実況08 対HARUTO戦(解説:鞭騎士INA)
転移した先は、東京ドーム一個分くらいの大きな空洞だった。
足元に、浅く水が流れている。
テンプル騎士団の転移先は、こうした戦いやすい地形になっている事がほとんどだ。
遺跡道中の構造も、生成したAIの気紛れによる所が大きいので、戦闘スタイルによる不公平を出さない為だろう。
勿論、自分から撃って出るテンプル騎士も相当数居るだろうから絶対とは言わないけど、この空間は冒険者サイドからすれば“ボス部屋”みたいなものかも知れない。
あたしや
NPCの従士は二体。それぞれ槍を持った歩兵タイプと、回復と光の攻撃魔法を持った神官タイプだけど、本気で当てにはしていない。
どれだけ発達したAIであっても、歴戦のプレイヤーには容易に見切られてしまう。
そして。
浅瀬を砕いて歩く水音が、一歩一歩近付いてくる。
そのパーティが現れた。
黒いフード付きローブで全身を纏った男を視認した瞬間、あたしの口許が自然と綻んでいた。
デートの待ち合わせって、こんな感じなのかも?
腰に備えた
あたしと
このゲームではあまり見ない装備だけど、別ゲームで慣れ親しんだスタイルを、現ゲームでのセオリーを無視して取り入れるやり方は、珍しくはない。
……どうも、プロテクターが金ピカなカラーリングなのには首を傾げるけど、人のセンスだから口出しはしない。
戦闘開始。
★★★★★★★★★★
パッと見た感じ、やはり気になるのは、大剣を持ったカーキ色コートの、結構年嵩の男だ。
奴らのパーティとランチに行った時、この男だけが居なかった。浮いているのかは知らないが、あたしにとっては未知数の相手だ。
けれど、普通に考えれば鞭使いのあたしには相性の良い敵の筈だ。
一方で
このターンで
戦力差と相性を思えば、あたし達としては、この女が後衛に徹する前に始末したい。
まず、
「ーー
やはり、
1ターン目から、あの女の為に★をバカ食いされているだろうが、魔法が完成すれば、多分あたし達は問答無用で死ぬ。
次に……
淡い光の魔法。恐らく自動治癒の回復魔法。受けた相手は……
彼女が初動の前衛だ。
あたしは真っ直ぐ走り、これを迎え撃つ。
彼女から少し遅れてあの老兵も向かって来ている。
このままでは二人に挟撃されるが、構うものか。
あたしは鎖鞭を、
鞭の軌道は完全に読まれ、掻い潜られるが、何合保つものか。
掴まれそうになった鎖鞭を音速で引き戻すと、あたしは間髪入れずにあの女の顔面を強かに打った。
咄嗟にガードされたし、自動治癒の効果でたちまち傷は塞がるだろうが、休む間は与えない。
何のスキルも使わずに実現する、この圧倒的な手数こそが鞭の基本にして真髄だ。
さすがに老兵も黙っておらず、
閃光。
別動隊として
現実にテレポートなんてしようものなら、それは全く同じコピーと言う“他人”が生まれるだけであり、本来の自分は消えて死ぬだけだ。
けれど元より仮の姿であるVRアバターの座標が瞬間移動するくらいなら、何ら実害はない。
その名も【ロイヤルガード(★8)】
あたしを瞬時に庇うだけではなく、あたしの隣へ瞬時に移動出来ると言う点も大きい。
重装歩兵の
……ただし、★さえあればの話だけど。
★★☆☆☆☆☆☆☆☆
効果が効果なので流石にコスト消費も激しいが、数的不利なこの状況、一気に畳み掛けるには切り札を最初から切っていくしかない。
二対一のつもりでいた所へ、さぞかし計算が狂った事だろう。
十中八九、★を使い切ってクールタイム中であろう
この隙に、あたしは“下準備”を済ませる。
【ウルミ召喚(★2)】
金行魔法の初歩、武器具現化の魔法を用いて、あたしは“剣”を左手に
いや、これはただの直剣では無い。刀身がコイル状に巻かれた、しなる剣。
インドの古武術に伝わる、
ただでさえ、インドの達人が最終的な到達点としてマスターする武器だと言う。その上、なまじあたしが慣れ親しんだ鎖鞭や革鞭とは硬度が違っていて、扱いにくい事この上なかった。
……修行では自分の身体を何度も斬ってしまい、通算、人生十回分くらいの流血を見た。
回復魔法がある世界だから、最終的にはノーダメージなんだけど。
ともあれ、これでターンエンド。
あたしは、右手の鎖鞭を老兵へ、左手の鞭剣を
老兵の方は、大剣使いにしては太刀筋が精密で小刻みだが、やはりあたしの鞭を弾くには得物が重すぎた。
そろそろ、奴らの★が再チャージされた頃だろうか。
だが、
そんな事をすれば、たちまち首が飛ぶだけだと分かっているのだろう。
けれど。
★★★★★★★★★★
あたし達のクールタイムも終わった。
畳み掛ける!
【断頭昇龍斬(★6)】
知覚が、倍加する。
かつて別のゲームで【鞭の天才】であった頃のポテンシャルが、このゲームでの自己強化魔法によって再現されるようだ。
スローモーションとなった世界の中、あたしは鎖鞭で
そして、もう一方の鞭剣を技名の通り伸び上がらせ、あの女の首をたちまち斬り飛ばした。
女の中を循環していた鮮血が行き場を無くして弾け、放射。
即死した女の亡骸は自由落下の末、水場を叩いて沈黙した。
★★★★☆☆☆☆☆☆
「えっ、今それ使うか!?」
意外な方向から、驚愕の声がした。
仲間の
ーーしまった、彼が何かしようとしたのを、阻害したか!?
あたしは、焦りすぎていたのだろう。
本来なら
地雷でも踏んだかのような衝撃、視界のブレ、水飛沫と粉塵。
意識があると言うことは、直撃は免れたけど。
左足が、使い物にならなくなっていた。
言い訳したくないけど、やっぱりこのターン制戦闘システム、かなりキツい。
身近な他人の技コストをどうにか暗記するだけでも精一杯だ。
一方で、奴らのパーティには全く迷いがないように見える。
まるで、次に誰が何をするのか、お互いの頭の中が見えているかのように。
あたしを助けに駆け寄ろうとした
確か、★があと2個余ってれば、彼にはダッシュ技があった筈だった。
記憶では覚えていた筈のそれを、今さら思い出した。
もう遅い。
あの女が、
ーー那由多の彼方より我が問いに応えよ。
ーー万象の祖に告ぐ。我が願いは世界に在らず。
ーー天地に在らず。物質界に在らず。
ーー唯、“全”のみ也。
ーーインフィニティ・クライノート!
しめなわ見たいに濃密な雷光、鉄みたいに硬質な爆燃の塊、当たった物・者を手当たり次第に白濁した氷像にしてしまう雹の弾、七色に煌めく人体に有害な光線群、四方八方を撹拌するハリケーン、無数に生成された剣の雨あられ、エトセトラエトセトラ……土行属性を除くあらゆるものが降ってきて、地下空洞の地面を訳もわからず蹂躙する。
あたしも、痛みが脳に伝わるより先に消し飛んだから、何に殺されたのかはわからなかった。
ただ、思ったのは。
邪気眼真っ盛りな中学生がRPGツクールで作った、エフェクト全部乗せの究極技だとか、あー言うのを彷彿とさせるよね、コレ。
インフィニティ・クライノート。相手は死ぬ。
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