第17話
俺がこの世界を疑うきっかけが突如として現れた。
「あ、頭がピンク?」
中等部の入学式。という名の単なるセレモニーである顔見せ式。初等部の時のように保護者は参列しない。なぜなら貴族の義務だから。
そして、中等部から下位貴族である子爵と男爵の爵位の家の子どもも一緒に学ぶことになる。だからと言って、間違っても伯爵家の子どもはマウントを取りに行ってはならない。なぜなら、伯爵の上には侯爵と公爵がいるんだからな。
所詮は真ん中、平均、一般的貴族だと心得なくてはならない。
「色物だね」
「色物?」
デヴイットがサラッと口にしたので俺は聞き返した。なにせ、聞いたことの無い単語だ。
「もう、そういう俗語を教えないでよ」
アルトが割って入ってきた。
俗語ということは、あまり宜しくない言葉なのか?要するに、下品ってこと?
「えぇ、じゃあ他になんて言えばいいのさ」
「えっ?そ、それはぁ」
「ほら、思いつかないじゃん。色物でいいんだよ。色物」
デイヴィッドは嬉しそうな顔をして、俺に解説してくれた。要するに、上位貴族は魔力量と血統を重んじるから、間違いのない子を産むために魔道具を使う率が高いけれど、下位貴族になってくるとお高い魔道具をそうそう手に入れられなくて、普通に女性が出産する率が高い。そうなると先祖返りだったり、どちらか似とかだったりして混ざり合い、髪の色が個性的になってしまうそうだ。
王族も血肉の繋がりを、なんていって必ず女性が子を産むけれど、あくまでも魔力の高い見目麗しい上位貴族のご令嬢が嫁入りするから、綺麗な金髪や暗めの髪色の子どもしか産まれないそうだ。
そんなわけで、下位貴族や平民には変わった髪の色が多い。赤みがかかっていたり、白っぽかったり、黄色味ががっていたりとバラエティ豊かな髪色になるそうだ。
だから、頭の色で大雑把に下位貴族と分類してしまうそうだ。特に、中等部が始まったばかりの頃は頭の色で判別をして、それを態度に出してしまう者が多いため、揉め事に発展しやすいらしい。
それがつまり、伯爵家の子どもがやらかすやつだな。
うん、気をつけよう。
「たぶん、あれはエトワール男爵家だと思う」
「ああ、エトワール男爵家か」
デイヴィッドとモリルが納得しあっていた。が、俺は初めて聞いた家名に引っかかった。
うん?
ピンクの頭に、男爵家……入学式……
「中等部からは第二王子殿下もご一緒だからね」
アルトが、俺に向かって突然そんなことを言ったきた。
「へ?なに?」
突然のことに俺は間抜けた返事をしてしまった。
「もう、セレスティンってば!自分の立場分かってる?」
「ええ?俺の立場?」
「あのねぇ、セレスティン、君は僕の兄上の婚約者。婚約者とは言えども公爵家の名前を背負ってるの、分かる?」
「あ、うん」
ああ、アルトのお説教モードに入ってしまった。入学式もまだなのに、なにやら雲行きが怪しくなってきた。
「第二王子殿下が、今日からご学友として一緒になるの。そうなると、僕は公爵家の子息としてご友人にならなくちゃいけないわけ?わかる?」
「う、ん」
「つまり、ね。セレスティンも第二王子殿下のご友人にならなくちゃいけないの!わかった?ちゃんとしてよね。セレスティンが第二王子殿下に、不敬を働いたら兄上が罰せられるんだからね。ねっ!」
アルトの圧が凄い。
ま、それは分かってはいるんだけどね。俺は本来伯爵家なんだけど、次期公爵となるジークフリートの婚約者だから、未来の公爵夫人(考えたくはないけどな)として第二王子殿下に顔を売っておかなくてはならないわけだ。
「第二王子殿下は警備の都合もあるから、式が始まってからご入場されるそうだよ」
「そうか、良かった」
「そ、だからご挨拶は教室に行ってからだね」
アルトはなんともないように言うけれど、王族に挨拶なんて考えただけで気が重い。まして、まだ婚約者だと言うのに公爵家の看板背負ってお友だちになれ。だなんて……
気分が重い。と言うか、胃が重いような感じがする。そして、そんな状態で入学式を迎えると、予想通りに壇上には第二王子殿下が現れた。
それに合わせて何故だが会場には黄色い声が……八割以上が男のはずなのに、悲鳴のような歓声が上がるだなんて……って、まて、おい!
「アルト?なぁ、ひとつ聞いてもいいか?」
「うん、なぁに?」
「あそこにいるのって、ジーク様だよな?」
俺は、壇上で爽やかに挨拶をする第二王子殿下の傍らに立つ騎士を指さした。
「あ、ほんとだ。兄上」
どうやらアルトも知らなかったようだ。
第二王子殿下の護衛にジークフリートがいる。白を基調としたきらびやかな騎士服を着こなしたジークフリートは、はっきりいって格好が良かった。
実際、ヒソヒソ声で護衛騎士について探りを入れている会話が聞こえてきたからだ。もちろん、それに対して俺がわざわざ牽制をする必要は無い。今はきちんと第二王子殿下のご挨拶に耳を傾けるべきなのだ。
なんて、思いつつ、俺は落語の大喜利のようなこの状況を必死で考えていた。
入学式
ピンクの髪色
王子様
護衛騎士
男爵家
婚約者
って、これは!
乙女ゲーム?
「マジか」
思わず声に出た。慌てて口に手を当てる。
いやいやいや、俺前世で乙女ゲームなんてやったことないぞ。けれど、でも、圧倒的に男の方が多いこの世界、ご都合主義にはもってこいというものだ。そもそも世界が既に逆ハー要素でできている。
圧倒的に数の少ない女子。上位貴族はほぼ男。そして、高等部にならないと平民と貴族は一緒に学べない。
俺はもはや第二王子殿下の挨拶も、学長の挨拶も俺の頭には届かなかった。周りで囁かれる噂話さえも意識の外だ。
そう、すっかり失念していたけれど、俺は転生者である。ラノベなんかで見かけるようないわゆるトラック転生ではない。すでに危うくなってきた前世の記憶では、結婚もしていたし子どももいたし多分孫もいたような気もする。小さな子どもとゲームをしていた記憶もなんとなくある。だから、そこそこ長生きしてたし、充実した人生だったと思うんだよな。
おぼろげな記憶ではあるけれど、ラノベを読んでゲームもして、って割とオタクより?な爺さんだったのかな?それとも仕事か?編集者とか開発者とかそんなのだったのかもな。それとも単なるオタクが普通に結婚して家庭を持っただけかもしれない。まぁ、日本人なんてほとんどオタクだからな。大人も子どもも漫画とアニメが大好きで、空き時間にスマホでゲームしちゃうんだから、そういう文化なんだ。
俺の中の乙女ゲームだのラノベだのの知識は、子どもたちとの会話かもしれないよな。嫁さんと娘がしてたのかもしれない。それを眺めながらラノベ読んでたとか?
うん、何にしたって俺の前世の知識から考えるにここは何かの乙女ゲームの世界だと推測する。それで、あのピンク頭がヒロインちゃんだ。攻略対象者は絶対に第二王子殿下。モリルとデヴイットもそうかもな。あと、イケメン教師もいそうだよな。年上に憧れるのはお約束だからな……
「ジーク……だ」
年上のイケメン枠ならジークフリートが適任だ。二十歳で第二王子殿下の護衛騎士。学園の生徒じゃなくて、婚約者がいて(俺だけど)、家柄もいい。
それはつまり、俺が悪役令息?
ヒロインちゃんのライバルで、嫌味を言ったり地味な嫌がらせをしたり、公爵家の婚約者という立場を利用して邪魔をしちゃうってやつ?
そんでもって最後に断罪されちゃう?
「それだ……」
俺の脳裏にピカーンと閃いちゃったね。
それですよ、それ。まさにそれ!
断罪された悪役令嬢って大抵公の場で婚約破棄されてるよね?そんでもってヒロインちゃんがハッピーエンドを迎えるわけだよ。うんうん、アリエッテイ様はすでに高等部に在籍していて、第一王子殿下の婚約者だから、中等部にはやってこない。だから、どう考えても第二王子殿下の護衛をしてるジークフリートの婚約者である俺が、悪役令息だ。
つまり、俺がヒロインちゃんを虐めれば、卒業式の日に断罪されて婚約破棄されるのでは?
だがしかし、焦ってはいけない。
ラノベでもよくあることだが、転生者が複数いる場合だ。おそらく今日がゲームスタート日だ。転生者は探りをいれながら行動しているはずだ。たまにいる自分が主人公だと信じて疑わないやつだった場合、早々にイベントを起こしているはず。ありがちなのは迷子になって遅刻しかけたところを、攻略対象者に助けてもらうだけど、式の前にいたからそれはないようだ。
次にありそうなのは、廊下で出会い頭にぶつかるやつだな。
式の後に各自の教室に向かっている時、初めて歩く中等部の校舎で迷ってしまいキョロキョロしていて、ってやつだ。このパターンだとイケメン教師あたりかな?いや、ここで護衛騎士のジークフリートとか?
「ありえるな」
チラリと隣のアルトを見るけれど、どう考えたって転生者ではなさそうだ。しっかりこの世界に染まっている。今日になって覚醒した感じもしない。モリルもデヴイットもそうだ。最近はやりのモブが転生者の場合はどうしようもないよな。
「なにをぶつぶついってるの?」
「え?」
「さっきっから、セレスティン独り言がすごいんだけど」
「え?あ、ごめん。ちょっと……」
「まぁ、わからなくもないけど、さ」
そういうとアルトはゆっくりと頭を動かして周りを見た。俺たちは最前列ではなく、程よく半ばの座席に四人ならんで座っていた。俺は気にしていなかったけれど、前の方の席は上位貴族の生徒で、後ろの方には下位貴族の生徒が座っていたらしい。
つまり、俺のことを知らない下位貴族の生徒が、噂話を後ろでしていたようだ。そしてアルトが振り返ったことにより、慌てて口をつぐんだようだった。
「ごめん、考え事してたわ」
俺が素直に謝るとアルトは笑ってくれた。初等部にいる間に俺は学んだのだ。闇雲に反発をしてもダメなのだ。所詮俺は子どもであるから、何もできないのである。だから成人するまで、きちんと生活することに決めたのである。
だが、気持ちも新たにスタートした中等部初日、俺は衝撃的事実に気づいてしまったのだった。
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