第51話 紫苑との夏休み ~渋谷編~

 行方不明になっていたアイリーンを近くの交番に連れて行き、あとは警察に任せる事にした。

どうやらアイリーンは、日本をもっと観光したいという事で、勝手に大使館を飛び出して、訳も分からずに辿り着いた場所が、浅草寺だったらしい。そしてスカイツリーを登りたがっていたのは、単に行きたかっただけのようだ。


「……色々あり過ぎだぞ」

「そうですね~。マロンはお疲れのようですが、私は凄く楽しいですよ」


 俺たちはアイリーンと別れると、俺たちは今朝にいた渋谷にとんぼ返りすることになった。


「お疲れのようなら、私もマロンのために身を差し出す覚悟です。さあ、私の太ももの上に頭を乗せて休んでくださいっ!」

「そんな事するか」


 本当はやりたいと思ったが、こんなところで紫苑に膝枕してもらったら、俺はたちは他の乗客に冷ややかな目で見られるだろう。今から向かうのは渋谷だ。俺たちとはかけ離れた存在、バリバリのリア充たちに変なんで見られ、バカにされるのは確定だ。


「……と言うか、なぜ渋谷に行くんだ? 俺には場違いな場所だと思うんだが」


 渋谷と言うと、近くの原宿と同じく、なんちゃら映えがするメニューを出す洒落た店。キラキラとした店など、首都圏のリア充たちが買い物に来ているイメージしかない。俺みたいなオタクには場違いな地域だと思う。


「マロンだって十分カッコいいですっ! こうやってくっついていれば、私たちもカップルですよ~」


 そう言って俺と肩を寄せて抱き着いてくる紫苑。にっこりとした顔で俺の腕に抱き着く姿は、本当に何年も俺の事に好意を持ち続けている証拠だ。


 そして15時ぐらいに渋谷に戻ってきた俺たちは。駅を出ると、まず俺たちは渋谷のスクランブル交差点にやって来た。


「これがあの有名なスクランブル交差点……。人がいっぱいなのですよ~!」

「お~い! どこに行くんだ……って、行っちまった」


 小さな子供が公園で走り回るように、紫苑はスクランブル交差点を渡って反対の歩道に行くと信号は赤になった。そして青になると、再び俺の元に戻って来た。


「もう一回行ってきま~す~」


 紫苑は何度も渋谷のスクランブル交差点を渡っては感動して、それが10分ほど続いた。紫苑が満足したところで、俺と紫苑はようやくスクランブル交差点を離れて、次の目的地に急いだ。


「……ここに入るのか?」

「勿論ですよ~」


 渋谷に来た本当の目的。それはリア充の聖地、洋服の店舗が多く入るあの有名な店に行くことだ。


「服、買うのか?」

「いえいえ~。私は観光目的でやって来たのですよ~」


 この店で何を見るのか。服を買いに来たのなら納得なのだが、観光目的で来るなんて、外国人ぐらいだろう。

 おしゃれとか好きそうな紫苑だが、意外とあまり興味は無いようだ。『休日出勤』と書かれたシャツを平然と着ているぐらいだからな。

 そして店の中に入る。そこは俺には眩しすぎるぐらいの、リア充たちが集まって、そして店の店員もキラキラとして、いかにも俺らオタクの世界とはかけ離れている場所だった。熱気と男だらけの秋葉原とは雲泥の差だ。


「お客様~。ぜひ店内に立ち寄ってみたらどうでしょうか~」

「お構いなく~」


 見た目は可愛い紫苑のせいか。店内を歩いていると、何人かのキラキラとした店員に呼び止められ、試着を勧められていた。だが、紫苑はすべて断っていた。


「ふう~。満足なのですよ~」


 最上階まで行ったが、紫苑はどこの店舗に入る事も無く、試着をする事も無く、すぐに店を出てしまった。本当に観光目的で来たようだ。


「あまり、楽しくなかったですね~」

「それはそうだろ」


 こういう店は、色んな服を見て、そして自分が着たら似合うかどうか。そう想像しながら試着をしながらショッピングを楽しむところなんだ。展覧会のように見回るだけなら、それは楽しくないだろう。


 ぐぅ~


「……お腹、空きましたね~」


 スマホで時間を確認すると、16時前になっていた。


 そう言えば、俺は浅草以降の人形焼き以降、何も食べていない。迷子だったアイリーンの件、そして浅草から渋谷まで来たので、紫苑の腹の虫が鳴くまで、昼食を食べる事をすっかりと忘れていた俺たちだ。


「どこかで食うか。何か食べたいものでもあるか?」

「ハンバーガー!」


 無邪気な笑顔でそう提案してきた紫苑。

 本当に紫苑は小学生の時から変わっていない。見た目だけが成長して、中身はそのままだ。

 渋谷はあまり来ない場所なので、俺もどんな店があるのか知らない。なのでネットで調べようとスマホを取り出そうとしたら。


「あら~。4軍のお二人さんが、渋谷に何の用なの~?」


 渋谷に来ていたのだから、こういった事態は予想できたはずだ。


「奇遇だな。猪俣」


 髪をシュシュで結んで、そして涼し気なキャミソール。ジーパンを履き、高そうな鞄にネックレス、そしてピアスもして、リア充オーラを放つ、スクールカースト制度の上位、猪俣がニヤニヤした顔で俺たちに話しかけて来た。

 猪俣だけではない。勿論日下部、広瀬など顔見知りの女子の他に、俺の知らない女子もいる。


「模範生徒であって、1軍の猪俣さんが、もしかして校則破って、ピアスの穴は開けているのか?」


 嫌味っぽく猪俣に言うと、猪俣は鼻で笑われた。


「穴を開けないものよ。穴なんかあけたら、1軍の威厳が保てなくなっちゃうじゃない」


 そこもちゃっかりとしている猪俣。学校では優等生を演じて、こういったプライベートにはちゃらちゃらする。なぜこいつらが4軍にならないのか、すごく不思議なんだが。


「4軍のお二人さんは、今日はデート?」

「そうでーす!」


 猪俣の問いかけに紫苑が元気よく答えると、猪俣たちはバカみたいに笑い始めた。


「高村~。ボケるのはやめなさいよ~」

「ボケていませんよ~」


 大笑いされたが、紫苑は平然としていた。菜摘と似たようなのほほんとした顔をしていた。


「忠告しておいてあげる。高村、こいつはやめておきなさい。冴えない顔、大してカッコいいわけでもない、頭もそれほど良くない。そしておまけにアニメオタク。そんなキモオタと一緒にいるだけでも時間の無駄――」


「今、何て言いましたか」


 さっきまで俺と楽しく浅草と歩いていた楽しそうな顔の紫苑ではなく、無表情のような凍てついた表情。目には輝きが無く、じーっと猪俣の方を見つめながら、ゆらりと猪俣に歩み寄り始めていた。


「雫ちゃん。今。何て言いましたか? よく聞こえなかったです」

「何? 怒ってんの? 松原に時間を費やすのは、かなり無駄よ。松原は冴えない顔で、カッコいいわけでもない……」


 紫苑は最終的に、猪俣の顔寸前まで顔を近づけていて、猪俣を怯ませていた。


「どうして夜に入っているアニメが好きなだけって理由で1軍はマロンを軽蔑するんでしょうか、マロンはカッコいいんです、私の大好きな人なんです、雫ちゃん、私の好きな人を侮辱しないでくれませんか、他人のあなたが他人の好きな物を否定しないでください」


 猪俣の顔のギリギリまで近づけて、紫苑が淡々と言いながら、猪俣を店の壁まで追いやって、猪俣を黙らせていた。


「……あんたたち、行くわよ」


 今の紫苑の行動が怖かったのか、思いっきり紫苑を突き飛ばし、そして猪俣は不機嫌そうに日下部たちと合流し、俺たちがさっきまで入っていた店の中に入っていった。


「……大丈夫か?」


 猪俣に突き飛ばされた紫苑は、その場から動かなくなった。強く突き飛ばされて、痛がっているのかと思い、紫苑に話しかけると。


 ぐぅ~


 どうやら紫苑はお腹が空いているらしい。紫苑の方から再び腹の虫が鳴った。俺が紫苑の腹の虫の声を聞いてしまうと、紫苑は恥ずかしそうにアハハと笑いながら、俺の方に振り向き。


「マロン。どこのお店がおすすめですか~?」


 さっきまでの凍てついた表情ではなくなり、さっきの笑顔に戻った紫苑。


「ハンバーガーでいいだよな……? センター街の近くにパックがあるから、そこでいいか?」

「いいですよ~。マロン、一緒にポテトのLサイズを食べましょう~!」

「……ハンバーガーじゃないんかい」


 それなら違う店でもいいと思うんだが。

 紫苑は俺の腕にくっついてきて、そしてセンター街とは真逆のハチ公方面に指を差していた。


 それから紫苑とは、パックで遅めの昼食を食べ、そして近くにあったカラオケに2時間ほど歌い、そして電車で下北沢まで紫苑を送り、改札口の所で紫苑とは別れた。

 紫苑が元気よく手を振って俺と別れた後、一人になった俺は電車で家に帰った。

 そして最寄りの駅に着くと、駅を出た所に菜摘がアイスを食べながら待ち構えていた。どうやらまだ俺の一日は終わりそうにない。夜遅くまで菜摘が俺の部屋に住み着き、事情を聞かれそうだ。


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