第12話 回想は大逃走で締める。


 その後、私が一人で庭園へと近づくと、


(あら? 姉上が怯えたまま蹲ってる?)


 どういうわけか大きなお腹を両手で抱えたまま青白い顔になっていた。

 これは一体どういう事なのだろうか?

 私は気になりつつ思考を読むと、


(あら? 姉さんも目覚めちゃったの? 今は自分のやってしまった行いに反省中と)


 私と同じく余計な行いをしたと気づいてしまったらしい。

 私はそんな姉上に近づきながら念話した。


⦅一方通行かもしれないけど、封印解除してお腹のたぷたぷを消した方がいいよ、姉さん?⦆


 この時の姉上は私とは異なり、封印の部分解除を行っていなかった。単純に目覚めて直ぐの状態のまま、自己嫌悪に陥っていたようだ。

 私からの一方通行の念話を受け取った姉上は驚いた表情で私を見上げる。


「え? エリス?」


 私は周囲の目があるのであえて、


「何をしていらっしゃるのかしら? 姉上」

仁菜ニナって呼ばれなくて良かった。姉さん⦆


 いつも通りの声かけだけ行った。

 同時通訳ではないが念話を行使しつつね。

 姉上は今のままだと返事が出来ないと思ったのか、私に返事をする前に部分解除を行った。

 紫炎が発生したから解除は成功したようだ。

 そしてひとときの間を置いてバツの悪い顔でそっぽを向いた。


「う、う、うん。何でも、ないですわよ」

⦅あ、姉として、面目が、ないよ〜ぉ!⦆


 念話と会話が若干一致している件について。

 それでも会話は続ける。侍女が見てるから。


「そうは見えませんでしたが」

⦅お腹だけは引っ込めた方が⦆

「そうでもないわよ。休んでいただけですし」

⦅そ、そうする、よ。凹むかな、このお腹?⦆

「そう、ですか」

⦅凹みますよ?⦆

「そう、ですよ」

⦅やってみるよ⦆


 並列思考というわけではないが、腹の底と言葉が異なるのは、王侯貴族のスキルとして身についた物だから出来て当たり前なのだ。

 姉上のお腹は神素変換によってみるみる内に凹み、いつの間に見たのかユリス姉上の腹筋をイメージして腹筋形状を保持していた。

 保持したまま私と同じ代物を創っていた。

 換装魔法まで使って下着やらも更新中と。


(しかし、なんで姉上の腹筋を知ってるのよ)


 私がそう思うと姉さんはわざと思い出した。

 今朝、覗き見した、とんでもない光景を。


(あ、あ、姉上は何してるのぉ!?)


 驚き過ぎて表情が維持出来ているか心配だ。

 姉上は勇者の寝所に半裸で訪れて、目が爛々となった勇者に言い寄って、口約束と共に唇を奪われたのち三人から襲われてしまっていた。


(勇者と名ばかりの愚者を呼び寄せていたと)


 とはいえ、この国の現状を思えばピッタリ過ぎる愚者達でもあった。他国からでも平然と資源を奪うような国家に成り下がっているから。

 他国が報復のために攻め入ろうにも、周囲は天然の要塞であり、湖を遡上しようものなら途中の属国が壁役として活躍する。

 裏側にある大きな滝は断崖絶壁であり飛び込もうものなら底の見えない湖に落ちて浮上してこないのだ。大きな魚型の魔物も居るしね。

 そのうえ〈転移禁止区域〉の結界で覆われていて転移での気軽な出入りすら不可能だ。

 それはこの場所が一種の迷宮、踏破済みの大迷宮だった場所だから出来る事でもある。

 この王宮自体が大迷宮だったからね。

 そこに住み着いているのが、


(シルフェ王族という、元冒険者の一族と)


 野蛮で粗暴な平民が大迷宮を踏破して一代で成り上がった特殊な国家が、この国なのだ。

 すると姉さんから反応に困る念話が届く。


⦅もう、この際、仁菜ニナが、権限書き換えたら? 出来るでしょ?⦆

⦅出来るか出来ないかで言えば出来るけど?⦆

⦅だったらやったら?⦆

⦅やりたいのは山々だけど、今は無理!⦆


 沈黙したまま互いに見つめ合ってね。

 一応、スキル群の再確認は終えているから不可能ではない。罰として奪い去る事も可能だ。

 でも、それをするには王宮から出ないと始まらないのよね。書き換え主の通知が入るから。


⦅試しに使ってみたら〈神名と肉体名〉と了承・取消のボタンが出てきて間髪入れず取消を押しのよ。旧主に通知を送ります的な文言で⦆

⦅どういう事だぁって豚父が飛んでくるね⦆

⦅豚が飛んでくる。飛べない豚父だけどね⦆

⦅面白くないよ。元子豚の仁菜ニナちゃん⦆

⦅姉さんだって、元子豚ちゃんでしょうに⦆


 すると私達の沈黙を打ち破るように、


「あら? 姉上達は何をなさっているので?」


 輿に乗ったもう一人の子豚ちゃんが現れた。

 私と姉さんは目配せだけで意思疎通した。


「姉上が転がっておりましたから、立たせようとしておりましたの」

「侍女では抱えきれないでしょう。私も無闇に身体に触れさせたくありませんし」

「ああ、そういう事でしたの」


 アリスはそれだけで納得していた。

 天然のおバカで助かったかもね。

 というか、どうして私達姉妹って長女以外は肥っているのだろう? こればかりは私生活に問題があるかもしれないね、きっと。

 私は姉さんを抱き起こしつつ肩を貸す。


⦅今は痩せてるから軽いでしょ⦆

⦅重く見せる苦労を考えてよ?⦆


 いや、実際には相当なまでに軽いよ。

 レベルアップもしているから軽く感じるし。

 でも、それを周囲には示せないから沈黙しつつ姉さんと共に庭園へと移動した。

 庭園には既に、股を開いた姉上が愚者と共に待っていて、侍女の接待で寛いでいた。

 茶会のホストが姉上に書き換わってしまったが、今は気にしても仕方ないだろう。

 愚者共の心証など私達には不要だから。

 姉上だけ良い思いをしたければすればいい。

 むしろ⦅もっとやれ〜!⦆って感じね。

 隣の姉さんも同じ気持ち、らしい。

 但し、例外は必ずといって居るのよ。


「姉上! 今回の茶会のホストはエリス姉上でございますのよ? なのに、何故?」


 私達の気持ちを知らない、とっても天然な妹が私の味方になって姉上を糾弾していたから。


「エリスがホスト? それならばゲストよりも前に来るべきでしょう? 時間に遅れた者がホストを行う。それこそ、招待したゲストに対して失礼ではないのかしら?」

「・・・」


 至極ごもっとも。

 アリスは顔を真っ赤にさせて俯いた。

 私と姉さんは興味なさげに、愚者共を見るだけだった。愚者共も気にしておらず、不味そうに菓子を食べて紅茶を飲んでいるだけだった。


⦅あれって甘すぎるって意味?⦆

⦅今にも吐きそうな表情だから、そうかも⦆


 アリスも恥を掻かされたと思ったのか庭園から去っていった。その間の姉上は邪魔そうに私達を見ていたので私は無表情のまま念話する。


⦅この際だから、姉さん。お暇する?⦆

⦅今までの経歴に傷が付くけど?⦆

⦅この国の経歴とか要らないよね?⦆

⦅要らない・・・ね。うん、要らないね⦆


 それと、正直に言うと愚者共の視線が私の胸元に向かっていて、気持ち悪いのよね。

 大きい胸だから揉みたいだか、吸いたいだか吐き気のする思考が読み取れてしまったのだ。

 こういう時に限って言えば〈思考読取〉がパッシブスキルである事がイヤになる。

 私と姉さんは念話で話し合いそのままの状態で方向転換した。姉上から鼻で笑われたけど。

 私は庭園から出ていきながらチラ見して、


深愛ミアってあんなだったけ?⦆


 姉さんに対して問いかけた。

 姉さんはきょとんと応じた。


⦅あら? やっぱり気づいてた?⦆

⦅気づかない方がおかしいでしょ?⦆

⦅じゃあ、美加ミカは?⦆

⦅そんな気はしていたね⦆

⦅天然は素だったけどね⦆

⦅お節介は地では無いと思うけど⦆


 うん、天然ではあるけどお節介ではないの。

 美加ミカは私と共に各地を巡った仲だから姉としてその点はよく分かっているもの。

 すると姉さんは思い出しつつ苦笑した。


⦅でも、そうかぁ。姉さんが愚者に懸想を⦆

⦅思い出したら悶絶必至だよね、あれ?⦆

⦅絶対に悶絶すると思うよ。お風呂で何度も⦆

⦅何度も洗ってしまうよね、きっと⦆

⦅割と潔癖症だからね。姉さん⦆


 潔癖だから受け入れた過去が黒歴史となる。

 その時が見物と思いつつ私と姉さんは、


⦅どうせ今の姉さんが報告するだろうから⦆

⦅不要な妹達の居場所を奪いに来るかもね⦆


 この後に訪れるであろう地獄を幻視した。

 この国の王族は割と実力主義な面がある。

 姉妹であれ蹴落とす事が日常茶飯事なのだ。

 私達が「経歴に傷」と話したのは、積み上げてきた黒歴史を消し去りたいと思ったから。

 姉さんは奴隷の首輪、私は資源の採掘。

 美加ミカことアリスは道筋を示す事。

 深愛ミアこと姉さんは数多くの研究成果を示した事で今の地位に居る。この国では王女という地位は有って無いようなものだしね。

 まだ苦言を呈しただけのアリスは問題は無いが、ホストをすっぽかした私と元々好かれていなかった姉さんは、魔界送りになるだろう。

 それも裸に剥かれて引き回しの末、魔界の入口に放置される。あとは魔物共の餌となる。

 それがこの国の最も酷い王族の極刑である。

 それならば、


⦅ここから近い、見張り台に行こうか?⦆

⦅そうだね。この国には、降嫁は無いし⦆


 私達が行うのは一つしかないだろう。

 そのままの状態で〈隠形〉スキルを有効化して近衛の視線を掻い潜り、近場の見張り台へと侵入する。風が吹きすさぶ縁から下を見る。

 湖面までの距離は目測で百メートルはある。


「まさかこの世界でスカイダイビングをする羽目になるとはね〜。身体の連動を切るタイミングで落ちたらいいね? 〈隠形〉も切れるし」

「そのまま投身自殺と呼ぼうよ、姉さん?」

「それを言うと嫌な気分になるじゃない。中身は無事。不要になった王族の肉体だけが湖に落ちて、魔物の餌になるだけなんだから」

「魔界で餌、湖で餌、どちらにせよ餌なのね」

「衛兵が気づいて引き上げたら、無事な水死体だけが発見されるけどね?」

「無事では無いと思うよ。首が折れて色々と」

「そこは考えない方がいいよ。どんな理由で落ちたのか、そこを考えるのは中の者達だから」

「それもそうね」


 確かに私達にとっての邪魔な体と立場を片付けるだけだから気にしても仕方ない話だった。

 とはいえ少なからず愛着もあるので最後に一回だけ身体中を揉みまくっておいた。


「こんなところで押っ始めなくても・・・」

「いいの。これが、最後と、思って、もね」


 姉さんからは引かれたけど。

 その際に下着類を神素還元して強化ニーソックスとブーツだけはもったいないので〈空間収納〉へと片付けた。また履くかもしれないし。

 姉さんも疑われないよう下着類だけは神素還元していたね。他に何か重要な代物を身につけていないか調べてもいた。

 最後に縁へと立ち、体重を前にかけながら、


((【体内外連動解放、神体解放開始!】))


 同じタイミングになるよう頷きあって意識下にて鍵言を発した。

 直後、神体をその場に残して意識を失った肉体が真っ逆さまに、湖面へと落下していった。


『これは見ない方がいいよね?』

『見ない方がいいよ。グシャだし』

『今までありがとう、エリス殿下』

『ああ、イリス殿下ありがとう、ごめんね』


 私達は亡骸となった王女の肉体に祈りを捧げ、その場からそそくさと離れていった。

 その後は落ちた肉体の存在に気づいた衛兵が叫び、慌てて真下に居る衛兵達に指示を出す。


「殿下達が落ちた! 急いで引き上げろ!!」

「「わ、分かった!」」


 今更助けたところで無事なわけがない。

 私と姉さんは衛兵の居なくなった監視台に積層結界と人払い結界を張った。

 そして憑依体をその場で創り、宿り直した。

 装備品などは私が創り、姉さんに手渡した。


「これが仁菜ニナの重みと弾力かぁ」


 手渡すまでは自分の胸を揉んでいたけども。


「私の前でそれを言うのはどうなの?」

「弾力もあって最後に揉みまくった理由が分かったかも。お尻も含めて・・・感じたけど」

「は、反応に困るからやめてよね?」


 新しい身体は神体に合わせたハイエルフだ。

 ただ、亜人姿で王宮に居ると捕まるので、


「このチョーカー、着けなきゃダメ?」

「身を守るためよ。内部にはレベル80の化物が居るし、バレたら何があるか分からないよ」


 姉さんが創った首輪もどきを着けた私達だった。王宮内には質の悪い化物が居るからね。

 かつての娘が言うのだから間違いない。


「ああ、豚父の護衛の女騎士もとい」

「エリスの母親ね。胸も化物クラスのOカップだもの。豚父に牛母って言えば分かるでしょ」

「合い挽き肉にしてしまいたいね」

「私も思ったけどそれはやめたわ」 


 その代わり、娘が挽肉になってしまったが。

 ともあれ、私と姉さんはメイド服に着替えて〈隠形〉状態のまま王宮から出ていく通路を進んだ。主に使用人達が出入りする通路だね。

 私も最初は化物と出くわすと思ったが、


「橋の手前に到着っと」

「〈転移可能区域〉まで移動しないとね」


 二人の王女が投身自殺した事で王宮内は騒然とし、誰であれ私達に気づく事は無かった。

 途中で血相を変えた化物とすれ違っても気づかれなかったしね。これも〈隠形〉スキルのカンストが影響しているのかもしれない。

 その後の私達は橋を通り抜け、メイド服の上に外套を着て、何とか国外へと逃げ延びた。

 ただ、姉さんは何か気になる事があるのか振り返りながら眼下に見える王宮を眺めていた。


「というか姉上との確執が酷くなりそうだね」

「ああ、そうかもね。直前で喧嘩していたし」


 牛母との姉上の確執。元々あった劣悪な関係に盛大なヒビが入ったのは確実だった。




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