アリス目線
やはり私は乙女ゲームの世界に転生していた。とは言っても、流行りのものとは違う。腐女子向けの乙女ゲームである。
攻略対象者は沢山いる。と言うか、プレイヤーは好きな行動が取れる。別にフラグを立てた回収なんかしなくてもいい。むしろ、自分がお助けキャラになっても構わない。
なぜならこのゲーム、八割が男性キャラだ。
中等部と高等部に別れてはいるのは、中等部がR15指定で、高等部がR18指定なのだ。そしてパッケージにはプレイヤーの姿は描かれていない。
この時点で概ね察しがつくというものだ。各キャラクターに当てられた声優陣を見れば、貴腐人から腐女子までの腐心を鷲掴みにするラインナップなのだから。
プレイヤーは好きなキャラ同士をくっつけることに重視してもいいし、王道乙女ゲームのように逆ハーをしてもいい。もちろん、最推しと結ばれるのもありだ。
私の推しカプはモリル×デヴイットである。攻め様カプは邪道と言われているけれど、受け様筆頭のセレスティン様がジークフリート様の婚約者である時点でNTRになってしまうわけだから、そっちの方が邪道である。
私は自分がピンク頭であると気づいた時点で悟ったのだ。攻略なんかしてはいけない。推しカプを見守り隊にならなくては!と心に誓ったのだ。
そして、運命の入学式。
私はキャラクター紹介のままに登場した四人を見てしまった。
尊い。
一言で表すならば、それ以外の言葉は見つからなかった。そう、春の日差しの中、金色の髪の二人と暗めの髪色の二人が仲良く並んで歩くその姿は、まさに神。
推しカプが受け様二人を守るかのような立ち位置で歩いている。そうしてなにやら楽しげに会話をしていて、時折アルト様が頬を膨らませるのをモリル様がからかって……
眼福なのですが、私は下位貴族である男爵家の者、先に入場しておかなくてはいけません。でも大丈夫。私はゲームの設定通り四人と同じクラスであることは確認済みなのです。勉強しておいて良かった。
そして、いち早く教室に行けば、やはり下位貴族は私だけでした。設定どうりで驚きもいたしません。もちろん、第二王子殿下であるリヒト様が護衛のジークフリート様を伴ってやってこられた際は、わかっていても緊張はしました。
ホームルームが終わると、私はすぐに温室へと向かいました。ええ、そうです。キャラの感情の状態を確認する温室です。小さくて、テーブルも椅子も置けないため、あまり人は訪れません。そういう設定なので、主人公はひっそりと訪れては薔薇の花の色や咲き具合でキャラの感情を探るのです。
「エトワール令嬢?」
完全に油断していると、背後から名を呼ばれてしまいました。今日は単なるオープニングイベントのはずだから、フラグは立たないはずなのに。そうは思いつつも、振り返って見れば、そこには受け様筆頭のセレスティン様がいたのであった。
「ひっ」
予想外の人物の登場に私は思わず悲鳴をあげてしまった。なぜなら、初日はランダムでイベントが発生するからだ。……とは言っても、このランダムというのも法則があるらしく、主人公の誕生日と好きな食べ物によって決まっているらしい。だから、自分のプロフィールを変えなければ、初日にイベントが発生するキャラはずっと同じなのだ。
と、そのはずなのに、何故ゆえセレスティン様が?
「あ、あの……あのさ」
セレスティン様が辺りをキョロキョロしながら口を開いた。おかしい、初日イベントは攻め様しかないはずなのに。
「ええと、エトワール令嬢」
「はい、なんでしょう?」
「ここは、ゲームの世界かな?」
おおおおおおおおお、よ、予想をはるか斜め上へと上回る展開がやってきましたよ。
「ななんて、おしゃいましたか?」
「あの、エトワール令嬢は……」
「はい、しがない腐女子にがざいます」
私が答えると、セレスティン様は真顔になって、指をパチリと鳴らした。
「え、っと、遮音の魔法。まだ未熟だから範囲が狭いんだ」
恥ずかしそうにそう告げるセレスティン様のお顔は大変愛らしく、目の保養でございます。が、私は辺りをキョロキョロと見渡しました。入学式であるから、当然生徒は帰宅するだけなのですが、この学園に初めて足を踏み入れた下位貴族の生徒たちが歩き回っているかもしれないのです。
セレスティン様が施した遮音の魔法は、この小さな温室をカバー出来ているようです。さすがは受け様筆頭です。
私は深呼吸をして、ゆっくりとセレスティン様に向き合いました。たとえ中身が転生者であっても、儚げ美人であることには違いないのです。
「知りたいことはなんでしょうか?」
覚悟を決めた私には怖いものなんてありません。たとえセレスティン様の中身が私と同じ腐女子であったとしてもかまいません。私は攻略対象者を攻略するつもりはこれっぽっちもないのですから。むしろセレスティン様とジークフリート様が幸せな未来を早く手に入れられるよう、お手伝いさせていただきます。
「ここは、乙女ゲームの世界であってる?エトワール令嬢は転生者?俺、元は日本人なんだけど、結構おじさんなんだよね。最近は記憶が薄れてきちゃってあやふやなんだけど、ゲームやアニメ、ラノベとか知ってはいるけれど、この世界の知識はないんだ」
おおお、セレスティン様が初っ端から全暴露ですよ。いきなり手の内明かしてきましたよ。なるほどなるほど、つまるところセレスティン様はトラック転生ではなく、ごく普通に前世の記憶をもって生まれ変わっただけということなのですね。
そして、本日入学式で私のピンク頭を見て、乙女ゲームなのではないかと、疑問を抱かれたわけなのですね。分かりました。分かりましたとも。私はヤンデレでもなければ、逆ハー狙いのビッチ転生者でもございません。
「その通りです。セレスティン様、ここは確かに乙女ゲームの世界です。ですが、私はチート能力を使って逆ハーしたいとか、そのような浅ましい心つもりはございません。安心してください」
「……そうなんだ。そう、か」
セレスティン様はなにやら納得されたご様子で。口元に手を当てて考え事をなされた。なんとお美しいことでしょう。まさに守ってあげたいと思わせるその仕草。
「じゃあ、俺は断罪されたりしないってこと?」
「め、滅相もございません。間違っても私はジークフリート様を攻略なんて致しません」
「え……してくれないんだ。ちぇっ」
なんですと?セレスティン様?なんてことをおっしゃいましたか?
私は、恐る恐る尋ねてみることにしました。だって受け様筆頭のセレスティン様の口からありえない言葉と舌打ちが……
「あの、セレスティン様は断罪されたいので?」
「うん、俺さぁ、ジーク様と婚約破棄したいんだ」
ななななななななな、なんですとぉ!
今、セレスティン様はなんて?なんてことをおっしゃられました?
「な、ぜ、ですか?り、理由を、理由を聞いてもよろしくて?」
私はあわあわしながらも、セレスティン様に問いかけました。もちろん、受け様筆頭のセレスティン様です。中身が転生である時点で何かしら影響が出ていることは否めません。
「俺さぁ、女の子と結婚したいんだよね」
オーマイガー!!!!
そそそそそそそそ、それは一番あってはならない発言でございます。いや、しかし、ここが乙女ゲームの世界であるのなら、セレスティン様がそのような願望をお持ちになるのもいかしかたなしなのでしょう。
「そ、う、だったのですね。しかし、申し訳ないのですが、私はセレスティン様を攻略する気は全くなくて」
「うん。それは分かる。俺の方が美人だし」
おう、セレスティン様ってばさりげなくマウント取ってこられましたね。でも、事実だから怒ったりはしません。主人公であるわたしよりセレスティン様とアルト様の方が美しい事は間違いようのない事実です。
「ええと、セレスティン様は婚約破棄されたいのですね?」
「うん。どうしたらいいか教えて?俺が断罪されて婚約破棄されるルートあるよね?」
ああ、セレスティン様は純粋にここがよくある乙女ゲームの世界だと思っているようです。婚約者のいる自分が悪役令息で、主人公をいじめて断罪されると信じているようです。
けれど、ごめんなさい。セレスティン様の望むルートは存在しないのです。私は意を決して口を開きました。
「申し訳ないのですが、セレスティン様が断罪されるルートはないのです。けれど、婚約破棄する方法ならあります」
「え?俺断罪されないの?良かった。って、婚約破棄はできるの?なんで?」
セレスティン様は驚かれた様子で私を見つめてきました。優しい湖を思わせるような美しい瞳が私をっ!くぅ、私が意図せず攻略されそうです。
「ではまず、ざっくりとこのゲームの世界観を説明させていただきます」
私はできる限りオタクモードを低速にして語り始めた。
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