アリス目線6


 温室でセレスティン様が倒れ、翌日は学園を休まれた。リヒト様の護衛を務めるジークフリート様にお声をかければ、勤務中と言いつつもその容態を教えてくださった。お見舞いに行きたいといえば、快く承諾してくださったので、放課後花屋によってちょっとした花束を買っていくことにした。これでも一応は男爵令嬢であるから、色々と気を使う。攻略対象者たちを攻略なんかしていないから、気安いクラスメイトとして接してはいるが、やはり第二とはいえ王子であるリヒト様とよく話をしているせいか一目置かれていることは理解している。

 第二とはいえ王子である。王族は血の繋がりを重視しているらしく、必ず女性と結婚するのが習わしらしい。と言うのをこの世界に来て知った。第一王子は何が何でも上位貴族の魔力の多い女性と結婚するのだと言う。スペアでもあり、将来国王を支える立ち位置に着く第二王子以下は、貴族の女性であれば結婚できるらしい。選べるほど貴族女性がいないからだ。だからゲームの主人公は誰からも嫌がらせや妨害を受けなかったわけだ。なにせ、私以外の貴族子女は下位クラスにしかいないし、人数も少ない。魔力量も少ない上にお勉強もそこそことあっては対抗意識も芽生えないのだろう。

 そうして、私はリヒト様のおそばにいることでとても幸運なことに出会えたのだ。ジークフリート様がセレスティン様と早退したおかげで、違う騎士様がやってこられた。そうしてその方はなにやらリヒト様といい感じなのだ。これはもしや、と思っていると、やはり護衛の意味がジークフリート様と違っていた。腐女子としてのセンサーが大いに働いたけれど、深追いはやめておく。


「セレスティン様は寝ていらっしゃって」


 お見舞いに行ったら、セレスティン様の手前の部屋のソファーで待たされた。どうやらここは夫婦の寝室の間の部屋のようだが、基本はジークフリート様の私室のような仕上がりになっている。つまり、セレスティン様の寝室に行くにはジークフリート様の私室を通る必要がある……なんと素晴らしい設計なのだろう。


「どうぞこちらに」


 メイドのマリさんが案内してくれて、ようやくセレスティン様のお部屋に入れた。私室、寝室、なんと言えばいいのか分からないけれど、広い。先ず見えるのが応接セット、机と本棚、タンスに鏡、そして大きなベッド。


「花、ありがとう……」


 セレスティン様がそう言ってくれたので、私はゆっくりとベッドに近づいたのだが、そこまで行ってきがついた。


「寝てる」


 セレスティン様はなんと眠っていた。マリさんが慌てているが、私はすぐそこにある応接セットのソファーに座ることにした。なぜならマリさんが既にお茶を用意してくれていたからだ。冷めちゃったら勿体ないもんね。それに、公爵家のお茶は我が家のとは違い格段に香りが良かった。焼き菓子の味も違う。前世ではスナック菓子ばかり食べていたから、こういった手作りの焼き菓子はなんとも贅沢に感じる。


「申し訳ございません。せっかく来ていただいたのに」


 マリさんは謝ってくれたが、私は気にしていないことを伝え、少し待たせてもらうことにした。私は分かっている。セレスティン様は前世の記憶を取り戻そうとしているのだ。そのため頭が痛くなったり、半分寝ているような状態になるのだ。なぜなら私もそうだったから。あの時温室でセレスティン様は私のことを呼んだのだ。聞き間違いでなければ、私の前世の名前である。


「ゆきちゃん……おはよう」


 背後からセレスティン様の声がした。やはり、前世での私の名前を呼んだ。そして、そんなふうに私のことを呼ぶ人を私は知っている。私のことをそう呼んでくれる人はたった一人しかいなかった。

 そうして、そこから感動の再会……だったのだけれど、ヒキニートで腐女子であった私は、本能の赴くままに熱く語らせてもらった。なにしろ昨日の今日だ。あの素晴らしい世界を間近で見られるなんて、なんて素晴らしいことだろうか。私はこの世界で幸せになりたい。だからおじいちゃんであるセレスティン様にも幸せになってもらいたいのだ。この気持ちに嘘偽りは無い。

 そうして熱く語っていると、なんとセレスティン様の口から衝撃発言がとびだした。シャロン様のおっぱい、いや雄っぱい?母乳がでるのならおっぱいでいいか。生まれながらに前世の記憶を持つセレスティン様は、平らな胸の頂より出る母乳に大変驚かれたそうで、それにより女の子と結婚したい願望を赤子の頃より抱いてしまったようだった。これは腐女子として見過ごせない。熱く雄っぱいについて語らなくてなならない事案である。

 なにしろ私はリバップルも辞さない腐女子だ。

 そうして、私はセレスティン様に熱く持論を、否、幸せになるためにどうすべきかを説き伏せたのだった。

 帰りがけ、ジークフリート様から強くお礼を言われてしまいなんだかむず痒がった。


「やっぱり咲いたわ」


 学園はお休みだったけれど、裏技を駆使した温室の状態が気になって私は学園に来てしまった。そうして、美しく咲き誇るバラたちを目にして感動に震えた。

 一番に目に飛び込んできたのは大輪の赤いバラ、黄色オレンジ色スミレ色の三色が綺麗に寄り添い咲いている。葉の色に溶け込むように大きく花を咲かせた緑色のバラと小ぶりではあるが綺麗に咲いた青いバラ。私のピンク色のバラはリヒト様を表す赤いバラの隣で咲いているのだが、赤いバラの下に隠れるように咲いている灰色のバラに目をとめた。


「あの騎士様の瞳の色……」


 バラとしては出来損ないのような、汚れた白バラのように見える灰色のバラ。この色は間違いなくこの間ジークフリート様の代わりにやってきた騎士様の瞳の色だった。


「成功したんだわ」


 満開のバラを見て私は一人ガッツポーズをした。ここがゲームの世界だとすれば、一応私は主人公であるプレイヤーだ。ゲームの舞台は中等部と高等部の二部制ではあるけれど、裏技を使えば高等部は三年間プレイしなくてもエンディングを迎えることができるのだ。

 それはつまり、温室のバラを満開に咲かせること。

 あの日私は覚えていた裏技を実行したのだ。私の推しカプであるデヴイット様とモリル様は仲が良く、そこにアルト様という受け様が入ってはしまったけれど、お三人方が仲良く過ごすのならそれもまた眼福なのである。サンドイッチな関係も嫌いでは無いため、お三人の瞳の色を表すバラのつぼみが並んでついた。そして、ジークフリート様とセレスティン様の瞳の色のつぼみも並んでついた。

 それなのにセレスティン様はなかなかジークフリート様に落とされる気配がなく、日に日にジークフリート様の緑色のつぼみが膨らむのではなく、大きくなってきてしまったのだ。このままではセレスティン様が監禁ルートに入ってしまう。そうなると、私までリヒト様の監禁されてしまう。

 それだけは避けたかったので、つぼみの大きさが2倍になってしまう前に咲かせるしかないのだ。そんなわけで私は裏技を実行した。温室の窓を開け、根元の土を掘り返して肥料を与えた。そんな作業をしている時にあの事件が起こったのだけれど、ジークフリート様を下がらせたあと、リヒト様は何故か私の作業を手伝ってくれたのだ。おかげで昼休みのうちに作業が終わった。

 そうして本日この素晴らしい温室を見ることができたのである。これでゲームとしてはエンディングを迎えたことになる。ここからはチュートリアルになるから何が起きるか分からないけれど、少なくともこの温室に咲いたバラのカップルは確定された。

 そう、私はとてつもなく美味しいポジションを手に入れたのだ。リヒト様の妻となれば、公爵夫人となるセレスティン様とお友だちであっておかしくはないし、侯爵家嫡男の推しカプとも仲良くできる。そして何よりも裏技で出す事が出来た、リヒト様の隠れた恋人である騎士様との禁断の愛を毎日見ることができるのだ。


「パーフェクトエンドよ」


 私は迎えたエンディングに大いに満足したのである。

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