第六節 魔窟
第六節 魔窟
「エレオノール……キミは神様を信じていると言ったね……。僕は神様をあまり信じていなかったけれども、撤回をしなくちゃいけないかもしれない。それにしても、これはキミが想像していた神様の気配なのかい?」
怯えていた。
北台東はおびえながら、壁伝いにオムニサイドランスの内部を見回し続けていた。
長細い尖塔のような黒い主柱の内部は、長い螺旋階段となっていた。
すでにシェルパ・キイスが入り口をあけたのか、ぽっかりと闇を湛えた出入口が開いていた。そこからエレオノールと北台東は内部へと入り込み、誘われるがまま、長い螺旋階段を進み続けていた。
足元には苔色の薄明りが灯り、外気とは異なる温風が深部より穏やかに噴き上がっているように思われた。
北台東と同様にエレオノールも壁に手を添えて、慎重に足を進めている。
階段が腐って抜け落ちる――という心配は全くなさそうだった。
足元に広がる階段は、エレオノールが知る木板とも石畳とも異なる、もっと軽くて強度のある『なにか』であるようだった。
エレオノールは北台東に応える。
「聖バルトは存在する。だけれども……この構造物は聖バルトのものじゃない」
「同感だ……。こんな建物は、僕たちの世界のものじゃない。リドニス様式の建物とも違うだろう?」
「こんな建物を建築できる異国があるとすれば……リドニスに限らず、アスコット帝国でも太刀打ちできないと思う」
自分の足音がほとんどしない。壁や床に音が吸収されてしまっているのだろうか。
苔色の薄明りを伴う螺旋階段は、まだ続く。
後ろに続く北台東に振り返り、そのさらに奥……ウルリーカが追ってきていないかを確かめたが、上も下も苔色の薄明りと闇が入り混じる奇妙な空間であった。
匂いも、変だ。
石でも、木でも、土でもない。
硬いが乾いた音のする壁である。
「ここが聖バルトの御座所か否かは別として、前に進もう。シェルパ・キイスを探して、ロリと合流するのが先決よ」
「ごもっとも!」
ふたりは駆け足に階段を下った。
しばらく階段を降りたところで小さな広間に出た。
行き止まりかと立ち止まったふたりであったが、エレオノールの眼前の壁がピシューと白煙と音を立てて開いた。
その突然の出来事に、ふたりは「うおっ!」「あああっ!」と驚きの声をあげてしまった。
開いた壁の向こう側はさらに異質なものだった。
通路のような一直線の道であったが、床には白い文字が書かれていた。
「行先案内だと言うのか? 台東、読める?」
「わからない。たぶんリドニス語に近いんだろうけれども……」
使われている文字の形はリドニス語に近いが、それを読み取る事は出来なかった。
ふたりは大きな矢印が示す通り直進する。
壁に突き当たったと思えば、再び壁がピシューと開く。まるで人間が近づいている事を建物が認識しているように、二人は奥へ奥へと誘われた。
そうして完全なる広間に出た。
そこは驚くほど広い空間だった。
「な、なんてことだ……」
「う、うそでしょ」
北台東は腰を抜かして床にへたり込み、エレオノールも壁に身を預けなくては立っていられない衝撃があった。
広い空間である。
それはわかる。
だが、天井に浮かんでいる緑色の線画はなんであろう。それは絵ではない。光が意思を持ったように明滅し、文字や地形図のようなものを立体的に描いては消していく。冬の星空が時間の経過とともに変化をしていくように、謎の広間の天井は疑似的な天空を描写していた。
カタカタカタと奇妙な歯ぎしりのような音が響き、ぐうんぐうんぐうんと獣が唸るような音も足元から聞こえてくる。
「魔窟……か」
思わずエレオノールが腰の剣に手を伸ばしたとき、衝撃と痛みが走った。
「あぐうっ!」
カランカランと剣がもと来た通路に滑り飛んだ。
攻撃者に目を向けたとき、そこには見覚えのあるもじゃもじゃが立っていた。
「シェルパ・キイス……!?」
広間の中央部にある台座に乗ったシェルパ・キイスは抱えていたロリを大きなテーブルの上に降ろした。
エレオノールは「キイス!」と叫んで駆けだした。
北台東が「おい、待ってくれよ!」と抗議していた。
「ここにわたし達を誘い込んで、なにをするつもりだ! ここは儀式の場なのか。祭壇なのか。ロリを治せるのか!」
かしゃんかしゃんと音のする網の床を踏みながらエレオノールは詰問する。
シェルパ・キイスは一段高い円台のような場所に立っている。そこには大きな寝台のような机があった。ロリが寝かされているのは、その巨大な机のうえである。
「答えろ、シェルパ・キイス! ここはアガナにとってどんな場所なのだ! おまえ達の目的は!」
この問いかけにシェルパ・キイスは答えなかった。
代わりに発せられたのは「待つでやんす!」といウルリーカの声だった。
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