大吉ブレイクアップ!

ミナトマチ

第1話 1月2日の隠れ家

春海はるみは小さい頃は、お正月が大好きだった。

祖父は一代で、車を修理する機械を修理するための機械を扱うという、少々ややこしく、しかし業界では大変重宝された会社を興した人だ。

屋敷は言い過ぎでも広い和洋折衷の家に、いとこやはとこ、多くの親戚が三が日に集まって来る。

そんな彼らに、自分と何かしらの繋がりがあるのだと思うと春海はくすぐったいような、誇らしいような感じがしていた。

少なくとも、高校に上がる前まではそうだったはずである。

自分も祖父や父のように…ここに集まる人達のような、特別な何かになれると本気で信じていた。

そんな自分もこの家を巣立って、気が付けば今年で27歳になった。

早いもんだと自嘲気味に笑って、春海は煙草をぐっと吸い込んだ。


親兄弟や親戚やらは、居間や客間に集まってわいわいと騒いでいる。

この喫煙室……厳密にはただ灰皿が置いてあるだけの、ちょっとした書斎なのだが、うっすらとそんな楽しそうな声が聞こえてきていた。

ここは数年前から春海の非難場所になっていた。

祖父の、そして父の会社を継いだ兄、春吉はるよしとは仲が非常に悪かったのだ。

顔を合わせると、今どき母親も言わなくなったようなことを言ってくる。

極力顔を合わせないようにしていたのだが、先ほどばったり会ってしまい正月早々、激突してきたばかりだった。


「‥…クソッ、何がシャンとしろやねん‥…ふじが大手の内定貰うた?俺になんの関係もないやろが…いちいち比べよって……」


春海は思い返しても未だに腹立たしく、眉間にしわを寄せてブツブツとつぶやいていた。

藤とは春海の弟、藤時とうじのことである。有名国立大にこの前入学したばかりだと思っていたら、卒業の今年、大手企業の内定をひっさげて帰省してきた。

春海は最近やっとまともな職に就いたが長い事フリーターをやっており、ずっとプラプラしていたので、比べられてもしかたなかったのだが‥…

兄はまだしも、弟と比べられると流石に癪だった。お前らができすぎやねん!と自己弁護した。


気分がもやもやした。

気が付くと煙草が燃え尽きている。

灰皿に乱暴にこすりつけて、素早く2本目に火をつけた。


「……やっぱりここにった!ハルミちゃん来たで~」


「……菜月……」


すると突然扉がガラガラとスライドされて、短めのボブヘアを揺らしながら少女がドタドタと入って来た。

従姪じゅうてつ菜月なつきである。


「……ここには来たらあかんって、モモちゃんに言われんかったか?」


『モモちゃん』とは菜月の母、桃歌ももかのことである。

しかし菜月はキョトンとした顔で春海を見ている。


「えっ?ママが行ってみぃって言うてたよ?」


「モモちゃん‥‥…はぁ……さっさと居間の方に行っとき!」


春海は右手にもった煙草をちらつかせてシッシと出ていくように促した。

しかし菜月は気に留める様子もなく、部屋に入って来る。


「別に私、煙草ン匂いくらい平気やで?」


「そういう話ちゃうねん……はぁあ…」


春海はまだ半分近く残っていた煙草をすぐに消して、窓を開けた。

正月の夜らしい、刺すような冷気が一気に流れ込んでくる。


「ひゃぁぁ~さぶっ!窓閉めてや!」


「換気せなアカンやろ……さぶい思いするために、こんなとこまで来るんやご苦労やな‥…あ、お前が目当てやな?」


春海は窓を閉めながらどこか納得したようにポケットからお年玉袋を取り出してズイっと差し出した。


「…ありがたいけどハルミちゃんのお年玉目当てちゃうよ?」


「はっきり言うなや!…まぁ、さっき颯太そうたあおいにも言われたけどな…『ヤスゲッキュー』って」


「ほんでも事実やろぉ?…‥私はハルミちゃんに会いに来ただけや!」


「お前、ほんま変わってるよな」


ズケズケ言われて苦笑したが、最後にそんな風に言われると春海も悪い気はしなかった。

というのも、祖母のハル従姉いとこの桃歌を除けば、春海を慕うのは親戚多しといえどこの菜月くらいである。

そんな菜月は中身を確認して、やっぱり!といった顔で笑い、ポケットに入れながら春海の横に腰を下ろした。

部屋がだんだんと暖かくなっていた。



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