第17話

作家は何かのはずみに、娘が便箋を落としてしまったと思い込んでいるらしいのです。作家は娘に自己紹介をしました。


自分は小説家であること、それにエッセーや評論なども書いていること、そういった娘がすでに知り抜いていることを話しました。


「もしかしたら、私の名前ぐらい聞いたことありませんか?」

と作家は言いました。


娘は恥ずかしそうに、こくんとうなずきました。作家はにこにこしながら、そうですか、それは嬉しいなぁ、と言った後で、詩はずいぶん書いているのか、良かったら自分が出版社を世話しよう、と言いました。


娘は戸惑いました。どう言っていいのかわかりませんでした。ただただほほ笑むしかありませんでした。

愚かしく見えはしないかと心配でしたが、作家はそんなことは気にもしていないようすでした。


作家の申し出は、こんな場合でなかったら嬉しいものでしたが、思いきった告白が全く勘違いされてしまった娘は、すっかり取り乱して、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。


そこへN夫人が姿を現しました。何やら話し声が聞こえたので、外に出て来たのです。N夫人はそこにいる作家を見て、ひどくびっくりしていました。まあ、それも当然のことかもしれませんが。


その場のようすを見て、勘の良いN夫人はだいたいの事情を察したようでしたが、少しもそんなような素振(そぶ)りは見せませんでした。


N夫人は内気で恥ずかしがり屋の娘に、よくぞそんな勇気があったものだと思いました。

「よっぽどこの若者のことが好きなのね」


N夫人はちらっと娘の顔に目をやりながら、そう思ったのでした。


「落とした便箋を届けてもらったのです。そして、そこに書いてある私の詩を読んで、詩集を出してくださると申し出ていらっしゃるのです」と娘が言うと、N夫人は、「それはご親切に。どうもありがとうございます。どうぞ、何のお構(かま)いもできませんが、お上がりになってください」と言って、先に立って作家を案内しました。


娘は、足の悪いことを非常に気にしましたが、作家と知り合いになるなら、どうせいつかはわかることでした。


それでも、胸が、胸が痛みました。自分が不格好に歩くさまを思い、顔から火が出るような思いでした。

「なんて呪わしい足!」


この足のために娘は外を出歩くことを好みませんでした。歩いている間中、人が心の中で、無様(ぶざま)な歩き方をするな、と感じているに違いないと思うからでした。

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