第43話 夜食を食べさせられる程度の能力
帰宅した煉を玄関で待ち構えていたのは、鬼の形相を浮かべる朱里であった。
「…なに?」
「おにい、何か言うことない?」
「ぱっとは思い付かないな。あ、この前やった肌荒れに良く効くポーションならまだあるぞ?」
「それは欲しいけど…違う話!」
「わからん。前にクリアフィに行って怒られて以降、大したことは無いからな」
「ほんと? ならこれはなに!」
そう言い朱里が見せてきたのは『Ruler』のチャンネルであった。それを見せられ煉は何を怒っているのか完璧に理解する。
「お前あのパーティのファンだったのか。なら今度サイン…は多分怖がられてるから貰えるかわからんが――」
「そうじゃない! てかファンじゃないし。これ、おにいが投稿させたんでしょ?」
「考えてみたらよく分かったな。どっかに俺映ってた?」
「う、うん。ここ」
「こんなのから分かるのか。凄いな」
「そうだね」
証拠を突き出されても動揺することの無い兄に、本当にこの騒動が兄の中では大したことではない部類のモノになるのだと理解した朱里。心配したり怒ったりしていた自分が馬鹿らしく思える。
「おにいは『洗脳』に掛からなかったの?」
「掛かったな。まあ第1段階の思考誘導をされたらしいが」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫だ。瞬時にやれる思考誘導なんて単純なモノくらいらしい。お前が夜中にお菓子を食べるかどうか迷っているときに、食べないって決断させられるくらいの能力ってこと」
「めっちゃ凄い能力じゃん!」
複雑な選択の場合、思考誘導にも相応の時間が掛かるし、1対99でやりたくないに傾いている選択をやりたいにするのも時間が必要である。そもそも0対100の場合は本来、『洗脳』自体が失敗する。
あの時、煉が『洗脳』を受けたのは【スカウトを受けてくれ】ではなく【もう一度考え直してくれ】と言われ、煉の中でもう一度くらい考えても良いという思考があったからである。もしジャックが【スカウトを受けろ】と『洗脳』をしていれば即座に失敗し、その段階でスカウトを終了していたので、今回の騒動は起きなかっただろう。
「もし朱里がブクブク太ったら俺がやってやるよ」
「ブクブクって…ておにいもその『洗脳』使えるの? 怖!」
「俺が使えるのは簡易的な思考誘導までだな。だから朱里が絶対に夜お菓子を食べるって決意してたら誘導できないよ」
「そんな決意しないし!」
「冗談だよ。人に精神干渉系のスキルは使わないよ。…いや合意があれば合法か?」
「合意なんてしないし!」
「はいはい」
結局煉は朱里がなぜ鬼の形相を浮かべていたのかは分からなかったのである。
―――――――――――――――
『Ruler』のメンバーは全員拘束された。抵抗しようとするメンバーもいたが、リーダーであるジャックの一声により素直にしたがったという。現在は協会本部の一室で監視をしつつ大人しくさせているところであった。
「アメリカの探索者協会及びアメリカ政府から引き渡しの要求が来ています。日本の政府からも引き渡すようにと」
「あちら側としたら自国でケリをつけたい。日本側は『Ruler』による被害は確認されていないため、ノーリスクでアメリカに恩を売れるか」
「どうされますか会長?」
「もちろんお断りだ。本当に日本で被害が無いかも分からないうちに引き渡す訳にはいかない。幸い探索者関連であれば協会はかなり強く出れるしね。政府のお偉いさんも同盟国の圧力も私が気にしなければ問題ない」
「承知しました」
日本探索者協会はアメリカへの『Ruler』引き渡しを拒否し独自で調査を開始することになるのだった。
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