第39話 成敗、そして下剋上

 

「何だよ。俺に勝つつもりか? オタク?」

「最初からそのつもりだけどな」


 そう返事をした途端、安藤は持っていたボールを俺の腕に当てていた。


「ほら、松原、当たったから早く出て行けよ。残りは松宮だけだ」


 そんなに俺に負けたくないのか、例え卑怯な手を使ってでも、俺に勝とうとしてくる安藤。安藤は他の1軍の猪俣たちを手駒にして俺たちとドッジボールではボールで勝負を仕掛けて来た。そして1軍と言う権限を使って、他の生徒にはこのやり方を正当化させようとする。お祭り感覚で見に来た生徒も、今の一件で静かになってしまい、安藤たちを冷ややかな目で見始めていた。


「ナルシスト君。これはヒロ君との成敗勝負なんだよね?」


 菜摘は俺に当たったボールを拾い上げ、俺の一歩前に出て、俺たちを見下すような目で見ている安藤に話しかけていた。


「ああ。これは俺と松原の勝負。他の奴らをこの勝負に参加させたのは、もっと成敗勝負を盛り上げたいから――むぐっ」


 すると菜摘は、安藤の前に顔を急接近させて、安藤の口に指を置いて黙らせた。久しぶりに見た菜摘の技、ずっと菜摘のターンだ。


「嘘は良くないよ? 怖いんだよね、ヒロ君に負けるのが」


 菜摘にそう追及されると、安藤は菜摘の手をどけて反論してきた。


「このオタクに負けるのが怖い? そんなはずないだろ、俺はこいつよりここ、頭が良いんだよ」

「じゃあ、どうして団体戦なのかな~? 赤信号、皆で渡れば怖くないという感じ?」

「新たな試みだ。個人戦じゃ誰も戦わないから、だったら団体戦にした方が、他の奴らも戦うと思ったから、俺がこの機会を利用して試しにやってみたんだよ」


 そして菜摘は安藤から離れ、再び俺の腕にぴったりくっついてきた。


「ナルシスト君がそう言うなら仕方ないね~。ヒロ君、言っても分からない人には、私とヒロ君の幼なじみパワーで成敗しましょうか~」

「だから幼なじみパワーって何だ?」

「私がヒロ君にくっついて、ヒロ君は私の胸や体に当たって興奮して、やる気を出してもらう――」


 そんな恥ずかしいことが出来るか。とりあえず菜摘の頭を叩いて黙らせておいた。


 だが菜摘の予想は当たっているだろう。安藤は白を切っているつもりかもしれないが、俺には安藤が嘘をついている事が分かる。目を泳がせている。菜摘に言い当てられて、動揺している証拠だ。


「安藤。お前が仕掛けてきた勝負だろ? 俺とお前が戦わないなんておかしい話だ」

「戦っているじゃないか。今から俺が外野からボールを投げる。松宮と一緒に内野の中を逃げ回ればいいじゃないか」

「逃げんのか?」


 勝負を逃げている。菜摘にそう言われても、安藤は怒らなかったが、俺に言われると安藤は俺を思いっきり睨んできた。


「俺が憎いんだろ? カーストでは底辺、オタクの俺が、菜摘、楠木や木村たちと仲良くしているのが、気に入らないんだろ? なら、こんなまどろっこしい事はやめて、正々堂々と戦おうじゃないか」


 菜摘からボールを受け取って、俺は安藤に投げつけた。


「松原。お前はこの世で一番嫌いだ」

「そうかい。なら、手加減無しで戦えるな」


 安藤がキャッチしたボールは、すぐに俺に向けて投げて来た。俺はかわすことなく、安藤のボールを手で受け止めた。


「オタクでも運動は出来るんだな」

「安藤。どうしてそんなにオタクを嫌う?」


 安藤への質問と一緒に俺は安藤に向けてボールを投げた。

 安藤は、何故か俺たちオタクを嫌っている。アニメオタク、アイドルオタク。世間でもあまり印象が良くないが、こいつは特に嫌っている。


「嫌って何が悪い。というか、キモイだろ? 絶対に会えもしない女のケツを追って、シャツや鞄に好きなキャラをアピールして、そして俺の嫁って言うんだろ? アホじゃないのか?」

「じゃあ、アイドルオタクも嫌いか?」

「ああ。あいつら、可愛ければ何でもいいんだろ? 前にあっただろ、好きなアイドルと握手するために、握手券だけのためにCDを大量に買って、そして本人は必死に練習して、歌っていると言うのに歌はどうでもいいと言って、不法に廃棄、闇で売買する。そんなニュースを見たら、誰だってオタクはクソだと思わないか?」


 それは安藤の話に異論はない。握手券目的にCDを大量に買って、要らなくなったCDを不法投棄する。それは1部の人がやっているだけで、みんな一緒だとは思わないでほしい。


「いいや。俺は何も思わない」

「オタクはオタク同士で庇うって言うのか?」

「いいや。お前さ、何で人の悪い所しか見れないんだ?」


 こいつがさっきから挙げている話は、大体が誰かの悪い所しか言っていない。


「オタクだってな、お前たちと一緒で同じ人間だ。普通に飯食って、普通に寝る。ただ好きな物、趣味が違うだけだろ? 他人の趣味を否定する義理なんてないだろ? それを安藤は、ただ自分が好きじゃないものは徹底的に批判し、そして自分が好きな物は徹底的に愛でる。そんなの、小っちゃいガキと一緒だ」

「は?」


 今の俺の言葉にカチンと来たのか、安藤は再び俺を睨んできた。だが俺は安藤が例え睨んできても、怒りはしない。冷静に対応しないといけない。


「子供は短所を挙げて徹底的に批判するとは反対に、短所を見つけて、その人の短所を直すアドバイスをくれる。それが大人って言うんじゃないのか?」


 安藤春馬は、例え顔が良くて、頭が良くて、俺らよりリアルが充実して、スクールカーストの頂点に立っていても、中身は子供のまんまだ。大体、ちゃらちゃらした奴ってこんな奴ばかりだ。よっぽど俺ら4軍にいる奴らの方が、1軍にふさわしいと思えてくる。


「だから、ナルシスト君はヒロ君に勝てないんだよ」


 いつの間にか菜摘は安藤からボールを奪い取って、俺にボールを投げた。


「安藤。前の言った事をそっくりそのまま返す。姑息なことしないで、正々堂々と戦えよ」


 俺は、安藤にボールを当てた。距離はあったので、かわす事ぐらいは出来たはずだが、安藤はボールを当てられても、笑っていた。


「松宮。投げる前のボールを奪い取るのは反則し、外野に当てても意味がない。だから今のは無効だ」

「そんなルールはありませんっ! そもそも、顔面に当てるのは無効、試合前に審判の私を脅し、最後には買収しようとした時点で、安藤の負けだっ!」


 ずっと俺たちの試合を見ていた審判の生徒が、ようやく口を開いた。と言うか、審判がいる事を俺はすっかり忘れていた。好き勝手やっていたが、この審判もただ静観しているんじゃなくて、ちゃんと審判してほしい。


「この勝負、4軍の松原正義の勝ち!」


 ようやく審判らしい事を言って、どうやら今までの1軍の行動を不正に思い、俺たちに軍配を上げていた。


「やりました~! この勝負は見事4軍の皆さんが勝ってくれました~! 流石二人は幼なじみ、松原君と、松宮さんですー!」


 司会の女子生徒も俺たちが買ったことを喜ばしく思い、ポニーテールをぴょんぴょん揺らし、自分のように喜んでいた。


「認められるかよっ!!」


 だが、安藤は大声をあげていた。すっかり忘れているようだが、まだ1回戦だ。あと2回戦ある事を本人が忘れているようだ。もしくは、全勝する気だったのだろう。


「何が反則負けだっ!! 1軍の俺が最底辺のクソオタクに負けるなんて誰が望むんだよっ⁉ こう言うのは、偉い俺様に花を持たせるのが鉄則だろうが! おい、クソ審判! お前は3軍だろっ!? 今すぐ判定を取り消して、俺を勝利にさせないと、お前をこのオタクと同じにすんぞっ!!?」


 俺に負けるのが嫌なのか、安藤は暴走を始めた。狂犬が飛び掛かってくるような勢いで、審判の生徒を責めていた。


「ここにいる奴ら全員だっ!! このオタクに肩を持つと言うなら、全員4軍だっ!! 1軍のトップの俺が、このクソオタクの松原に負けるわけにはいかねぇんだよっ!!」


「ほう。なら、この私も降格と言う事なのだな? 安藤春馬?」


 体育館のステージから貴族が歩くようにゆっくりと歩いてきたのは、この学校の生徒会長、烏丸先輩だ。


「生意気な4軍の生徒を成敗するから見てみろ。そう言ったのは安藤、貴様だろ?」


 安藤は烏丸先輩を見ると、一気に大人しくなった。恐ろしい物を見たような、引きつった顔をしていた。


「だが、安藤は姑息な手を使い、そして我が校が始めた素晴らしい取り組み、スクールカースト制度を悪用し、他の生徒を脅迫した。これは1軍のしての品格、スクールカースト制度の実行委員長として、どうかと疑われるな」


 烏丸先輩は、安藤の背後に回り、首の後ろを手刀で打ち込み。


「貴様はクビだ。安藤春馬。1軍の風紀を乱す輩は、4軍の最底辺に降格だ」


 それはそうだろう。1軍、そして実行委員長の権威を悪用して、今まで好き勝手やって来た。降格は当たり前、俺より安藤の方が最底辺にふさわしいだろう。


 そして俺は下剋上を果たした。4軍は4軍だが、俺は安藤より偉くなることが出来た。


「4軍の松原は貴様でいいのか?」

「あっ、はい。俺ですけど」


 安藤を気絶させた後、烏丸先輩は俺を呼んだ。


「今回の成敗勝負は、不正行為があったため無効。位は上がらない」

「そうですよね……」


 無効なら、当然位も上がるはずもない。ようやく最底辺から抜け出せるかと思ったんだが、今回は仕方ないかもしれない。


「あと2日後に期末考査がある。勉学、部活動に励み、この愚かな生徒みたいにならないよう、スクールカースト制度の上位を目指せ」


 俺たちにそう言い残して、烏丸先輩は勝負が行われた体育館を後にし、俺と安藤の成敗勝負は呆気なく幕を閉じた。

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