ニートの魔王退治

たこのあし。

第1話

「ジャックよ、お主が魔王を退治するのじゃ」


毎日同じように昼に起きて作りおきのご飯を食べようと一階に降りたら、なぜか母がいた。

「母さん、今日仕事じゃないの?」

「村長さんがあんたを呼んでるの。それ食べたら行くわよ」

そんなの置き手紙に書いておけば仕事を休まなくてもよかったのに。と思ったが、それだと無視して行かないことがなきにしもあらずだ。母さんは俺のことをよくわかってるな。今日こそは就活しようと思ったのに、村長のジジイめ。夜まで待たせてやろうと、わざとゆっくり食べていたら「さっさと食べなさい!」と母に怒られた。

支度を済ませて村長のところに行こうと玄関を出ようとすると、なぜか母もついてこようとしていた。

「母さん、俺一人で行くから、ついてこなくていいよ」

「なに恥ずかしがってるのよ。ずっと働かず家の中で遊んでることを恥ずかしがりなさいよ」

「ほら行くわよ」と背中を叩かれる。一歩踏み出すと太陽の光が眩しかった。久しぶりに外に出た気がする。あー、面倒くさくなってきた。家に帰りたい。しかし、看守のように後ろを歩く母がそれを許してはくれない。ときどき母の知り合いに遭遇しながら──ジャックくんは今何してるの?と聞かれ、母が「何にもしてないわ。スクールを卒業してから働かずにいるのよ」と答えて白い目で見られたときは地獄かと思った──村長がいる場所にたどり着いた。


「魔王を、退治……俺が?」

村長はこくりと頷いた。わけがわからず、呆然としていると村長が話し始めた。

「さっきもいった通りお主が勇者に選ばれたのじゃ。魔王復活により凶悪な魔物が多く解き放たれるじゃろう。森に囲まれたこの村は魔物にとって恰好のお食事処じゃ。預言によると1週間後にこの村は襲われるそうじゃ……ジャック、お主にしか頼めぬ仕事じゃ」

村長が険しい顔でこちらを見つめてくる。隣にいた母は泣き崩れ、村長の奥さんに背中をさすられていた。俺が、勇者?そんな、馬鹿な。だって。だって。

「だってそいつの預言、一度も当たったことないだろ!」

村長の横に佇む占い師の老婆を指差した。突然、話に加わえられた老婆は肩を揺らし、持っていた水晶を落としそうになっていた。このインチキ占い師に一度占ってもらったことがある。当時好きな子がいてどうすれば良いか占ってもらったら「両思い。間違いない。告白するなら今が好機よ」と言われてすぐにその子の家に言って告白したら「え、誰?話したことあるっけ?ごめん無理だわ」と言われ次の日、告白したことがスクールの皆に知れ渡っており、俺のガラスのハートは粉々に割れた。祖母が占ってもらったときには何故か高い壺を買わされて帰ってきた。その水晶だって代々家に伝わるものだとか言っているが、雑貨店で買ってるところ見たぞ。睨み付けると老婆は村長の後ろに隠れた。

「こんな婆さんの言葉なんて信じられるわけないだろう。そもそも、魔王が復活したとか言うが、じゃあ前に魔王がいた時代はあるのかってんだ。スクールで教えてもらったことないぞ」

「落ち着け、ジャックよ。魔王のことは誰も知らぬ。代々、村長だけに教えられる伝説じゃ……まあ、そういうことでお主にこれを授ける」

そういって押し付けられたのは鞘に入った剣と折り畳まれた紙だった。

「ジャックよ、健闘をいのる」

「え、俺行くなんて一言も言ってな──」

言い切る前に屈強な男たちに羽交い締めにされ村の外へと追い出された。門は閉められ、村は高い塀で囲まれているから中に入れなくなった。どうにか入れたとしてもまたあの男たちに追い出されるのだろう。魔王退治といっても他に道具とか食料ないと魔王のいるところまでたどり着けないだろ。

「ていうか、魔王の居場所なんてしらないんだが」

そう呟くと「紙を見ろ」と門の中から聞こえた。居たのかよ。言われた通り押し付けられた折り畳まれた紙を開くとたぶんこの辺りの地形が描かれていた。この村も載っており、離れた場所に「このへん」と丸で囲まれていた。ここが魔王の根城ということか。

「それにしても、もっと丁寧な地図はなかったのかよ」

経路とか目印とか描いてくれよなあ。今度は門から返事はなかった。もう居なくなったか。

「しかし、方位磁石とか持ってないから方向がわからん。進めないぞ」

道具が剣と地図だけってニートの俺にはハードモードすぎじゃないか?そう思っていると門が少し開いてその隙間からリュックサックが投げられた。居たのかよ。居たんなら地図のこと無視するなよ。

「道具はそれだけだ。食料は自分で取れ」

「へいへい」

道具が入って重たいリュックサックを背負う。剣を縄で腰にくくりつけ、入っていた方位磁石と地図を見て森の中へ進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る