間章【過去・其の二】 失われた太陽、戻らない空

 ――もしも世界が元に戻ったら、朔は何がしたい?

 派手な金髪に脱色した青年、皆瀬朝日はそんな問いを朔に投げかけて来る。血色の良い、日に焼けた肌、濃い茶の瞳。大らかとも大雑把とも捉えられる性格をしていたが、日だまりのような暖かさと明るさを持つ青年は、アサヒ先生と子供達からは呼ばれ慕われていた


「そう言う君は何がしたい? 朝日」


 朔が問い返せば朝日は迷い無く「ピクニックかな!」と即答する。ピクニック、と朔が呟くと朝日は、そうピクニック! とご丁寧に繰り返す。どうやら子供達と暖かい日に出かけて太陽の下で遊び回りたいらしい。朔が何故かと問えば「何でって」と朝日は陽気に笑う。


「俺、太陽とか青空が好きだから。やっぱ晴れたら気分が明るくなるし、外でみんなで食べて遊んでお昼寝したら最高に幸せじゃん! 朔もそう思わないか?」

「いや……どうだろう。分からないな。すまない、君の夢を否定するつもりは無いんだが……」


 朔は答えに窮する。己の事になるとまるで分からない事だらけだったからだ。

 朝日はそんな朔の背をぽんと軽く叩いた。


「ま、難しく考えるなよ。例えばさ。見たいもんとか、食いたいもんとか何か無いのか?」


 そう問われ、朔は「見たいものか」と繰り返し顎に手をやる。


「ふむ……難しいな。色々とある筈なんだが……もう少し、考えてみる」


 そう返せば隣にいた朝日はくつくつと可笑しそうに笑い出した。


「全く、馬鹿真面目だよなぁ。でも朔、お前はどうにも自分に厳し過ぎるきらいがある。というか自分を軽視しすぎだ。お前が誰かを心配に思うように、その誰かもお前のことを同じくらいに心配には思っているんだ」


 だからもうちょっと自分を大切にしろ、と朝日は朔の頭をぽんぽんと撫でた。


「……ちょっと、そこの金髪阿呆頭。あんまり僕の朔にベタベタしないでくれるかな?」


 苛立った声に振り返ると、由楽木が不機嫌極まり無い表情で背後に立っていた。朝日は「おおユラちゃん! おかえり!」と笑う。気持ち悪い渾名で僕を呼ぶな、と由楽木は顔を歪めて言い放てば、呆れたように朝日はわざとらしく溜め息を吐いた。


「お前もなぁ由楽木。そうやって捻くれてると友達無くすぞ? 他人を遠ざける事で自分が傷付かないようにしたい気持ちは分かるけどな。でも心配しているなら素直に心配してるって言わないと分からないぞ? 恥ずかしがる事ないんだからさ。あ、あとちゃんと飯は食――」

「ごちゃごちゃ煩いね、君は。僕の母親にでもなりたいのか? いちいち耳障りだ」


 そう苛立つ由楽木だが、こんな彼を拝めるのも朝日を前にした時だけだ。

 朝日はというと由楽木の苛立を無視して、がしっと勢い良く肩を組んだ。由楽木の眉間の皺が更に深くなる。


「なぁに照れてんだよ! ユラちゃんと俺の仲じゃないか! 親友だろ?」

「誰と誰がだ!? 離れろ! ああもう、クビキリ。この男殺しても構わないかな?」


 由楽木が許可を求めるように見るが朔は即却下する。すると朝日が軽く由楽木を叩いた。


「こォらユラちゃん! 殺すなんて酷い言葉使っちゃ駄目でしょ! めっ!」


 わざと母親の口調を真似て朝日が言えば、由楽木の米神に青筋が浮ぶ。やば、と言って遁走し始める朝日を由楽木は本気で追いかける。その追いかけっこを眺めていた子供達はいつの間にかその輪に加わる。遠巻きに朔は眺めていると隣に大人しい少女――ナグモが座る。


「……君は加わらないのか?」


 朔が声をかければナグモは首を振って、アサヒ先生を見ているからいい、と答える。その頬は僅かに紅潮しており、朝日を見詰める瞳はきらきらと輝いていた。どうやらナグモは朝日を慕っているらしい。能天気で何処か抜けている朝日は微塵にも気付いていないだろうが。


「あ」

「あ」


 ナグモと朔はほぼ同時に上げる。二人の視線の先には遂に追い詰められ笑顔を引き攣らせる朝日と、悪い笑みを浮かべた由楽木の姿があった。止めておこうか、と朔は思い一応腰を上げた。しかし助けは必要無かったようだ。子供達が朝日を庇うように立ち、皆口々に「アサヒ先生を虐めるなー」と叫ぶ。困ったように由楽木が朔の方へ振り向く。その顔には「面倒だから皆やっちゃって良い?」と書いてあったが朔は首を振り即却下する。何故朝日はこんな人格破綻者の由楽木に構うのだろう。朔は改めて不思議に思った。しかし。

 ――ああ、でも。朝日が以前言っていたな。「晴天コンビ」なんだと。

 朔は思い出す。朝日曰く自分が太陽で由楽木は空らしい。何処がだ。

 今でも分からないが、そう言った時の朝日は「分からないのか?」とこれ見よがしと言わんばかりににやにやしていた。結局その時は教えてくれなかったが、朝日は由楽木をちゃんと見ていれば分かると言っていた。朔は由楽木を見てみる。だが一向に分かる気がしない。


 ――今度また聞いてみよう。

 朔はそう思い、朝日と由楽木たちを穏やかな気持ちで眺めた。


 だが結論からして、朝日からその答えを聞く事はできなかった。

 朝日はその夜、由楽木を愛したナギによって殺されたのだ。

 由楽木は、泣かなかった。太陽を失っても彼は、哀しい位にいつも通りの由楽木だった。変わってしまったのは二人の姉妹――ナギとナグモだけだった。

 そして今も、太陽は失った空は暗雲が広がり、未だに澄んだ青は戻って来ないでいる。




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