第8話

やがて、母親は心や身体が疲れきってしまい、病気になりました。病気は次第に重くなり、母親はすっかり痩(や)せて、やつれてしまいました。病院の寝台に横になったまま、一日一日と身体は弱くなっていきました。そして、父の帰りを淋(さび)しく待ちながら、母親はとうとう亡くなってしまったのです。若く、美しく、これからという時に…。


その母親を思って、娘は詩を書きました。この時に、娘は初めて詩を書いたのです。娘は天成の詩人であり、作家でした。次から次へと美しい言葉、優(すぐ)れた文章が、激しい水の流れのようにあふれ出てきました。自分でも、止めることが出来ないほどでした。


娘は、この日から詩や小説を書くことが、日課のようになりました。というより、書かずにはいられませんでした。それはあまりにも激しい欲求でしたし、書くことは本を読むこと以上の喜びでした。


もちろん、娘は本をたくさん読みました。一日に一冊は読みましたが、それは娘にとって慰(なぐさ)めとなり、喜びとなりました。


本は、娘にとって欠かせないものでした。世界の文豪達が書いた素晴らしい芸術作品は、娘の心を奥のほうから揺さぶり、虜(とりこ)にしました。中でも娘が一番好きだったのは、ロシアの作家のチェ―ホフでした。


「黄昏(たそがれ)の歌い手」「絶望の詩人」と言われた、あの心の優しい作家の作品を、娘は心から愛したのでした。ロシア文学の輝ける星レフ・トルストイは、ゴーリキイとともにチェ―ホフが歩いている姿を見て、「心の優しいお嬢さんのようだ」と、涙を流したということです。


チェ―ホフは、大変な苦労人でした。二十歳代の若さで、十数人の家族を養わねばなりませんでした。そのためにチェ―ホフは、コントを書いて書いて書きまくったのです。


娘はチェ―ホフが苦労人であることにも感動し、チェ―ホフの苦しみを思い、胸を痛め、涙を流しました。そして苦しい時にはいつも、

「チェ―ホフだって苦しんだんだ」

と思い、心を慰(なぐさ)めたのでした。

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