アナザー・リバース ~未来への復讐~
峪房四季
感想 Scene1 埋もれた弱者
scene1-0 流浪の汚染者
XXXX年。
資源に乏しい島国ながら、応用技術で高い世界地位を確立する先進国。
そんな国の首都は、ある日一夜にして無残な火の海となっていた。
「誰か……誰、か……助け……――」
崩れたビルの瓦礫に爪先から胸元まで埋もれた男が悲痛な呻き声を上げ、虚空に彷徨わせていた手を地面へ落としてこと切れる。
あまりにも哀れで残酷な死。
だが、それも仕方ない。
何故なら周囲には、この男と同じ様に来る当ても無い救いをただひたすら懇願し続けた末に、哀れな骸を晒す者達で溢れ返っていた。
状況は皆同じ。
誰一人、他人を助ける余裕など無かった。
「ママぁッ! ママぁぁ――ッ!! ……あ」
ぬいぐるみを引きずり泣きじゃくる幼子の上に崩れたビルの残骸が無慈悲に降り注ぐ。
風の速さで駆け付け、強靭な腕でそれを受け止めて幼子の危機を救う正義のヒーローなどいない。
どこまでも残酷な破滅の現実、老若男女を問わない死屍累々の惨状。
まともに形を残した建物は殆ど無く、皮肉にもいつもより広く見える空は無数の黒煙で焦がされていた。
ひっくり返り炎上する車などまだ生優しい。
乱立する傾いたビルの四~五階辺りに突き刺さった大型トラックや自衛軍の装甲車等がこの惨劇の異常な暴虐さをより表現している。
「くそ……よく、も……」
捲れ上がったアスファルトの舗装路。
その裂け目に血の滝を彩る一人の男が倒れていた。
赤いボディスーツにフルフェイスのヘルメットを被り、割れたブラックスモークの星形バイザーから覗く顔面は鮮血に染まっていて、この男の命ももはや風前の灯火なのが容易に伺える。
「み、みんな……」
男は流血に涙を混ぜる。
赤いスーツの男の周りには、同じデザインをした青と緑のスーツを纏った男性達が倒れていた。
さらに黄色と桃色のスーツを纏う女性達が二人折り重なる様に倒れていて、四人ともすでに息は無かった。
彼ら五人は、地球を爆発させて自分達を称える新たな星座を作ろうと目論む悪逆非道な宇宙生命体〝アザトス〟から、地球を守るためにやって来た天体戦士〝流星戦隊・コスモレンジャー〟
アザトスの野望を防ぐため、彼らは流れ星に乗りこの星へ降り立った。
そして五人は、天文学者を目指す心優しい少女――〝
しかし、そんな夜空に瞬く星の様な可憐な笑みで自分達に協力してくれていた少女は、コスモイエローとコスモピンクの挺身も虚しく二人の腕の中で静かに息を引き取っていた。
「く、くそ……夜空、すまない……」
長い戦いの末に形勢は優位だった。
困難な強敵に一時は全滅の危機に瀕したが、夜空の清き心が五人のスターソウルを覚醒させて、あとはアザトスの女首領・ジャネシスを倒せば地球に平和が蘇るはずだった。
しかし、そんな最後の戦い。
ジャネシスとの直接対決の最中に突如
そして、その謎の男はそのまま今度はコスモレンジャー達を薙ぎ払い、さらには無差別に街を破壊してしまったのだ。
「ぐはっ!? ゲホッ、ゴホッ! く、くそ……なんなんだ? あの男は……」
赤黒く塗り潰されてゆく視界に仲間達を捉えながら口惜しさに呻き泣くコスモレッド。
徐々に全身の痛みを感じなくなり始めていて、死がすぐ間際に迫っていると分かる。
するとそこで耳に届く微かな足音。
コスモレッドは鉛がのしかかっているかのような首を上げて、仲間達が倒れているさらにその先へ目を向けた。
「おや、まだ生きていたのかい? あぁ……これは悪いことをしたね。余計な苦痛を与えるつもりはなかったんだ。今楽にしてあげるよ……この世界の
コスモレッドの視線の先には、街と命が焦げた臭いを含んだ風に黒いコートと白のストールをなびかせ、コートに合わせた黒い中折れ帽子を片手で抑えるこの惨状を生み出した張本人の男が立っていた。
背は高い方だが、コートの上からでもあまり筋肉質的な身体をしている様には見えない。
さらに、帽子を押さえるその手は少々インドアが過ぎると思わざるを得ないほどに色白でひ弱さすら感じさせる。
「君達はよくやっていた……人々が想像する〝正義〟を簡潔明瞭に体現していたね。本当にご苦労だったよ」
低く落ち着いた声色と丁寧な言葉遣いが一見紳士さを感じさせるものの、その実途方も無い高みから自分以外の全てを見下している様なニュアンスも感じる。
コスモレッドには、もう指一本動かす力も残っていない。
だが、せめて……この男の正体だけでもと喉奥から溢れる血混じりに問い質す。
「ごはッ!? う、ぐぅ……お、お前は……何だ? い、一体……何が、目的なんだ?」
「ん? いや、君達が気にする必要は無い。だが、こうして死に際に立ち会ったのも何かの縁。少しだけ教えてあげよう。君達がアザトスを倒して地球に平和が訪れたら、そこの少女に連れて行ってあげると約束していた〝正義惑星・ジャスティピア〟なんて星は存在しない。全て自然生成された
「なッ!? なんでお前が俺達の母星の名を知っ――ぶぇあぁッ!?」
コートの男がかざした手を握ると、コスモレッドのヘルメットが内側から〝パァン〟という音を立てて一瞬首から上が跳ね上がりすぐにガクリと下を向く。
そして、割れたバイザーから悍ましいほどの血肉が滴り落ち、そのヘルメットの中がどうなってしまったのか恐ろしい想像をさせる。
「ふぅ……無理矢理造られた世界に踊らされる命というのは何度見ても気の毒なモノだ」
こと切れた戦士達の亡骸を眺めながら男は深い溜息をつき、肩を竦めながら片手を胸元に添える。
哀悼の意を示しているような仕草だが、帽子の鍔から覗く口元には明らかにあざ笑いの弧が描かれていた。
すると、そんな彼の背後に瓦礫の欠片が落ちる音がした。
「
鈴を転がした様な華奢な声が背後から響き〝良善〟と呼ばれたコートの男は、今度はうんざりとしたニュアンスの溜息を吐きながら振り返る。
「
良善が帽子を脱ぐ。
少し白髪が混じった短髪。
彫りの深い顔立ちは良い歳の取り方をしたダンディズムを感じさせ、中折れ帽にコートとストールを合わせたマフィアコーデともマッチして実に着こなせている。
ただ、どうやら自分の名前は気に入っていないらしく、眉をハの字にして苦い表情をしていた。
「うふふ……だって、その名前呼びにくいんですもん。それに――〝良善
鈴の声の主は和服を纏う幼い少女――〝
背丈だけを見れば十代前半、黄色い陽差し帽に赤いランドセルを背負っていても、さほど違和感は無いであろう可愛らしい童顔。
しかし、茜色をベースに舞い散る紅葉をあしらった着物を纏い、艶やかな光沢のある薄茶色の髪をアップスタイルにして赤い珠の付いた簪を刺したその出で立ちには不思議な成熟さも感じさせる。
そして、その背丈よりも遙かに長い鍔無し白木仕立ての太刀を背中に携えることで、得体の知れない不気味さが表現され、総じて見る者に彼女を〝危険〟と結論付けさせる。
「それにしても、あぁ……良い眺め♡ 久し振りの滅亡の香りが心地良いわ♪ 正義感に溢れた素敵な世界が滅茶苦茶に壊れた光景は、やっぱり風情がありますよね。あ、そうだ! 忘れない内に
黒煙が上がり崩壊した街並みをうっとりと目を細めて眺めていた紗々羅は、懐からカラフルなピンポン玉大のガラス玉を四つ取り出して投げ渡すと、良善は器用にそれを片手で受け止めて掌でコロコロと回し遊ぶ。
「うむ、ご苦労様だ。相変わらずスマートな仕事で……ん?」
良善は掌で回していたその玉を指の間へと挟み、まだ燃え盛る街の炎に透かしかざす。
その玉の中には全身ズタズタに痛め付けられて気を失い、両手を縛られて吊された四人の少女らしき姿があった。
「これはまた……随分と手荒く叩きのめしたね?」
「くふふ♪ だって結構ご無沙汰だったんですもん。たまには抜いてあげないと私の白鞘が錆付いてしまうわ」
口元に指を当て小首を傾げて可愛らしく笑う紗々羅。
対する良善も「まぁ、別に構わないがね」と苦笑を浮かべ、その四つの玉をコートのポケットに仕舞う。
すると紗々羅はピョンピョンと瓦礫を飛び渡って良善の隣に並んで来た。
「それにしても……なんですか? このカラフルな全身タイツのヘルメット達は?」
「おや? 紗々羅嬢は知らないのかい? こういう色分けされたグループが〝何々戦隊〟やら〝何々ジャー〟と名乗り、何故か無償で命を懸けて人々の平和を守るのが、老若男女を問わず非常にポピュラーな〝正義の味方〟のイメージなのだよ?」
穏やかに語る良善だが、その顔は酷く見下した皮肉たっぷりの冷笑を浮かべている。
ただ、紗々羅の方はより露骨に肩を竦めて背負った太刀を鞘ごと手に取り、コスモレッドの亡骸をまるで虫の死骸でも見るように突き鼻で笑う。
「へぇ~、これがねぇ……残念ながら私には響きませんね。手垢に塗れた勧善懲悪を地で行く輩には辟易します。そもそも私はそういうのを斬り倒す側だし♪ で? そんな〝正義の味方様〟が幅を利かせる〝この世界〟がこうして滅亡したことで〝あっちの世界〟に影響が出るんですか?」
「あぁ、因子が死んだこの〝正義の
コートのポケットに入れた先ほどの玉をカチカチと鳴らす良善。
その笑みに紗々羅もクスクスと笑って同意し、二人は並んで歩き出す。
「あ、そういえば
そんな紗々羅の言葉に、自分が招いた地獄の様な周囲の惨状をまるで景勝地の様に眺めながら歩く良善の顔が含み無く明るい表情に変わった。
「おぉ、そうだそうだ! じゃあすぐに戻るとしよう。雅人一人に任せておくのもまだいささか不安だし、それに
紗々羅が何とも言えぬ生温い視線を向けて来ていることに気付き、良善は憮然とした顔になる。
「やっぱり面倒見の良いお方♪ 名前負けしてない善行者さんですね?」
「……よしてくれ」
良善は帽子を深めに被り直し、紗々羅と並んでその場を歩き去る。
コートと和服の裾が風になびき、その二つの背中が一瞬舞い上がる砂埃に覆われると、次の瞬間にはその姿は影も形も無く消えてしまっていた…………。
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