6A-3『人類に異常なし -前編-』
「さてと……そこまで急ぐ訳でもないが、ぼちぼち本題に入るか」
ジュリアスの宣言に同意するように猫が短く鳴いた。
空いた席に二人が座り、全員が円卓の前に着席する。
「早速だが今日の夜明け前、下見に行ってきた。
向かってな」
「……その時間帯なら小競り合いも終わってお勤めご苦労様、という感じ?」
「そうだな。事前に周辺で張り込んでる冒険者一行やら騎士団やらに手土産を
持って聞き込みしたんだが、魔物が領域を拡げる為に境界を越えてくるのは
晩の飯時よりも遅く、夜半より早い時間帯が多いらしい。襲撃の負担を減らす
為に日中に瘴気の中へ侵入して周辺を掃討したりもするそうだ。騎士団が
輪番を組んでな。偶に冒険者とも連携するが、それで侵入してくる魔物の数は
減少しても襲撃自体が
「相当な数がいるようだな……」
「それだけ補充もされてるって事だね」
ジュリアスは頷いて話を続ける。
「……で。大魔孔の中心よりも離れた境界線の……外周に近いほど魔物の数は
多いらしい。頭数とは反比例して質はそれほどでもないそうだが。逆に言えば
中央付近の魔物は強く、しかし密度はそれほどでもないって事だな。実際、
それは中途まで侵入して確かめてきた。境界から市街地跡に入るまでは小型の
妖魔の集団や
列を組んで徘徊していた。騎士団や冒険者が相手してるのは主にこいつらだな。
市街地跡に入ってから遭遇する数こそ減るが、だからっていなくなる訳じゃない。
事実、亡霊共の装備の質は上がってたかな」
……"亡霊戦士"とは便宜上の呼称であった。
戦闘で亡くなり、武装した姿で魔物として蘇ってきた不浄の者達。
分類としては死人の
いた技術や魔法を駆使してくる事。
武具も生前の物を模造して身に着けている。故に見た目や技量から亡霊戦士や
亡霊術師などと区別されていた。
通常は大魔孔を除けば坑道跡、秘境等に開いた古い魔孔から出没すると言われ、
「……他には何かいたかい?」
「ま、いるだろうな」
ジュリアスは即答する。
「だが、市街地じゃそいつらと犬くらいしか見当たらなかったんだよ。運が悪くて
な。見てきたのは其処までだ。で、其処から遠見で探ってみたが市街地跡から先、
大魔孔までの道のりは荒れ地というか平地で身を隠せそうな場所はほぼ無かった。
但し、周囲は瘴気と闇夜が
やり過ごす事は出来るかもしれん。気休めだけどな。どうせ立ちはだかる魔物は
全滅させるつもりでかからなきゃならんから、いざという時、自分の身は自分で
守ってくれ……と、纏めるならそんなところだな」
「一体何がいるんだろうねぇ……」
思わずルー=スゥが苦笑する。釣られてジュリアスも「さあな」と小さく笑った。
「……それで、首尾よく大魔孔にたどり着いたらどうする。俺は何をすればいい
んだ?」
「当然、"
「──何を焼く?」
「……大魔孔だよ」
ジュリアスが示した単純で漠然とした標的にドーガは沈黙する。
「……何か問題でもあるのか?」
「問題……かは分からんが、俺はまだ"絶対昇華"を使った事がない。使えない事は
ないと思うが、もしかしたら想定した威力は出ないかもしれない」
「甦ってから、ね。ボクが許可しなかった」
「……なんでまた?」
「"絶対昇華"は唯一無二だからね。こちらの態勢が整わないうちに彼の復活を
察知されるのは避けたかったんだよ。……結局、バレちゃったけどね」
「ふぅん……(許可、ね……)ま、そっちの事情はよく分からんが……」
ジュリアスは一つ嘆息を吐く。
「ドーガに関しては心配いらんだろう。今の実力が未知数で不安になる気持ちは
分からんではないが、絶対昇華は特別だ。あれがその程度の揺らぎでどうにか
なるなら誰も苦労しないからな。生前に修得しようとして失敗して、付け焼刃の
対策で対決した当事者が言うんだ。問題ないよ」
「その根拠のない自信はなんなんだ……」
「だから、その根拠こそ対決した時の経験なんだろうが」
「いや、だから──」
「はいはい。ボクにはジュリアスの言い分もドーガの言い分も分かる。絶対昇華は
確かに最強だけどドーガ自身が最強かといえばちょっと違うし、今は色々と不安定
だ。でも、その上でだ。案ずるより産むが易し、という言葉もある。過信はよくない
けど過小評価もよくないと思うよ。この場ではね」
ルー=スゥが二人の会話を割って仲裁し、それまで無感情に話を聞いていた少女が産むが易しの部分に反応して力強く頷いた。
……そして。
話の間が出来ると注目を集める為、彼女の膝の上から猫が鳴き声をあげた。
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