第6話 仕切り直し
「はい、どうぞ。大丈夫ですか?」
顔をびしょ濡れにした私に、羽耳のメイドさんが鈴の音のような綺麗な声でタオルを渡してくれる。
「うん。……ありがとう」
お礼を言うと、彼女は水色の長い髪を揺らしてニコッと微笑む。可愛い。私と同年代くらいかな? 魔族の年齢は外見どおりとは限らないけど。
謁見の間での大暴れの後、私はメイド――たしかセレレって呼ばれてた――に洗面所に連れて行かれた。冷たい水で涙を洗い流したら、身も心もすっきりした。
……でも、まだ胸が痛むのは仕方がない。
彼女は身支度を整えた私を「こちらへ」と先導して廊下を歩いていく。
「えっと、セレレだったよね? ここはどこ? どうしては私をさらったの? 何が目的なの?」
水色髪のメイドは振り向きもせず、
「ここはイプソメガス山の魔王城です。目的は魔王様に直接お訊きください」
イプソメガス山は魔王の本拠地で、
何故、私だけを
「どうぞ」
セレレに案内されたのは、さっきの謁見の間ではなく、こぢんまりとした応接室だった。樫の一枚板のローテーブルを挟んで、高級そうな二人掛けソファが二脚。その片方には黒髪羊角の魔王が座っていた。
彼は私を見つけると、柔らかく赤い眼を細めた。
「落ち着いたか? 聖女よ」
「お陰様で」
外見年齢は二十代前半で、鼻筋の通った秀麗な顔立ち。魔王とはいえとんでもない美形に見つめられたら、勝手に心拍数が跳ね上がってしまう。
「座るがよい」
促す彼のローブは先程とは別物だ。私がいない間に着替えたらしい。うぅ、汚してゴメンナサイ。
真正面から顔を合わせるのは気まずくて、私は斜めの位置に腰を下ろす。
「失礼します」
席に着いたタイミングで執事姿の男性が部屋に入って来て、ソーサーとティーカップが置かれ、紅茶を注がれる。
「砂糖とミルクは?」
「あ、両方下さい」
反射的に答えながら私はふと気づいた。暗灰色の髪をオールバックにした、四十歳前後に見えるこの執事さんの重低音ボイスは……!
「あなた、私をさらった翼猫?」
「バルトルドと申します。以後お見知りおきを」
執事は目だけで薄く微笑む。
ふーむ、変身できる魔物もいるのか。
バルトルドは魔王の前にも紅茶の用意してから、ローテーブルに三段重ねのケーキスタンドを置いた。
「わぁっ!」
一段ずつにぎっしり並べられた
いけない! 魔族に懐柔されるもんかっ。
「遠慮せずに食すがよい」
悪魔(ってか魔王)が誘惑してくるが、私はぷいっと横を向く。
「魔族が作った物なんか食べません!」
紅茶には砂糖とミルク入れちゃったけどさ!
「これは人が作った物だ」
「人?」
何故、魔族が人の食べ物を?
「まさか、人里から食料を奪って来たの? それとも隷属させた人間に作らせているの?」
そんな非道なこと、許せない!
剣呑な空気を放つ私に首を竦め、魔王は尖った爪のついた長い指でひょいとケーキを一つつまむと、口の中に放り込んだ。
「安心いたせ、これは人間から自主的に献上された品。このとおり、毒もない」
こともなげにお菓子を飲み込む彼に、よだれが出そうになる。今は昼間、昨夜の壮行会以降何も食べてないんだよね。……お腹へった。
私は躊躇いながらも、クリームのたっぷり載ったマフィンを手に取った。意識を集中して見つめても、妙な魔力や呪力は感知できない。どうやら本当に普通のマフィンらしい。試しにちょっとだけ
「でも……人間が献上ってどういうこと?」
さっきから、意味のわからないことだらけだ。
マフィンを頬張りながら訝しげに眉を寄せる私に、魔王は「それがそなたを連れてきた理由だ」と意味深に目を細めた。
「現状を知ってもらうには、まずこれまでの
そう前置きして、魔王は語り出す。
――ユリスティ王国の、人と魔の……そして勇者と魔王の戦いの歴史を。
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