第22話 巡礼の行く先は
結局、高まる警戒心が邪魔をして、俺は全くレイカに踏み込んで行けないまま時間だけが過ぎていった。
当たり障りのない会話しか出来ない自分に辟易していると、ジルベルト君が思い出したようにルーナリアに尋ねる。
「ところで、ルーナリア様は夏の休暇をどうお過ごしになられるのですか?」
「それはつまり、巡礼に行くかということですね。支度はしておりますが、先延ばししようか少し悩んでおります」
巡礼、聖都への巡礼は義務ではないが、教会との付き合いもあるため、よほどの事情が無ければ信仰に篤くなくとも貴族なら一度はするもの。
そして、どうやら時間のある学生のこの時期に行うのが一般的になっているようだ。
「ご結婚なされたばかりですからね。もし見送られるのなら、私の方からも一言お口添えさせて頂きますが」
「ありがとうございます」
どうやらジルベルト君が行くことは確定しているようだ。
そりゃそうか、学院を出れば皇太子として国務に縛られることも増えるだろうし、将来のために教会を蔑ろには出来ないものな。
というか、そういう意味ではルーナリアも何時かは行く必要があるんだよな。
止めようかと考えているのは知らなかったけど、きっと新婚で俺との時間を大事にしようとしてくれているからだろうし……。
「準備もしているなら済ませておいた方が後々面倒にならないんじゃないか?」
「それはそうなのですが、カサンドラ大司教も無理に急ぐ必要はないと仰ってくれておりまして」
そうだった……。
ルーナリアはカサンドラをキャシーと呼び、俺との関係を相談するほど仲が良い。
その彼女が、教会との間に入ってくれるなら延び延びにしても問題はないのか。
よくよく考えれば巡礼の旅は危険と隣り合わせのはず、カサンドラが上手くやってくれるなら、危ない旅に愛する彼女を送り出すことの方がナンセンスとも言える。
「そうか。なら心配ないか」
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
皇后としては今回行くべきと彼女も頭では分かっているのだろうが、それでも俺との時間を優先しようと悩んでくれていることが嬉しかった。
彼女が望めばまた別の機会に話題に上げてくれるだろう。
そう思って彼女と微笑を交わし視線を戻すと、少し表情を硬くしたレイカの顔が目に入った。
その瞬間、以前聞いたカサンドラの話が脳裏に蘇る。
レイカが聖杖に執心していて、結果夜中にジルベルト君と教会に侵入したことだ。
俺はざわつく心を沈めつつ、何となしに彼女に向かって口を開く。
「ところで、君も巡礼に?」
「……はい、ジルベルト様とご一緒させて頂く予定です」
彼女はそう返事をすると、親密さをアピールするように顔を隣に居る彼に向けた。
愛しい相手と見つめあっているからか、その口元は小さく緩んでいる。
……俺の考えすぎだろうか。
いや、聖杖のために不法侵入までした理由を知るまでは、どんな些細な違和感も無視出来ない。
けれど、どうやって知る?
どうやって彼女に違和感を覚えさせずに尋ねる?
分からない……分からないが、みすみす聖都へ行かせる訳にはいかない。
ここは、俺も行くしかない。
「ところで、ジルベルト」
「はい、父上」
俺が名を呼ぶと、彼は即座に彼女から視線を切りこちらを向いた。
俺は巡礼の詳しい事情なんて知らないが、彼はどうだろうか。
「巡礼の旅の護衛はどうする予定だ?」
「私は、私の騎士団から騎士が何人か護衛に付く予定です」
ルーナリアの護衛について行こうと思い立った俺は、ふと気になってジルベルト君に尋ねたが、思いも寄らぬ返答が返ってきて驚かされてしまった。
まさか一国の皇太子が騎士団でなく、僅かな護衛だけで旅に出るとは思わなかったのだ。
「お前は皇太子だぞ。騎士団ではなく数名の騎士と行くとは正気か?」
「ははは。父上、ご冗談を。騎士団のような護衛を各々が連れては巡礼路がいっぱいになります」
「……それもそうだな」
「まぁ、お強い父上からすれば弱い私に不安を覚えられるのも当然でしょうが、巡礼路は概ね安全ですし他の貴族の者たちも居りますので」
なるほど、巡礼路の平和が保たれなければ教会の権威にも影響するかもしれないな。
というか、それなら巡礼する者たちで最初から纏まって行けばいいんじゃないか?
「それなら、いっそ学院から巡礼する者たちで纏まって行くのはどうだろう。より安全ではないか?」
「……どうでしょう。中には家に寄ってから行く者も居りますので」
「ふむ……」
そうか……聖都へと向かうのが巡礼の道だが、どう行こうが巡礼は巡礼だ。
学業の合間ということで、いつの間にか自分の中で修学旅行とイメージがごっちゃになってしまっていたっぽいな。
と、俺が認識の違いに悩んでいたところ、当のジルベルト君には誤解を与えてしまったようで。
少し苦笑いを浮かべた彼が俺に言う。
「父上、そうご心配なさらず。出来るだけ多く連れて行くように致しますので」
「……いや、お前の腕を低く見ている訳ではないのだ。お前は唯一の後継者だからな」
「……はい、父上。分かっております」
別にジルベルト君のことをそこまで心配していた訳じゃないのが申し訳ないが、俺の言葉に彼の表情は明るくなりつつも引き締まった。
ルーナリアのことで大ポカをしでかした分、彼としても皇太子としてしっかりとしないといけないという自覚があるのだろう。
と、申し訳ないがジルベルト君のことはさておき。
それにしても、どうやって一緒に行こう……。
ハッキリ言えば聖都では目の届く所に居させたいまである。
そして、そのためには一緒に行く、行動するのが一番なのだ。
こうして会って疑念を増した今、聖杖のある聖都でレイカを野放しにするリスクは取れそうにない。
悩みが新たな悩みを生んだお茶会は、見せかけの平穏の内に終りへと向かっていった。
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