第7話 勇者、反撃する。
「おのれ、どこへ行った?」
男は戸惑っていた。先程まで狙っていた自分の獲物を見失ってしまったのである。一度は相手に矢を当てたとはいえ、かすり傷程度であることはわかっていたので、まだ死んではいないという確信はあった。
相手が物陰に隠れようとしたところを狙って以降、姿が見えない。草木や岩等が障害となって非常に見通しの悪い場所ではあったが、長年の経験のある彼が獲物をを見失ってしまったことは屈辱的であった。あんな素人臭い男を討ち漏らしたとあっては、あのお方に面目が立たない。なんとしてでも、探しだして始末しなければならない。そして始末するだけではなく、例のものも回収しなくてはならない。
とりあえずは見失った地点を調べなければいけない。いなくとも、手がかりはなにかあるはずだ。接近戦に備え、手にしていた弓をしまい短剣を取り出す。慎重にゆっくりと接近していった。接近していくに従って、草木に隠れていた相手の姿が少しずつ見えてきた。転倒している、その場に倒れてしまったことが功を奏し、運良く隠れてしまっていたというわけだ。だが気を失っているのかピクリとも動かない。
「悪運の強い奴め!」
男は悪態をつくと、さらに自分の獲物の所まで間合いを詰めていった。あと少しで止めをさせそうな距離まで辿り着いた。
「勇者とはいえ、呆気ないものだな。」
勝利を確信し、止めを刺すため短剣を構え直した。
「悪いが死んでもらう!」
短剣を相手に突きつけようとしたそのとき、その姿はその場から消え失せていた。
「……な、何!」
一瞬の出来事に、何が起きたのか理解が出来ないまま呆気にとられていた。
「戦技一0八計が一つ、空隙の陣!」
背後から突然、声が聞こえた。男は慌てて振り向く。先程まで目の前の地面に倒れていた相手が剣を構え、そこにいるではないか!
「バカな!いつの間に!」
そして、男は手元に違和感を感じ、そこに目線を移した。その瞬間、短剣の刃が根本の近くから折れていった。そのまま折れた刃先は地面へと突き刺さる。
「死んだふりとはふざけた真似をしおって!」
折れた短剣を放り投げつつ、悪態をつく。男にとってはかなり屈辱であった。狙う側のはずが逆に相手に騙され、狙われるとは!
「いや~、死んだふりじゃないんだなこれが。あんたの殺気が強すぎただけさ。ついついめが覚めちまったよ。すまんな。危うく死ぬところだったわ。」
目の前の男は飄々とした態度でニヤリと笑う。
「……かくなる上は!」
男は先程まで短剣を持っていた手を自らの懐へと入れた。
「これならばどうだ!」
手に取った何かをロアの顔へと投げつけた。とっさのことだったため、ロアはまともにそれを食らってしまう。
「ぐわっ!目、目がああ!」
目潰しの砂である。男は奥の手として懐にいつも用意してあった。
「目が見えなくてはさすがに貴様もなにもできまい!」
男は得意気に言いながら、しまいこんだ弓を手に取りつつ後方へと飛び退いた。矢をつがえ、狙いを定めつつ言い放った。
「このまま死ねい!」
矢を放とうとしたと瞬間、その声が聞こえてきた。
「戦技一0八計が一つ!落鳳波!」
そのとき何か体に衝撃を受けたような気がした。気にせずそのまま矢を放とうとしたが、何故か、視界が次第に上を向いていく。
「……何?いったい何が起こった!」
そのまま視界が上へと向くと同時に、下に落ちていくような感覚があった。そして驚くべきことに自分の体がそこにはあった。理解できなかった。何が起こったのか。しかし良く見ると自分の体にはあるはずのものがなかった。
「何!く、首がない!」
その瞬間自分の首が落とされたということに気付いた。彼はそのまま意識を失った。絶命したのである。
「だから言ったろ?殺気が強すぎるってな!」
ロアは自らの剣を鞘に納めつつ、そう言った。
――戦技一0八計、落鳳波。この技は離れた相手に斬撃を飛ばす技である。落鳳、つまり鳳をも落とすという意味合いであり、相手が離れていようが、空を飛んでいようが、問答無用で落とす技として恐れられている。
今回の場合は相手の首を落とすことになってしまったのだが。この技は空隙の陣との親和性も高く、遠くから狙撃したつもりが、逆にやり返されるといったことになるのである。ロアの祖国ではある程度はしられている技なので、流派梁山泊の人間を相手にする場合はこの技を警戒するのである。だが生憎、この国には流派梁山泊の知識はほぼないといっていいため、相手も知る由などなかったのである。
「破門になったとはいえ、今まで身に付けてきた技に助けられるなんてな。どこで何が役に立つかわからないもんだな。」
一人感心しながら、暗くなり始めた山中を戻り始めた。
「ずいぶんと遅かったな。一体何をしてたんだ?」
訝しげにファルは問う。
「いや、まあ途中で迷ってしまって。」
まさか刺客に襲われた等とは言えない。狙われている理由からしてクルセイダーズの二人にも伏せているので、余計に言えない。
「あんた、水がなんとかっていってなかったっけ?」
ジュリアが相変わらず痛いところを突いてくる。襲われたこともそうだが、その前に討伐対から逃げようとしたことなんて、言えるはずがない。刺客を撃ったあとも逃亡の意思はあったものの、夜の山中は危険であると思い直したことと、そして何より、空腹にはさすがに勝てはしなかった。荷物を野営地に置いたままにしたのが誤算だった。だが、最も荷物を持ったまま立ち去ったとしても、怪しまれるだけなのだが。
「結局、見つからなくてさ。迷ってしまったんだよ。」
実際、迷いそうになったのは事実で、野営地の焚き火の明かりがなければ、本当に迷っていただろう。結局、戻るという選択肢しかなかったのである。
「……とりあえず、飯だ、飯!」
自分の荷物から、討伐隊に支給された食料を取り出そうとする。……そこで、ロアは何か視線を向けられる気配を遠くから感じた。そのまま視線をその気配がする方向へと向ける。その視線の先には、あの竜食い、ヴァル・ムングがいた。側の焚き火に顔が照らし出され、表情まではさすがにわからないが、誰なのかはハッキリとわかる。こんな暗がりでも一々絵になる男である。さすがに英雄と言われるほどのことはある。
「………?」
何故だか理由はわからないが、自分の方を睨んでいるような気がする。そして、恐ろしい殺気をを向けられている気がした。さすがにひどく寒気がした。
「何だ?どうした?食べるんじゃなかったのか?」
ロアの様子を不振に感じたファルが問いかける
「……ん、いや、何でもない。ちょっと寒いなと思っただけ。」
「………?」
ファルは首をかしげたものの、それ以上は何も問わなかった。ロアはそのまま焚き火に近寄りつつ、食事を始めた。
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