第33話 聖女の持つ手帳



 山積みの本。その合間に置かれた地図と星座盤、そして書き損じの羊皮紙たち。

 作戦会議室と化した温室の中、私は堂々と宣言した。


「吉報ですわ! 聖女の手帳の中身が分かりましてよ」


 タスマリア大陸の地図を睨み付けていた、はりねずみ姿の魔王が、はっと顔を上げる。


『聖女が持っていた、レオナルド・ラヴィーノの手帳か』

「ええ。日記か何かかと思っていましたが、あれは魔術の覚書ではないか、とのことでしたわ。聖女様がどうしてもというので、資料館から借り上げていったそうなのですが、資料館の管理人はおかんむりでしたわ」


 聖女はかなり無理やりその手帳を借りていった――というか奪っていったようで、危うく中身を書き写す暇さえ与えられずに持って行かれるところだった、と管理人は手紙でぼやいていた。

 それでもちゃんと中身を書き写したのは、さすが彼女の職業意識のなせるわざだ。


「ですが残念なお知らせもありますの。手帳は彼だけに分かる文字で書かれていたので、内容が判別できません。もしかしてディル様ならお分かりになるかしら」


 私はソフィアと魔王の前に、手帳の中身を書き写した書面を見せた。

 二人は本と首っ引きになりながら、食い入るように書面を見ていたが、ややあって首を振る。


『私にも分かりません、魔王様』

『私もだ。これは暗号化の魔術がかかっているな。内容を判読するためには鍵が必要だ』

「鍵をかけるくらいの内容ということですわね。聖女はどうやってその鍵を手に入れたのかしら」

『分かんないけど、この魔術陣の骨格スケッチで、何となく魔術の方向性が分かるんじゃないかな』


 ソフィアが示すのは、魔術陣の素案のようなものだ。手帳のそこかしこに殴り書きされている。

 線がガタガタなので、何が描いてあるか判別するのも難しいが、ソフィアは目を細めてどうにかパターンを読み取ろうとしているようだった。


『……何かを、滅ぼす? そういう意味の魔術陣みたい』

「ラヴィーノが滅ぼしたいものは魔族ですわよね。やっぱり攻撃用の魔術陣なのかしら」

『だが火や雷といった要素は見受けられない。妙な線だな』


 呟く魔王は、しばらくその紙を眺めていた。

 ソフィアは横で、図書館から引っ張り出してきたというラヴィーノの情報と、手帳の内容を突き合わせている。

 それは、彼が展開した魔術の魔術陣をスケッチしたものや、彼自身の姿をスケッチしたものだった。いわばレオナルド・ラヴィーノ図鑑だ。

 見るともなしにそれを眺めていると、あるマークが頻繁に出てくることに気づいた。


「あら? この片翼のマーク、どこかで見たことがあるような」

『これはラヴィーノの旗印だ。魔術陣にも多く使われているマークでもある』

「そうだわ、聖女が持っていた手帳の表紙に描かれていました。あと他にもどこかに描かれていたような……」


 腕を組んで首をひねっていると、天啓のようにひらめいた。


「思い出しましたわ!」


 私はコレクションルームに駆け込み、雑多なものをしまってある箱から、目的の物を探し出した。

 温室に戻って、ソフィアと魔王に見せる。


「これ、この翡翠の玉! サキからもらったのですが、ここにも片翼のマークが描いてありますわ」

『玉か。微量だがラヴィーノの魔力を感じるな』


 翡翠の玉に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ魔王。

 彼は翡翠の玉を小さな手で器用に持ち上げると、それを手帳の中身にかざした。


『……やはりな。手帳の中身が読めるぞ』

「えっ!?」

『ラヴィーノの魔力に反応して中身が解読できるようになっているようだ』


 魔王とソフィアは玉越しに手帳の中身を判読し始めた。

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