて」


相変わらず優しい笑顔と口調で語りかけてくるイクトへと彼女は俯き顔を曇らせる。


「それでは今すぐに隊長を追いかけてやはり自分にはできませんというのかい?」


「……」


すこし強い口調で彼が言うとアイリスは黙り込む。


「俺はアイリスならできると思っている。そしてそれができた時君にとっての自信へとつながると確信している。大丈夫、俺も手伝うから。だけどねどんな服に仕立てるのかは君のアイデアに任せる」


「イクトさん……はい。私頑張ります」


やる前からできないと決めつけてはいけないと言いたげなイクトの眼差しに彼女は力強く頷き答えた。


それからアイリスはイクトに型を用意してもらいどんな隊服にするのかを考える。


「う~ん。やっぱり王国騎士団のイメージをそがないデザインが良いわよね。それから動きやすく仕事がしやすい感じかしら」


「丈夫でしなやかなのも大事になって来るよ。何しろ国と王室を守るのがお仕事だからね」


服のイメージを紙に書いてみながらどんな服にしようかと頭を捻らせた。イクトも一緒になって考える。


「そうですね。ではこんな感じで……うん、これでいこう」


「それじゃあさっそく作っていこうか」


「はい」


デザインが完成すると早速生地と糸を選ぶ。


「私のイメージだとこのメルクイーンの布に虹色雷魚の糸だと思うんですが今あるだけだと足りないような気がして」


「では素材の発注だね。今後発注の仕方も覚えてもらえたら俺も助かる」


「はい」


素材を手に取り考えるアイリスへと彼がそう言って発注のやり方を教える。


「市場にいる商人にこの発注書を届けるんだ」


「今日イクトさんが行ってきたところに行けばいいんですね」


「うん。市場は君が住んでいる郊外の近くにある。今日の帰りにでも渡してきてくれないかな」


「はい、分かりました」


二人のやり取りは終わり発注書を忘れないようにとカバンの中へとしまうといまある素材で作れるだけの服の型をとっていく。


この日の作業はこれで終わり閉店後市場へと立ち寄ったアイリスはイクトに教えてもらった商人のお店へと発注書を渡し家へと帰る。


三日後発注した素材が届いたので取りに来て欲しいと連絡があり、アイリスが店番をしながら服を作っている間にイクトが品を取りに行った。


「それじゃあ素材も届いた事だし今日も頑張って服を作ろうか」


「はい」


彼が帰ってくると作業部屋へと素材を持って行き棚に仕舞う。そして作業に取り掛かろうかとした時お客が来たことを知らせる鈴の音が鳴り響く。


「いらっしゃいませ。仕立て屋アイリスへようこそ」


「よう。アイリス、今日も順調に仕事してるか」


作業部屋から出てくるとマルセンが店の中に立っていた。


「あ、マルセンさん。本日は如何なさったんですか?」


「いや、ちょっと近くにきたんでな。それより王国騎士団の隊長がここを訪ねてこなかったか?」


今日は何の用できたのか尋ねるアイリスへと彼がそう聞いてくる。


「ええ、いらっしゃいましたよ。それで今急いで注文の品を仕立てている最中なんです」


「そうか……アイリス。これ、知人から貰ったんだが俺じゃああつかいに困っていてな。良かったら使ってくれ」


それに素直に答える彼女へと彼が袋一杯の素材を差し出した。


「これは不死鳥の羽ですよね?」


「ああ。この羽は丈夫で長持ちすることで有名だからな。今回の依頼の品にちょうどいいんじゃないか」


「ありがとうございます。早速糸にして使わせてもらいますね」


素材を見たアイリスへとマルセンが説明するように話す。


素材を提供してくれるなんてありがたいと思いながらお礼を言うとそれを受け取る。


「顔色が悪いようだが、あまり無茶はするなよ」


「大丈夫ですよ、少し疲れがたまっているだけです。ちゃんと休んでますので」


心配そうに言う彼へと彼女は安心させるように笑顔で答えた。


「それじゃあ俺はこれで」


「はい。……結局マルセンさん何しにいらしたんだろう?」


マルセンが何しに来たのか分からず疑問を抱いていると再びお店の扉が開かれお客が訪れる。


「アイリス、イクト様の足を引っ張ったりしていなくて」


「あ、マーガレット様いらっしゃいませ」


扉を開けて入ってきたマーガレットがそう尋ねるとアイリスは笑顔で接客する。


「……ちょっとあなた顔色が悪いみたいだけど、ちゃんと休んでますの。あなたが倒れでもしたらイクト様にご迷惑がかかるんですから、しっかりしてちょうだいよ」


「大丈夫ですよ。仕事詰めでちょっと疲れてはいますがちゃんと家ではゆっくり休んでますので」


彼女の表情を見たとたん心配そうな顔になったマーガレットがそう話す。それにアイリスは安心させるように微笑み答えた。


「もう……それでお仕事の方は順調なのかしら」


「はい。今依頼された品を作るのに忙しいくらい順調です」


「そう。……それならいいんですわ。それじゃあね」


マーガレットの質問に答えると彼女は安心した様子で微笑み店を出ていく。


「はい。……マーガレット様も一体何しにいらしたんだろう?」


「二人ともアイリスの事が心配なんだろう。ここの所君は作業部屋に入ったまま出てこないことが多かったから、でも君の顔を見て少しは安心したんじゃないかな」


二人の客人が注文もせず帰っていったことを不思議に思い呟くと作業部屋から出てきたイクトがそう説明する。


「私お客様にまで心配かけさせちゃってるんですね」


「どうやらマルセンもお嬢様もすっかり君のファンになってしまったようだね」


「私のファン?」


お客様にまで心配をかけさせている事実に俯くアイリスへと彼がそう話した。その言葉に不思議そうに首を傾げる。


「うん。お客様の心を掴んでるって証拠だよ。これからもお客様に満足してもらえる服を仕立てていこうね」


「はい。そうなるように頑張らなきゃ。まずは今受けている騎士団の隊員服を全て仕上げてしまわないと」


「そうだね。それじゃあ残りの作業も頑張ろうか」


笑顔で語るイクトの言葉に意気込む彼女へと彼は優しく笑いそう促す。そうして再び作業部屋へと戻ると二人で隊服を縫う作業を続けた。


それからさらに一週間が経過しついに納期まであと二週間となったある日。


「できた。後はこの不死鳥の羽から作った糸で刺繍を施せば……完成」


「よく頑張ったね。お疲れ様」


最後の服を仕立て終えると作業台に突っ伏してしまったアイリスへとイクトがそう声をかける。


「イクトさんが手伝ってくださったからです」


「俺は裏地を縫い合わせるのを手伝っただけで、後は全部アイリスが一人で頑張ったんだよ」


慌てて起き上がるとそう言って首を振る。そんな彼女へと彼が微笑み言った。


「でも、この依頼を達成できたのはイクトさんの支えがあったからこそです。ですからお礼を言わせてください。ありがとう御座います」


「うん。でもこれで君はどんな依頼が来たとしてもやっていけれることが分かった」


イクトの力があったからこそ今回の依頼は達成できたのだと語るアイリスの言葉に、感謝されて素直に頷くもそう言って褒める。


「はい。ってあれ? 発注した在庫がこんなにあまってる。もしかして私発注ミスを? す、すみません……」


「ははっ。俺も言われるまで気づかなかったよ。大丈夫。足りないのなら困るけど、多い分には次に回せられるから」


周囲に積み重なった在庫の箱の山に気付いた彼女は自分の失敗に気付き頭を下げた。その言葉にイクトも周りを見て今気づいたとばかりに笑う。


「イクトさん……」


「でもこれからは発注ミスしないように心がけてね」


「はい」


彼の優しさにいつも助けられてばかりだと涙ぐむアイリスへとイクトがそうやんわり注意する。それに彼女も力強く頷き答えた。


そうしてお客が注文した品を取りに来る当日を迎える。


「失礼……この前お願いした品を取りに来たのだが」


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。アイリス」


「はい。……こちらがご依頼いただいた品になります」


不安そうな顔で入店する客にイクトが笑顔でアイリスを見やる。彼女も自信満々な笑顔で答えると棚の奥から服が入った籠を取り出す。


「百着丁度こちらの籠の中に入っております。是非お手に取ってご確認ください」


「あ、ああ。……これはこのきめの細やかな生地はメルクイーンか。そしてこの刺繍は不死鳥の羽の糸」


「お気に召したでしょうか?」


服を手に取った男性が驚いた顔で呟く。その様子を固唾を飲んで見守りながらアイリスは尋ねる。


「王国騎士団の威厳さを保ちながらも品がよくそして民衆から好かれそうな素朴な雰囲気もありとても気に入った。これならちょっと稽古しただけで破けたりもしなさそうだしな」


「よかった……」


硬い表情を崩しようやく笑顔になったお客の言葉に彼女は安堵して微笑む。


「正直君に依頼した時はこんな無理難題な依頼きっと途中で自信を無くしてやめてしまうのではないかと心配していた。だが、君は決して最後まであきらめずお客のためを思い依頼をこなそうと必死に頑張ってきた。マルセンやマーガレット様が君の店を勧めてくれた理由がようやく分かった気がする。君は職人として立派に仕事をこなしたんだ。ありがとう」


「こちらこそ、お客様のおかげで私自分じゃまだまだできないことだらけだって思っていたことができたんです。ですからお礼を言うべきなのは私の方なんです」


お礼を言われてアイリスは慌ててそう答え頭を下げる。


「……私は王国騎士団第一部隊隊長のジャスティンだ。また何かあったら君に依頼したいと思う。これからもよろしく頼む」


「はい、こちらこそ今後ともよろしくお願い致します」


ジャスティンの言葉にアイリスは新しいお客様と仲良くなれたような気がして嬉しくなり笑顔を浮かべた。


その後入団式でアイリスが作った服を着た新人達の晴れ姿は瞬く間に王国中の噂となり、ライゼン通りには凄く腕の良いお針子の少女がいると知れ渡ることとなる。そして仕立て屋アイリスは人気が急上昇し我も我もと服を仕立ててもらいたいというお客が毎日訪れるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る