聖夜の星 -2-

 予定されていた二曲、全員の踊りが終わると、再度の拍手喝采。生徒たちが中央からはけて行くと同時に、大広間奥にある壇上に立つ大都へスポットライトが向いた。

 大都は脇に控える松宮からマイクを受け取り、話しはじめる。

「メリークリスマス。素晴らしい踊りをありがとう。優雅で、実に夢のような時間でした。このクリスマスパーティは、毎年三年生だけが参加を許される。すなわち、鷹鷲高校ですべてを学んできた紳士淑女のためのパーティ。皆、ここに集う仲間たちと、クリスマスという特別な夜を心ゆくまで楽しんでください。それでは、皆グラスを手元に」

 挨拶がそこで中断すると、松宮は大都へ、今度はスパークリングジュースの注がれたグラスを差し出す。

 同時に会場内を給仕が回りはじめた。彼らはこのクリスマスパーティにおいて、完全な裏方を担当する二年生のバトラーたちだ。同じスパークリングジュースの入ったグラスを載せたトレイを持って、三年の生徒たちへとグラスを配っていく。

 大方全員の手にグラスが行き渡ったことを確認してから、大都はグラスを掲げる。

「美しき、第二四回鷹鷲高校クリスマスパーティの始まりに、乾杯」

 その声に合わせ、生徒たちも「乾杯」と声を合わせて、グラスを掲げた。

 冒頭のダンスと挨拶が終わってしまえば、パーティ終了時にプレゼント交換会がある以外は歓談の時間となる。楽団によるクラシックの曲は奏でられ続けるので、望むものは自由な相手と共にダンスを踊ることができる。ここで恋仲になるマスターたちも多い。

 多数のテーブルに用意された料理はすべて立食スタイルだ。好きなものを好きなだけ食べられる。もちろんアルコールの提供はないが、飲み物も好きなだけ飲むことができる。

 会場内がにわかに賑やかになり、東條も珍しくどこか浮足だった様子だ。

「明彦様、五分だけおそばを離れてもよろしいでしょうか」

 グラスを片手にそう申し出られ、明彦は頷く。

「もちろん、構わないよ。どこに行くの?」

「大都様にご挨拶をして参ります」

「校長先生に? じゃあ、俺も一緒に行こうかな」

 明彦は、壇上で帝王科の教師数名に囲まれている大都へと視線をむけて言う。そんな明彦の肩を、そばに戻ってきた宗一郎が叩いた。

「執事と片時も離れられないようなお子様じゃないだろ。いいから一人で行っておいで、東條」

 宗一郎に促され、東條は頭を下げると、足早に人並みを抜けていく。彼の背中を見送り、宗一郎はそっと明彦の耳元へと口を近づけた。

「水島から軽く聞いたんだが、校長は東條の脚長おじさんらしい」

「あ……だから、鷹鷲祭の時」

 そうして囁かれれば明彦も察して、宗一郎は頷く。

「普段は校長と話せるタイミングなんて、なかなかないだろうからな。一人で行かせてやった方がいいかと思って」

「そうか。教えてくれてありがとう、宗一郎」

 明彦が素直に感謝の言葉を口にすると、宗一郎は何も言わずに目を細めるにとどめて、少し離れた位置に立つアルマと雅へ視線を向けた。

「お姫様方、お腹の空き具合はいかがですか?」

「私、ダンスが心配で全然お昼が食べられていなかったから、もうペッコペコ」 

「まぁ、わたしもなのよ。宗一郎さんと踊るって聞いて、もう気が気じゃなかったの」

 前評判通りの爽やかさで雅がお腹をさすると、アルマも明るく笑って同意する。

「俺と踊るのが、気が気じゃなかったなかったってのは、いったいどういうことなんだ?」

「だって、宗一郎さんったら絶対目立つじゃない。そのパートナーが下手な踊りをしていたら恥ずかしいもの」

「そんなことはないさ。皆、アルマさんの美貌に目が眩んでたと思うよ」

「もう、宗一郎さんったら、相変わらずなんだから」

 宗一郎の慣れた調子の軽口に、アルマは楽しげに声をたて笑う。そこに雅と明彦、さらに周辺にいたマスターたちも加わり、歓談が始まった。

「宗一郎、明彦、俺なんか適当に料理とってくるね」

 彼らの様子を見て、宗一郎の担当としてそばについていた水島が口を挟む。

「雅様、アルマ様、私たちも行って参ります」

 雅とアルマの担当をするバトラーの二人もそれぞれ水島へと従った。三人は宗一郎たちがいる場所から一番近くのテーブルに向かうと、用意されている皿に料理を盛り始める。

 各々、担当している者の好みなどは完璧に把握しているため、料理を選ぶ手に迷いはない。水島は宗一郎と明彦の二人分の皿を用意していた。

 と、そんな水島の耳に、抑えた囁き声が届く。声の主は一つではなく、複数。まるで自身と囲むように、さまざまな場所から聞こえてくる。

 人の耳というのは不思議なものだ。音楽と話し声で溢れたパーティ会場で、隠そうと低められた噂話の声だけを、なぜかつぶさに拾ってしまうのだ。


「あれが水島か。マスターを殴ったっていう」

「平民が貴族を殴って、どうして何の処罰もないの?」

「あいつ、実は子供のころは貴族だったらしいぞ。そういうのが影響しているのかね」

「元は貴族って言ったって、今は平民なんだろう。貴族の称号を剥奪されるって、よっぽどだったんだろうなぁ」

「貴族意識の抜けない執事なんて、誰が召し抱えたがるんだろう」

「事情はともあれ、暴力的な人間が身近にいることだけでも恐ろしいよ。宗一郎さんも、あんなのが担当になって、なんで平然としているのだか」

「俺も選定しなかったんだけど、水島だけは担当につけないようにって根回ししたよ」

「宗一郎は天下の常陸院だけあって、さすが神経が太いのかね」

「そもそも宗一郎くんの振る舞いが、バトラーたちをつけ上がらせているんじゃないのか。バトラーがマスターにタメ口で話すなんて、まったく目に余る」


 言葉の一つひとつを理解し、そこに潜む悪意を感じるたび、料理を皿に乗せる手が止まる。水島は息を殺して密かに向けられる視線に耐えていたが、宗一郎への言及が増えたところでついに耐えかねた。

 用意し終えた皿を、一緒に料理をとりにきていバトラーの二人へと差し出す。

「すみません御二方、こちらを宗一郎様に、こちらを明彦様に渡してください。それから、体調が悪くなったので今日は休みますと、言伝を願えますか」

「え、ええ。もちろん構いませんが、大丈夫ですか?」

「少し休めば問題ありません。では」

 水島はよく愛らしいと形容される顔に、力無く笑みを浮かべる。その顔色は確かに青ざめていて、言葉の説得力があった。

 あとを任せた二人に会釈をして、水島は一人、大広間から外へと出る。賑やかなパーティ会場を後にすれば、校舎内の静寂が耳に痛い。

 エントランスを通り、雪の積もるイングリッシュガーデンへと出る。雲のない夜空には満月に近い月が輝いていて、星々の輝きはどこか控え目だ。

 水島は白い息を立ち上らせ、逃げるように寮の部屋へと戻っていった。

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