吸血鬼になった場合
猿山王
本編
今日も一日が終わったと、最寄りの駅からのんびりと自宅に向かっていた時に起きた話で、俄に信じがたい話だ。
道すがら、外に木が飛び出した家があり、そこを通り過ぎた時にその木がガサっと揺れた。
不思議に思い、近づいて覗き込んでみると、内から蝙蝠が飛び出してきた。飛び出した勢いそのままに俺の首に噛み付いた。
蝙蝠は狂犬病とかヤバい病気を持っていると聞いたことがあり、そこそこに焦ったわけだが、どうやら調子が悪いわけでもなさそうだと、気にせず家に帰った。
遅めの夕食を食べて、布団に転がったところで、気づけば朝になっていた。なぜだか眠ったのに眠っていないかのように眠い。むしろ今から寝るぐらいのテンションだ。
よろつきながら洗面台に向かい腕を捲ると、ぼやけた視界の中で左腕に黒い何かがあるのを見た。
はじめは虫かと思ったが、目を擦って見ると腕に刻まれた紋様であることがわかった。
タトゥーなど、自慢する相手もいないと思って彫ってこなかったのだが。
いや、心当たりはある。どう考えても昨日の蝙蝠だ。
慌ててパソコンを開き、インターネットで現状について調べてみた。
質問投稿サイトに書いてあったことを集約するとこうだ。
・俺はどうやら吸血鬼になったらしい
・吸血鬼は聖水をかけられると火傷し、十字架を見ると全身が痺れ、ニンニクの臭いを嫌い、太陽光を浴びると弱体化する
・基礎体力が向上し、飛びたいと思うと羽が生えるし頑張れば蝙蝠になれるらしい
・戻るためには元の吸血鬼を滅ぼすしかないらしい(←ココ重要)
と、いったところか。
ふと、気になってカーテンをどかし、窓を開いてみた。
網戸の隙間から注ぐ太陽が全身に突き刺さるような感覚に襲われる。意識が朦朧とし、立っていられなくなる。そして、その場で寝転んだ。
なるほど、俺は吸血鬼になってしまったらしい。そう気づくと共に、意識が限界を迎えた。
目が覚めると、窓からの眩い光は消えていた。
いや、これはまずい。どう考えてもこれじゃ人間らしい生活なんて出来やしない。夜勤という選択肢もあるが、自分がせっせこ働いてる間に多くの人々が寝ている状況はあまりにも苦しくて仕方がない。まあ、日本から緯度が180度離れた場所なら時差12時間でみんな大忙しだろうな。多分ブラジルとかかな。
つまり、昨晩俺に噛みついてきた蝙蝠、もとい吸血鬼に話を聞いて、どうしようもなければそいつを滅ぼすという手段を取って元に戻ろう。
っと、その前に…。
シャワーのお湯は聖水ではないらしい。これは助かったな。
昨日家に帰って飯食ってすぐに寝て、またさっきまで寝てたもんだから風呂に入っていなかったんだ。
…ボディソープでは腕の紋様は消せないらしいな。あと、昨日噛まれた傷痕は残っていないらしい。それが吸血鬼の効能なのかはわからないが。
昨日の場所に来た。
「昨日ぶりだな。話がしたい」
客観的に見てみれば、何もない木に話しかけているヤバいやつだが(本当にヤバいやつはこんなもんじゃないけども)。
と、木がガサリと揺れて蝙蝠が出てきて真下のベンチにとまった。
驚きによる瞬きの間に蝙蝠の姿は、いかにも吸血鬼らしい(?)少女の姿になった。
「随分と落ち着いてるみたいね」
こっ、これは!
「殺せねぇなー…」
殺すには可愛すぎる。何か創作物みたいな話だな。こういう時、俺はやれやれ系主人公という奴になるのだろうか。またはな●う系主人公?いや、サイトに気を遣ってカ●ヨム系主人公と言っておこう。
目の前の少女はいわゆる萌えヴァンプ。某カードゲーム(Eスポーツ)の人気キャラ(初出はカードゲームではなく同社のスマホゲーム)とか、某物語の刃の下に心ありみたいな萌えヴァンプ。
「は?」
「こっちの話だから気にしないでくれ。で、俺はなんで唐突に噛みつかれたんだ?」
(本当は僕の首に熱いキスをしてくれたんだい?みたいなセクハラをしたかったが、何かと〇〇ハラと叫ばれる時代で、〇〇ハラ界の原点にして頂点のセクハラを行っては取り返しがつかないことになりそうだったからやめておいた)と、恥ずかしい長文自分語りとかもしてみる。
「別になんとなくよ。なんとなく、同じ苦しみを背負う同類を作って自分の気持ちを楽にしたかったのよ」
この女の子が純正の吸血鬼か、または俺と同じかは知らないが、人と違うというのは辛いことだってのはよくわかる。俺も昔から人に理解されない人生だったからわかる。
「そうか」
「そんなことのために人間性を奪われたのかと絶望した?それとも憤慨した?」
「えーっと…、そう!鳩が道路にウンコしてって困るんだよなー」
「は?」
「そりゃ憤慨じゃなくて糞害だねっていう俺なりのユーモアだったんだけどさ。まあつまり平気でこんな事を言う俺は元々はみ出し者だったってことさ。最初から人間性なんて」
人間性がない、と言おうとしたがそれは少し違うとも思った。人間性なんてものに定義なんてないんだけども。
「…ふふっ、面白いじゃない」
「それはお世辞か、または俺のジョークがはみ出しものに受ける特性を持っているのかはわからんがそいつはよかった」
十中八九前者なんだろうが。
「で、あなたは人間に戻りたくて来たんじゃないの?」
「そうだな。でも、俺にはあんたを滅ぼせん」
そんなことすりゃあ、客観的に見ればDVか強姦だ。
「そうでしょうね」
「容姿に自信満々だ」
「いえ、単純な力比べよ?」
「へぇ?」
吸血鬼ってのはそれほどに強いのか?それともなんかすごい武器とか、能力とかがあるのかもしれない。
いや、だとしてもだ。
「今の俺は吸血鬼みたいなもんなんだろ?男女差別的な話はしたくないが、大人の男と子供の女だったらどちらに軍配が上がるかなんて火を見るよりも明らかだろ?」
「じゃあやってみる?」
この子は俺と殴り合いたいのだろうか。
「さっきから言ってる通り、俺には殴れん」
「蝙蝠になったら殴れるかしら?」
「動物虐待もしたくない」
昔劣悪な環境下でのペットショップの映像を見てから動物に優しくなったというバックストーリーがある。
「でもあなたも知ってのとおり、私を滅ぼさない限りは人間に戻れないわよ」
「…もう人間、戻んなくていいや」
「え?」
「美少女吸血鬼に噛まれて吸血鬼になったってのは本当に夢みたいな話だ。だから俺はこの状況を投げ捨てて凡人に戻るのは愚かとかのレベルの話じゃないし、それに俺のためにお前を殺すなんて出来るわけがないしな」
文面にしてみると奇怪で痛々しいが、まあ俺の本音だ。
「…やっぱりあなたって面白いわね」
「そりゃどうも」
「じゃあ、また会いましょ」
彼女は俺に笑いかけ、瞬きの間に蝙蝠へと姿を変え、空の果てへと消えていった。
今の現状を噛み締めながら家に帰り、消毒液を手に…
「…って、熱っつ!!!」
(この話のオチは、聖水ってのは精製水だったっていう話で、消毒液に含まれる精製水で火傷したっていうね)
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