鷹鷲祭 -2-
「いらっしゃいませ」
三人が待機列に並んだ末に教室の中へと入っていくと、すかさず声がかけられた。出迎えたのは、若草色の着物の上に白いエプロンをかけた水島だ。
大正ロマンを追求した衣裳となっているが、ツッコミどころとしては、頭につけたカールのかかったウィッグと、そこにあしらわれた大きなリボンを含めて、着物も、フリルがついたエプロンも、すべてが女性ものだということだろう。
「って、宗一郎たちじゃん。僕がシフトに入ってる時は来ないでって言ったでしょ」
三人の姿に気づくと、水島はプクッと頬を膨らませながら、丸盆をもった手を腰に当てた。水島の顔立ちにはウェイトレスの衣裳もウィッグもよく似合っていて、リボンも頬に軽くさしたチークも、なんの違和感もない。
「おっとお嬢さん、それが客に対する態度かい? なんならこの店のオーナーに掛け合って、お前をやめさせてもいいんだよ」
答えたのは宗一郎だ。店のオーナーに掛け合うも何も、この出し物の全体統括をしたのは宗一郎本人である。
「宗一郎、普段より態度悪いよ。ごめんね水島。せっかくだから水島を迎えにくるついでに、俺たちの出し物も客として味わっておきたいなって思ってさ」
冗談を言う宗一郎に、明彦がフォローを入れる。
「というか、水島は普段からその格好で過ごしてるのかってくらい、よく似合うな」
「出し物に女装要素がないと客が入らないって、宗一郎が言い出したんだからね?」
「お陰で大盛況だろ。ほら俺たちは客だぞ、案内したまえよ」
宗一郎が指摘した通り、浪漫喫茶は一組様四〇分の時間制限を設けているにもかかわらず、常時待機列が途切れないほどの盛況ぶりとなっていた。
「かしこまりました。三名様ですね、こちらへどうぞ」
吐息を一つ漏らしてから、水島は他所行きの笑顔を浮かべ三人を席まで案内する。本来バトラーはマスターに常時敬語だが、水島が宗一郎と明彦に敬語で接するのは久方ぶりのことだった。
綺麗にセットされたテーブルの上には、あらかじめメニューが丁寧に飾り付けられている。些細なことだが、サービス力の高さが窺い知れた。
明彦は席に着くなり、メニュー表を手に取り眺める。店のメニューの内容を提案したのは白石だが、内容を見て可否を決定したのは宗一郎だ。当然宗一郎はメニューのすべてを把握しているが、しげしげとメニューを眺めてから水島へ向けて。
「おすすめは何かね?」
などと、あるはずもない顎髭を撫でるような仕草をしながら。もったいぶった口調で聞いている。その様子には、東條も思わず唇に笑みを浮かべた。
「サイフォンで丁寧に淹れる当店自慢のブレンドがおすすめです。ぜひ、甘味と共にお召し上がりください。甘味の中ではプリンアラモードが人気です」
はじめは嫌そうな顔をしていた水島も、結局は楽しそうに受け答えしている。
「なるほど、ではそれをいただこう。二人もそれでいいね?」
「宗一郎様、わたくしは……」
「せっかくなんだから、東條も一緒に食べようよ、ね? 店の調査も兼ねてさ」
東條は辞退を申し出ようとしたが、すかさず明に有無を言わさぬ笑みを向けられ、同じものを三つ頼むことになった。オーダーを取り終えた水島は、他のテーブルから声がかかってそちらの接客へと向かう。
「東條もこの後、ウェイトレスの衣裳着るの?」
「いえ、わたくしはキッチン担当ですので、特別な衣裳は着用いたしません」
「なんだ、そうなってたのか。残念だな、せっかくの機会だし東條の大正ロマン姿も見たかった」
明彦が言葉通り、心底残念そうに眉を下げる。
「だからキッチン担当にも同じような衣裳を作ろうって言っただろ」
「無駄なところに予算付けられなかっただろ。でも、な……そっか、東條は着ないのか。きっとものすごく似合うと思ったんだけど」
宗一郎は店の全体的なプロデュースをしたが、明彦は主に店で使う食材の仕入れなどを担当していたため、東條たちがどうシフトを組んでいたのか全く把握していなかったのだ。
「わたくしなどより、明彦様と宗一郎様の方が、きっとよくお似合いでしたでしょう」
「東條、さすがにそのお世辞は無理がある」
淡々と言葉を返す東條に、宗一郎が吹き出した。見るからに可愛らしい容姿をしている水島や、繊細で端正な顔立ちの東條と比べれば、宗一郎は顔立ちも体つきも成長しきっており、男らしさが全面に出てしまっている。明彦にいたっては問題外だ。
「わたくしは本心で申し上げておりますよ」
東條は心外な様子で目を瞬かせるが、明彦と宗一郎は軽く一笑に付していた。
「まぁ、でもマスターがシフトに入らないっていうのは、ちょっと申し訳なさは感じるよね。俺もシフトに入れてもらって良かったんだけどな」
「俺たちの仕事は、店が終わった後に控えてるだろ」
明彦と宗一郎の会話に、東條は表情を引き締め直した。
当然のことながら、出し物ではやってきた客から金を取っている。先ほどの演劇も無料で見られるわけではなく、チケットを購入しなければならなかった。その売上は生徒の懐に入るわけではなく、マスターが選定した寄付先へと寄付をするのだ。
どのような団体へ、どのような用途で使用してもらうか、寄付のための手続きや書状の作成などは、マスターが最後まで行うことになっていた。
「宗一郎様、その件ですが。ありがとうございました」
東條は声を抑え、そっと謝辞を口にする。宗一郎は先日、東條がいた児童養護施設がどこなのかと東條に問うていた。もちろん、これから施設に寄付を行うためだ。
「俺は寄付先に適当だと思って提案をしただけだ。感謝されることなど何もない」
宗一郎はサラリと答え、肩をすくめる。
そうこうしているうちに、水島が三人分のコーヒーとプリンアラモードを運んできた。 白石の考案したレシピを、キッチン担当の者が忠実に再現しているプリンアラモードの味。それはどこか懐かしさを感じさせる、絶品の美味さであった。
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