妖精と剣 Ⅲ

「あの十字の短い部分――つかを握るんだ。根っこに刺さっている切れ味の鋭い刃を、相手に向けて振ったり突いたりして戦うのさ。

 あ、そうそう、けんって言い方もするみたいで――」


「あのね、カール……」


 しゃべり終わってから、ボクはウェンディの呆れ顔に気づいた。そして、額に強めのデコピンを食らう。


「異種族の話は禁止されてるでしょ。ましてや、人間の話なんて――」

「た、たしかにそうだけど! でも、けっこうおもしろいんだよ? 里にはない道具とか、いろいろあってさぁ!」


 身振り手振りで、なんとかこの興奮する気持ちを伝えたかった。けれど、ウェンディはそんなボクににっこり笑って「もう一発食らいたいのかしら?」と丸めた指を見せるので、大人しく口をつぐむことになった。


「その知識、いったいどこで知ったのか……聞かなかったことにしてあげる」

「ウ、ウェンディ……」

「わかったわね、むやみやたらと話すもんじゃないわよ」

「…………」


 強めに言った彼女の忠告に、ボクは静かにうなずいた。


「――それにしても」


 ふいに、ウェンディは遺物のほうへ視線を向けた。彼女の体に淡いライム色の光が灯ったと思えば、ふわり、羽をはためかせて彼女はボクの元から飛び立った。


「つるぎ、ねぇ」

「!」


 なにを思ったか、羽をはためかせたウェンディはいきなり件の剣のそばまでぐっと近づいた。もう手を伸ばせば届いてしまいそうな距離である――しかも、ボクとちがって目をぱっちり開いて。


 ボクは驚きのあまり声が出なかった。そんなボクをよそに、肝っ玉な彼女はぐるりと剣のまわりを飛んでみせた。

 

 さっきもウェンディ自身が『陰気な場所』と言っていたが、ほとんどの妖精はこの呪いの遺物を恐れて、千年樹そのものにさえ近寄ろうとしない。


(正直なところボクだって、この距離で精いっぱいなのに)


 だのに、ウェンディときたら……剣をうとんでいるわりに、そばに近づいても涼しい顔をしている。妖精たちのなかじゃ一番と言われる負けん気の強さは、同時に好奇心の塊でもあるのだろう。


 自分が言うのも難だが、ウェンディだって十分に変わり者の妖精なのである。


(……もちろん、そんなこと本人にはけっして言えないけど)


 剣を一周したウェンディは、くるりと身をひるがえす。ボクのほうを見下ろして「一応、覚えておいてあげる」と言った。

 それからまた、剣へ体を向けてジロジロと瞳を動かして観察を続けた。


「しっかし、人間ってのは厄介やっかいな物をつくるわねぇ。このヘンテコのおかげで、アタシたちの大事な千年樹が弱っているっていうのに」

「あっ、ウェンディ……」

「ん?」


 声をかけるのが、ちょっと遅れてしまった。

 上空からまた、はらりと青灰色の葉っぱが落ちてきたのだ。それがあろうことにウェンディの頭上をヒラヒラしていたもので……伝える前に、オリーブ色の頭に直撃してしまった。


「キャッ!」


 悲鳴とともに、バフンッと葉っぱが砕けてチリの煙が立った。

「ウェンディ、大丈夫?」


 剣の近くに寄る勇気が出なかったボクは、その場から声を上げてウェンディを心配した。モクモクと青灰色の煙が立つなか、彼女の咳き込む声が聞こえてくる。


「もう! お気に入りの服が台無しじゃない!」


 チリの煙のなかから、よろよろとウェンディがボクの元に戻ってきた。ボクはかぶっていた三角帽を脱ぐと、ワンピースについたチリをはたくのを手伝った。


 この青灰色の葉っぱは、千年樹からマーナの力が枯渇しつつあることを示している。

 マーナとは植物のもつ生命エネルギーである。この大樹は妖精族を守るほかに、日の光からマーナを大量に生成して、大地をとおしてほかの植物にエネルギーを分け与える役目も担っていた。妖精の里のまわりには深い森が広がっている、その豊かな大自然こそ千年樹の恩恵の証なのだ。


(でも、この剣のせいで……)


 ボクはチリをはたきながら、顔を上げて剣を見つめた。

 大樹をむしばむ悪しき元凶――それこそが、この赤錆色の剣なのだ。

 遠い昔に突き刺された遺物の呪いによって、永らく千年樹は蝕まれ続けてきた。いよいよ、艶やかな緑色の葉は不気味な青灰色に染まりはじめた。周辺の森にも影響を与えはじめている、という情報も耳に入っている。


「カール!」


 まだ頭にチリを残したままのウェンディがボクの名を呼ぶ。イラ立ちもまじってか、語気がいつもより鋭かった。


「もう二度と、あの剣ってのに近づいちゃダメだからね! ちょっとでも、ふれたら最後……どうなるかわかっている?」

「わ、わかっているよ……」


 声をどもらせて、ボクはコクコクと頭を縦に振った。だのに、ウェンディはボクの耳元に大声で叫んだ。


「ちょっとでも、さわったら……妖精は体中のマーナを吸い取られて、この葉っぱみたいにチリになっちゃうんだから!」


 だから、約束して。

 と、彼女はまっすぐボクを見すえた。

 その深緑色の瞳の、いつになく真剣な色合いを前に、ボクは黙り込むしかなかった。

 

 チリを払い終え、ウェンディが先にふわり宙に浮いた。


「さ、そろそろ前座のあいさつも終わって、女王様のお言葉がはじまる頃合ね」


 ボクも彼女にならって、自分の羽をはためかせた。

 瞬間、ウェンディが勢いよく彼方に向かって飛んでいくものだから、ボクは慌ててそのあとを追いかけるはめになった。


「ほら急いで、カール!」

「あ、あのっ、ウェンディ!」


 なんとか横並びに追いついてから、ボクは改めて彼女にたずねる。念のため辺りを見まわして、ほかの妖精たちがいないことを確認してから――小声で聞いた。


「ウェンディはさ――人間のことどう思ってる?」

「人間のことを?」


 ボクの質問に、彼女は澄ました表情で即答する。「異種族で、短命で……でも外にいっぱいいて、ムダに体が大きいだけのイヤーなやつらで、妖精族のかたきで――」


 つらつらと言葉が並んでいく。その口をボクは思いきってさえぎり、ある質問をかぶせてみた。


「じゃあ人間って、見たことある?」

「…………」


 これにはウェンディも一瞬、黙った。

 小首を傾げながら「うーん、そうねぇ……里の外で足跡くらいなら見たことあるかも」とだけ、彼女は答える。


「ま、こーんな森の奥深くまでわざわざ足を運ぶおバカさんなんて、さすがにいないんじゃない? この辺は魔モノだってうろついてて危険なんだから」

「そ、そうだよね……」


「あっ。でもね、カール」


 ボクが口をモゴモゴ動かしていると、ウェンディがあることを教えてくれた。


「なんでも最近は呪いの影響のせいで、人間たちの使う木の材料が採れにくくなっているらしいわよ。もしかしたら、木を切りに森の奥へ進んでくる人間が出るかもしれないわ」


 呪われた遺物により千年樹が弱っているせいで、森の木々にも必要なマーナのエネルギーが行き渡らないとは耳にしていた。だが、まさか人間たちの生活にも影響が出ていたとは。


「カールも用心しなさいね」


 でも、どのみち女王様の結界があるから、人間なんかに妖精の里は見つかりっこないんだけれど。

 と、最後にウェンディはクスクスと笑った。


「そっか。わかったよ、気をつける」


 とだけ、ボクは答えた。

 それからボクら二人は、妖精たちの集会へと大急ぎで飛んでいった。

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