第25話


 泣かせはしなかったけど、アルトに結構強く言ってしまった。分かってはいる。アルトにはアルトの正義があることぐらい。そして、それはこの世界においておおよそ正しい。だがしかし、前世の記憶がある俺にとっては歪に見えるのだ。女の子がいるのに平民だから、下級貴族だからと言って相手にせず、魔道具を使って子を成す事が正しいとされる。魔道具を使った方が安全で、不義の子が生まれない。って言うのは貴族からしたらメリットしかないんだろうな。

 でも、俺は女の子と結婚がしたい。伯爵家なんだから、子爵家男爵家と結婚しても差支えがないとおもうんだ。ただ、母であるシャロンの階級制度への傾倒が半端ないのがネックだ。俺がジーク様と婚約破棄なんかしたら、絶縁されるだろうな。


「でもなんか、アルトのこといじめちゃっりなんかして、俺ってば悪役令息っぽいよな」


 馬車の中でのアルトとのやり取りを思い出す。始めはアルトが怒っていたけれど、俺が反論し始めたらアルトはだんだんしりすぼみになっていって、最後は泣きそうな顔をしていた。ほんと、泣かせはしなかったけど、結構いじめていたと思う。婚約者の弟をいじめるって、本当に悪役令息っぽくていいと思う。

 ジーク様はブラコンなんだよな。初対面の時もアルトの手を握っていた俺に対して激おこで絶対零度の冷気を降らせてきたほどなんだから。そうなると、俺がこのままアルトをいじめ続ければ、可愛い弟をいじめるような性格の悪い奴とは婚約破棄だ!なんて展開になるかもしれないよな。


「よし!このまま悪役令息になって婚約破棄されよう」


 乙女ゲームの世界だから攻略対象である男子の数が多いのは仕方がない。だから、乙女ゲームらしく婚約破棄をされるのが一番安全だと思うんだ。そうすりゃ俺は捨てられた体になる訳だから、傷物かもしれないけど救済措置は出てくると思うんだよな。俺としてはいい案だと思うので、明日アリスに聞いてみようと思う。だがしかし、その前に夕食がある。アルトはどんな対応をしてくるだろうか?ちょっと緊張するなんて思ったけれど、結構普通だった。さすがは公爵家の子息だと思う。全くもっていつも通り普通だった。

 俺はそんなアルトを尊敬しつつ、夕食を終えるといつも通りに部屋へと戻った。食後すぐに風呂に入ると消化に良くないと言うので、ソファーに座りゆっくりと食後のお茶を飲む。消化を助ける効果があると言うハーブが入っているらしいが、俺から言わせればそれならキャベツを食べればいいと思うのだが、そこは貴族らしく優雅にお茶を楽しむ時間が必要なんだそうだ。食後にせかせかと動くのは貴族らしくないと言うことらしい。でもまあ、キャベツの千切りは公爵家の食事に取り入れられたからよしとしよう。

 中等部に入り、授業もそこそこ難易度が上がってきたけれど、前世の日本と決定的に違う点は魔法と剣技の授業があることだろう。魔法は小等部からあったけれど、中等部に来たら難易度が上がった。


「実践的な攻撃魔法って、なんかかっこいいよな」


 中等部に入って渡された魔法学の教科書は、映画なんかで見たような繊細な装飾がされていて、手に取るだけでわくわくしてしまう。


「セレスティン様、ジークフリート様がお見えです」


 呪文を覚えることに神経を集中していたから、メイドさんに声をかけられるまで気づかなかった。顔を上げればジーク様がすぐそこまで来ていた。俺が慌てて立ち上がろうとすると、ジーク様が手で制してきた。そして当たり前のように俺の隣に座った。

 メイドさんはジーク様にもお茶を出すと、そのまま退出してしまった。もはや暗黙の了解で、ジーク様が俺の部屋にやってくると二人っきりにされてしまう。

 だがしかし、今夜は閨教育がある日ではない。俺は警戒しつつジーク様の言葉を待った。


「そんなに警戒しないでくれ」


 困ったように眉尻を下げ、ジーク様が口を開いた。どうやら顔に出ていたらしい。貴族としては失格だが、ジーク様相手ではそれでいいと思っている。俺の思っていることを俺の口から言わせるのではなく、察して欲しい。ホントに。

 とりあえず俺も困ったような顔をして、軽く小首を傾げてみた。何しに来たのか分からないのだから、これは本気のポーズだ。


「その、アルトと喧嘩でもしたのか?」

「……えっ?」


 いやいやいやいや、夕食の席でそんな雰囲気は一切出しませんでしたけたど?俺はいつも通りに黙り決め込んでいたし、アルトだって普段と変わらず学園であったことを楽しそうに話しては、時折ジーク様の護衛の様子を語っていたでは無いか。俺は大抵「そうですね」と相槌をうつか、黙って微笑むだけだ。


「いや、その……なんと言うか、いつもと違ったような気がしてな」

「そ、うで、すか?」

「学園にいた時は普段通りだったから、帰りの馬車で何かあったのかとおもってな、午後の授で教室に入ってきた時、二人の間にモリルがいたのも気になる」

「……喧嘩は、してない、けど……」


 さて、どうしようか?ここからもう悪役令息らしく行くのが正解なのか?それともジーク様の前では猫を被った方がいいのか?気づかれてないと思ったのに、気づかれてしまうだなんて、さすがは王子の護衛騎士を務めるだけはあるんだな。


「けど?」


 ジーク様に促されたから、仕方無しの体で口を割ることにする。


「昼休み、一人で温室に居たらアルトに怒られちゃって……」

「一人で温室に?それは危険な事だなセレスティン。いくら学園内とは言え、高等部の生徒も出入りができるんだ、もうアリエッティ殿と会う約束をしている訳でもないのだから、一人で温室に近づくのはやめた方がいい」


 やっぱりそう来たか、まぁそういうだろうとはおもっていたけどな。


「俺だって、一人になりたい時がある」

「自室にいれば一人になれるだろう?」

「なれないじゃん。こうやってジーク様がいつ来るか分からないのに」

「それは……」

「目の前にいなくても、メイドさんたちは隣の部屋にいるじゃん。気が休まらないんだよ。俺からそんな些細な時間まで奪わないでくれよ」

「っ……」


 ジーク様がなんだか悲しそうな目をして俺を見たけど、なんで俺がそんな目で見られなくちゃならないんだ?悲しいのは俺の方だ。四六時中監視されているようで落ち着かないんだよ。


「俺が昼休みにどう過ごそうと俺の勝手でしょ?なんでそんなとこまで制限されなきゃなんないの?もう、いちいちうるさいよ」


 俺がそう言うとジーク様は「そうか」と小声で言って、部屋を出ていった。

 俺の未来の選択肢を奪った癖に、さらに行動制限までかけようとするなんて横暴だ。一人になりたいし、アリスと日本の話をしたいとも思う。これをわがままだとか、自分勝手だとか言われたら、俺にはなんにも残らなくなる。六歳で家族と引き離されて、帰りたくても帰る場所が無くなって、こんなのほとんど虐待じゃないか。

 ほんと、イライラする。

 もしかすると反抗期ってやつなんじゃないかと思うんだけど、それを冷静に対処する気になるてなれない。貴族とはそういうものだと言われるような気がするからだ。常に自分を律しろなんて、俺には無理だ。緩急付けられない状態でそんなことしたら病むに決まってる。

 俺はしばし両手で顔を覆った後、いつもより熱めのお湯に入って眠ることにした。

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