第79話 姉貴の過ち


『正義へ。学校が終わったら、直ちに迎えに来るように』


 放課後になり、スマホを確認したら、そんなメッセージが、姉貴から来ていた。この光景、昨日も見た気がする。


「今日は、どこで待ち合わせなのかな~?」


 スマホを見て固まっている俺を見て、菜摘は紙パックの牛乳を飲みながら、そう聞いて来た。


「……お台場の自由の女神」


 姉貴の事だから、バスや電車、タクシーを使ったとは思えない。俺らが学校で勉強している間に、自由が丘からお台場に歩いて行ったようだ。


「ヒロ、また迎えに行くの?」

「行くしかないだろ」


 俺が頭を抱えている様子を見て、楠木は大きく息を吐いてから、頬杖をつきながら、俺をジト目で見ていた。


「ヒロのお姉さん、ちょっと我が儘じゃない? 社会人なんだから、タクシー使って、一人で帰ってくれば良くない?」

「それは俺も思う。けどな、他人の運転が信用できないから、タクシーとかバスには――」

「例えヒロが優しい弟だからって、甘えすぎなのは、ちょっと違うと思うし、人間不信を言い訳に説教するなんて、何か聞いているとムカついてくる。ヒロ、私も行くわ」


 俺が止めても、楠木は行くだろう。あまり揉めないよう、俺が見張っていないといけない。


「お二人とも、ヒロポンがお台場で、デートしようって言ってるよー」


 もう教卓が自分の席になった渡邊は、帰る準備をしていた木村と紫苑にそう呼び掛けると、案の定、木村と紫苑も付いてくる事になった。





 明日は土曜日なので、学校帰りにやって来た、お台場海浜公園には、やけにカップルが多い気がした。昔の俺なら、この空間に耐えられず、逃げ出しているだろう。


「よう。歩きすぎて筋肉痛か?」

「……せやね」


 自由の女神像の足元で、姉貴は座り込んでいた。朝のような覇気がないので、本当に歩いてお台場に来たようだ。


「丁度良かった。姉貴が心配していた、俺の学友も迎えに来てくれたぞ」

「そうなん? けどな、今は会う気分じゃないねん。また今度でもいいか?」

「良くねえよ。話し込まなくても良いから、挨拶だけでもしろよな」


 俺は無理やり姉貴を歩かせて、俺はみんなが待つ、浜辺の方に連れて行った。


「ちょっとっ! 高村、水かけないでっ!」

「良いじゃありませんか~」


 俺が無理やり姉貴を連れ出して、苦労していたと言うのに、浜辺では、紫苑が楠木と木村に水をかけて、なんかすごく楽しんでいた。こう言うのに、男の俺が混入したら、世間に叩かれるので、俺は素晴らしき光景に、つい拝んでしまった。


「いやー。若いのは良いですねー」

「お前も十分若いだろ」


 保護者面している渡邊は、楠木たちを微笑ましく見ていた。


「何や? あんな尻軽女みたいな奴らが、正義の学友か?」

「まあな。趣味も似ているし、成績の面でも似ているから、一緒に勉強している仲でもあるな」

「正義。悪い事は言わん。あの女たちとは、離れた方が良い」


 姉貴は、人を見た目で判断したようで、楠木たちとは距離を取れと命令した。


「あんなべっぴんさん、正義に好意を持つわけないやろ? 菜摘ならともかく、今年から仲良くなった奴らを、簡単に信用したらアカン。あんなべっぴんさんほど、マルチ商法とか、違法なバイトの話を持ち掛けて、正義を苦しめるに違いないわ」

「だったら、姉貴はどういう人なら、信用できるんだ?」


 もう俺には、姉貴の考えが分からないので、そう聞いてみた。


「身内、だけや。血のつながりの無い人は、やっぱり信用できへん。ここに来るまで、通行人や交番に立ち寄って、道を聞いた。けどな、やっぱり裏では何か違う事を考えているんじゃないのかって、思ってしまうねん。大人のくせに、迷子とか恥ずかしくないのかとか、道案内ぐらいで、警察の業務を止めさせるなとか。私をすべて非難しているんじゃないのかって、思ってしまう」

「姉弟そろって、どっちも女々しい考え方していますね」


 姉貴がそう語っている時に、若干服が濡れている楠木が、そう言った。


「自分のようにならないよう、色々と注意しているみたいですけど、お姉さんは、ヒロにも人間不信になってほしいんですか? ヒロを根暗で陰湿、部屋から出て来ない、誰も信用できなくなってしまうぐらいの、弱い弟にしたいんですか?」

「学生が、偉そうなこと言わんといてくれるか?」

「私も、弟と妹がいるんで、お姉さんの気持ちは分かります。私と同じような過ちはして欲しくないって、だからいけないと思った事は、強く叱ってしまう時もあります」


 楠木の話は、妙に説得力があった。昼に渡邊が言っていた、中学の時に楠木がやんちゃしていた頃を、自分の過ちだと思っているのだろうか。


「だからと言って、何もかも説教するのは、間違っていると思うんです。自分の価値観だけで叱るのは、間違っています。その価値観が、その人にとっては正解かもしれないんですから」


 楠木がそう言い終えると、静観していた渡邊が、楠木の肩に手を置いた。


「そういう事なら、中学の時に、病院送りにした人たちの名前を叫びながら、海に向かって謝ろうよ」

「ちょっ!! あ、あんた、ちょっと来なさいっ!!」


 渡邊は楠木の連行され、そして楠木は、渡邊にものすごく怒っていた。


「紗良ちゃん……。説得力が無いのですよ……」


 渡邊に激昂している楠木を見て、紫苑は苦笑していた。


「マロンのお姉さんにアドバイスになるかは分かりませんが、何事もポジティブに捉えるのも、良いと思うのですよ。例えば、今日は雲が多い一日でしたけど、明日はすべての雲が消えて、青空が晴れ渡るとか。小っちゃな事でも、前向きに考えましょうよ~」


 そう紫苑は言い残して、楠木たちと合流し、楠木たちに再び水をかけて、遊び始めていた。


「……勇気……出すのも……大事」


 ものすごく小さな声で、木村も姉貴にそう言って、逃げるように楠木たちに合流していた。


「……ま、こんなうちの為に、色々と考えてくれたことに感謝するわ。……子供みたいな、単純な回答やけどな」


 皮肉交じりにそう言った後、姉貴は楠木、渡邊、紫苑、木村が遊ぶ光景を見つめていた。

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