第110話

 単身赴任中の父親と一緒に帰宅する煉。ダンジョン巡りの時は近くのホテルに宿泊するのたが、父親である樹の家に泊まることになった。


「上もお前が開発等に関係している事を秘密にした上での販売に了承した。数が用意でき次第、『氷天華祭』の動画を使って大々的に宣伝を開始するとのことだ」

「来栖さんにさっき連絡したら生産体制は整ってるって。後は父さんの方で連絡取り合ってくれ」

「分かった」


 樹は単身赴任中で忙しく、帰ってくることは殆どない。稀に休日を使い戻ってきたとしても煉は各地でダンジョン旅をしているため中々会うこともない。実は久しぶりに二人きりでの会話なのである。


「それにしても煉のことを秘密にするなら酒田くんを同席させて良かったのか?」

「都合が良かったから。それに父さんもそれに気付いて他の社員に紹介してでしょ?」

「まあな。それで何のためなんだ?」

「それは――」


 煉は樹にこれまでの事を説明していく。国際カンファレンスでのこと、主人たちのこと、そのための対抗手段が今回のアイテムであること。

 樹は来栖から主人や原初スキルのことを聞いたことがあるようで、すんなりと納得してくれた。


「主人たちは煉の名前に反応してくる可能性があるのか。...なるほどな。今回、社員たちが煉と会った事を漏らす。酒田くんなんかは煉があのアイテムに関わってることを誰かに仄めかすかもしれない。でも会社側はそれを契約上認めない。あくまで噂レベルの話になると」

「そういうこと。これで主人たちが販売の妨害に動けば、噂を肯定することに成りかねない」

「主人の性格上それはないと考えてるのか?」

「絶対じゃない。でも販売が妨害される確率が一番低いのはこれだと思う」

「そうか」


 煉の名前が最初からあれば、妨害する理由になる。逆に煉の名前を完全に隠した場合でも、このアイテムが原初スキル対策であると判明した時点で妨害に動く可能性が高い。

 しかし妨害すれば煉が目立つ結果となるように仕向ければ、妨害の可能性は低くなるのてはないかと煉は考えたのだ。


「相手依存の危険な方法だが...テロを起こさせない完璧な方法など無いからな。そんな中で最善手を打っているな。流石は茜さんの子だ」

「母さんと父さんの子だよ。父さんなら兎も角、母さんが策を練ってる姿は想像できんし」

「...茜さんは感覚派だからな。直感で最善手を打ち続けるようなタイプだ」

「それは分からなくはない。でもこれが最善だったとしても絶対に安全って訳じゃないだろうし...」


 樹から見れば、明らかに煉は茜似であった。性格など多少自分に似ている部分もあるが、根っこの部分が特に。茜を長年見てきた樹が思うに、彼らのようなタイプは自身の感性に従って動いてるときが一番力を発揮するのだ。


「...親として言えることは多くないが、煉がやりたいようにやりなさい。煉だから出来ることも煉にしか出来ない事もある。でも出来るからやらなきゃいけないってことはないんだ」

「父さん」

「主人への対抗はお前のやりたいことだったかもしれんが、他の探索者たちや俺たちのお守りはそうじゃないだろ?」

「....そうだね」

「アイテムを流通させるのは俺たちの仕事だ。その仕事のフォローもしてくれてる。気にせずに好きなことをしなさい」

「分かった。...ダンジョン行ってくる」

「今からか...久しぶりの父さんの手料理を振る舞ってやるからあまり遅くならないようにしてくれよ」

「うい」


 こうして煉が担当していた主人対策は終了するのだった。

 そして半月後、『氷天華祭』が出演したRP動画と共に予約ご開始された『慈愛のペンダント』は異例の注目を浴びることとなるのだった。

 


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