第51話 ファンサービス
彼女は悩んでいた。
彼女はアイドル歌手をやっているのだが、近頃ファンが口々にこんなことを言っているのだ。
「彼女の魅力が、世間にちっとも伝わっていない」
「彼女の実力なら、本当ならもっと売れていてもいいはずだ」
彼女はけっして、目立たないタイプではない。
目鼻立ちのくっきりした美人で、透けるような栗色の髪の毛とすらりとした体型も相俟って、まるで外国のモデルみたいだ。
歌唱力も抜群で、おまけに難易度の高いダンスもさらりと踊ってしまえるほど運動神経もよく、本番にだって強いのだ。
だからデビュー当初は、飛ぶ鳥を落とす勢いで売れると思われていた。
彼女だって自負があり、自分自身を高めるための努力はすれど、売れるための努力などはしてこなかった。
ところがこのていたらくである。
デビューして数年が経過したが、ちっとも鳴かず飛ばずで、いまだに小さなライブハウスを満員にするのが精いっぱいである。
どう取り繕っても見た目も歌唱力もダンスも、あまつさえ性格面さえも著しく劣っている後輩たちにつぎつぎと追い抜かれていく始末である。
それなりに食ってはいけるが、将来を思うと不安だし、なによりファンの期待に応えられないことは悔しい。
そこで彼女は考えた。
これはもう、売れるための努力をするべきだと。
これまでは自然体を良しとして、そういったことには手を付けてこなかったが、今更そうも言っていられないと。
だから彼女は、アイドルを研究することにした。
古今東西、ありとあらゆる人気アイドルのVTRを取り寄せ、可能な限り一日中それを観た。
そして彼女は気づくのだ、人気アイドルたちの如才ない立ち振る舞いを。
みんな喋りはうまいし、話題は事欠かないし、リアクションは大きいし、愛らしい。
彼女を追い抜いていった後輩たちのように、大半の人気アイドルたちは、彼女よりも劣っている。
歌唱力もいまいちだし、難しいダンスは踊れないし、生放送の音楽番組で持ち歌の歌詞を間違ってしまう。
ことアーティスト力でいえば、人気アイドル達も彼女の足元にも及ばないだろう。
しかし、アイドル力を問題に上げれば、足元にも及ばないのは逆に、彼女のほうになってしまう。
彼女は今更ながら知ったのだ。
アイドルには歌唱力やダンスのうまさや本番の強さは二の次だと。
彼女は今更ながら知ったのだ。
アイドルには話題力や会話のうまさやボディランゲージが重要なのだと。
古今東西、ありとあらゆる人気アイドルのVTRを取り寄せ、可能な限り一日中それを観て、思い知ったのだ。
彼女は勉強に邁進する。
歌唱レッスンやダンストレーニングをそこそこに、雑誌を読み漁り、テレビ番組をいくつもチェックし、情報を取り入れる。
彼女は勉強に邁進する。
歌唱レッスンやダンストレーニングをそこそこに、YouTubeでチャンネルを設置し、雑談配信でファンと交流し、会話力を鍛える。
彼女は勉強に邁進する。
歌唱レッスンやダンストレーニングをそこそこに、男の子の好きそうな仕草を研究し、それとないボディタッチや、大きなリアクションを学ぶ。
そして日付が経過した。
勉強の甲斐があって、彼女はアイドル力を身に着けることができた。
この話題力や、会話のうまさやボディランゲージがあれば、古今東西人気アイドルたちともタメを張れるはずだ。
しかも彼女の場合、アイドル力だけでなく、アーティスト力もあるのだ。
音楽番組でMCと会話を盛り上げ、愛らしさで見るものを虜にすると、ステージに上がり今度は歌唱力とダンスで魅了するのだ。
そして日付が経過した。
瞬く間に彼女は人気アイドルになり、彼女を追い抜いていった後輩たちを抜き返し、それどころか既存の人気アイドルたちをも置き去りにし、今や世界で一番の人気アイドルと言っても過言じゃなかった。
彼女は思った。
これで昔から応援してくれているファンたちに、やっと報いることができたと――。
彼女は悩んでいた。
彼女はアイドル歌手をやっているのだが、近頃ファンが口々にこんなことを言っているのだ。
「昔と比べて、彼女はすっかり変わってしまった」
「こんなに世間に媚びるなら、人気はなくとも、前までのほうがずっと良かった」
彼女は昔からのファンのために、頑張って努力をして、やっと売れることができたというのに――。
こんなのもう、どーすりゃいいのさ。
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