第44話 新婚二日目の夜
リオットの報告を受け、その後もいい頃合いまで書類を片付けた俺は、帰ってきたルーナリアと一緒に夕食をとった。
二人だったのはジルベルト君がまだ戻っていなかったからだ。
彼が気を遣って二人の時間を作ってくれているのか、ただ気まずいから避けているのかは分からない。
いずれにせよ、俺はルーナリアと楽しい時間を過ごし、身体を清め身支度をしてから昨夜と同様に部屋を訪ねた。
「学院はどうだった?」
ソファーに座り紅茶を手にした俺は、彼女の一日がどんなだったかを聞いた。
食事の時は目の前にあった料理や互いの好みについての話ばかりだったからだ。
「行きも帰りもすごい歓声を貰いました」
「あぁ、民の様子はリオットから俺も聞いたよ」
「はい、みんなとても楽しそうで、おかげで私も頑張ろうという気分になりました」
「ははは、それはよかったな」
と、ルーナリアに同意したところで気づいたが、ちょっとおかしくないだろうか。
民は夜通し宴会している者も居るのに、俺は朝からマルケウスの相手に一日書類仕事、彼女も学院に通っていた。
逆とまでは言わないが、主役だった俺たちにも休みがあってよかったはずだ。
そう、ふつうは新婚と言えばハネムーンとか休暇をとったりだとか、二人だけの時間を過ごすものじゃないだろうか。
「陛下?」
「ん、あぁ……ルーナリアは昨日の今日で学院に行って疲れてないか?」
「はい、私なら大丈夫です。陛下はいかがですか?」
「俺も問題ないよ。溜まっていた書類仕事をしていただけだから」
まぁ、ハネムーンの文化が無いのかも知れないし、あったとしても学業をサボらせることになって、真面目な彼女を困らせてしまうかもしれない。
いつか自由な時間が持てたら彼女と保養地にでも行ければいいな……保養地なんてのがあるのかどうかも知らないけど。
「お疲れが出ていらっしゃらないといいのですが、書類仕事も楽では無いでしょうし」
「大丈夫だ。心配ないよ、無理はしてないから」
「ならいいのです。あっ、そう言えば今日は陛下の姪でいらっしゃるアリアンヌさんにお会いしました」
「あぁ、今年から通うという話だったな」
昨夜のこともあってか、念入りに気遣うルーナリアに笑って答えたところ、彼女は納得した様子で話題を変えた。
しかし、アリアンヌの話か、マルケウスに気に掛けると約束したばかりだし、ちょうどいいな。
「ご挨拶を受けて、今度お茶会をご一緒することに致しました」
「俺も今日アリアンヌの父のマルケウスに彼女をお茶会に誘う約束をしたところだ」
「ランベルト侯爵ですね。目録を拝見致しましたが結構なお祝いでしたね」
「あぁ、俺も今日会った時にもらった。一応は会って渡したいようだったが、礼状を書いてやれば十分喜ぶだろう」
俺の返事に彼女は目を丸くした。
驚いたのは俺のマルケウスへの対応が雑だからか、それとも俺が二人に貰ったお祝いの目録を彼女に渡していたと思っていたのか、どちらだろうか。
「まさか……あれは私へのお祝いなのですか?」
「そうだ。あって困るものじゃないし受け取っておくといい」
どうやら原因は後者だったようだ。
彼女は少し困ったような表情で尋ねる。
「本当に頂いてもよろしいのでしょうか?」
「構わない。それでルーナリアが頼まれるのは、せいぜいアリアンヌを気に掛けるくらいのことだろう」
またも彼女は目を瞠って驚いてみせた。
今度の理由は明白だ、俺がマルケウスの肩を持つと言ったようなものだからだ。
「つまり、殿下とアリアンヌさんの仲を取り持たれるのですか?」
「皇帝としてはそうするしかない。それに、これはジルベルトのためでもある」
「そう、ですね……」
「ただ、人前で表立ってアリアンヌの味方はしなくてもいい。そこまでする必要はない」
ルーナリアはジルベルト君と歩み寄ろうとしてくれているのだ。
ふたたび彼女を矢面に立たせたくはなかった。
「かしこまりました。縁戚としてそれとなく気にかけるように致します」
「ありがとう。そうしてくれると俺も助かる」
「いえ、大したことではありませんから。それに、話したのは短い時間でしたが、いい方のようでしたし、なんだか妹が出来たような気がして嬉しいです」
「そうか。それを聞けて安心したよ、会うのも楽しみだ」
ルーナリアの感触は悪くないようだ。
ただ、妹というかジルベルト君と結婚すれば義理の娘になるんだけどな。
そうだ、アリアンヌはジルベルト君の評価もよかったか。
マルケウスと違ってきっと口を開いても辟易させられないタイプなのだろう。
というかあいつ、前はあんなに亡くなった姉のことを推していたのに、今回は一言も触れなかったな。
新婚だから気を遣ったのか完全に娘に乗り換えたのか……いや、前者だと思っておこう。
悪い奴ではないんだしな、うん……。
ふと、マルケウスのお祝いで国王からの結納品のことを想い出した。
「ルーナリア、お父上からの結納品も届いたらしい。お礼状を認めようと思うのだが、一緒に手紙を出してくれないか?」
「あっ、はい、もちろんです」
彼女は快く承諾してくれた。
俺は彼女が用意してくれた紙に、アドバイスを貰いながら礼状を書き上げた。
文章は概ね硬くなったが、ルーナリアと同じ紙のお礼状が彼女の手紙と届けば、きっとどのように書いたかを察してくれるだろう。
その後、もう少し話してから俺たちは共に床に就いた。
就寝の挨拶を交わした時、明かりが落ちる瞬間、彼女の表情が少し翳ったような気がしたが光の加減だろうか。
昨日と違いすぐに眠りに落ちた俺は、そのことを朝にはすっかり忘れてしまっていた。
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