第四節 敵対するシェルパ

第四節 敵対するシェルパ



 数日前に出発した遠征開拓団の車列が正門前に乱雑に停まっている。

 出発したときはたくさんの物資を積んでいたのだが、いまは負傷者の呻きが詰まっていた。

 ナスマ族の兵士やユジノイワテ、エレオノールにロリは幌馬車から負傷者を治療所へと搬送する。

 既存の病院では収容しきれず、治療所と称した野戦病院を設置した。

 先端医学がアガナにあるわけではないが、打ち棄てておくわけにもいかない。数少ない医者たちが手分けして負傷者の手当てにあたっていた。


「よく頑張った。もう助かるぞ」


 担架に乗せた負傷者に声を掛けながら、エレオノールは治療所へと走る。

 彼らの傷は見たことが無い。

 銃創にしては深く、広い。

 刃物にしては鋭利すぎる。

 これが、アガナに住むシェルパの武器……?

 ウルリーカが紹介してくれたシェルパ・セシルの異様な姿が思い出された。

 彼は味方であるが、敵対するシェルパがアガナにはたくさんいるというのか。そんな得体のしれない怪物を相手にするのが、本土から連れられてきた開拓団の任務だというのか……!?

 担架を治療所に運び込み、負傷者を木製の寝台に転がす。布団も毛布もない、野ざらしの寒々しい寝台である。

 耐えろよ、生きろよ、と心の中で祈ってエレオノールは正門へ取って返す。

 まだまだ負傷者はいるのだ。

 ふと見れば、腕に重傷を負った大男を見つけた。

 彼は先日の配給所でエレオノールに絡んできた男だった。

 自らも怪我を負っているのに、動かなくなった仲間の身体に「しっかりしろ、おい!」と声を掛け続けながら担架を治療所へと運び込んでいく。

 その痛々しい現実を前にして、エレオノールは「また、戦場に来てしまった」と当たり前の現実を理解しなくてはいけなかった。

 それと同時に、なぜこのような試練を聖バルトはお与えになるのだろうか、と思った。


「エレオノールッ! こっちでやんす!」


 ふと見れば、ウルリーカが遠くで叫んでいた。

 ロリがぱたぱたと走ってきて。


「将軍が呼んでる。こっち来て!」


 一方的に手を掴まれて、エレオノールはロリに連れられてウルリーカ達の輪へ混ざった。

 寝台に横たわった男は高級騎士らしく、召し物が傭兵たちとは違う。

 彼は「うぐぐうぅ……」と呻きながら、ウルリーカを認めて。


「申し訳ありません、閣下……」

「しゃべるなでやんす。傷を癒すことを考えるでやんす」

「申し訳ありません……。南へ、南へくだり過ぎたのです。聖域に入ったせいで、開拓団を……」

「わかったでやんす。警戒地域を再策定するでやんすから、おまえの力が必要でやんす。決してくたばっちゃいけないでやんすよ?」


 わかりました、と負傷した高級騎士は言い、奥の治療室へと運ばれていった。

 優先的に治療を受けるのだろう。

 運ばれていく担架を見送りながら、ウルリーカが指示を出す。


「すぐに警戒部隊を編成するでやんす」


 そう言ってから、ウルリーカは「戦力を集めるでやんす。動けるものは、警戒任務に就かせるでやんす」と続けた。

 エレオノールは迷った。

 警戒任務に就くことの重要性も理解できる。

 しかし、この悲惨な負傷者たちを放って置いて警戒のために戦力を引き連れて外へ出るというのはいかがなものか。

 エレオノールは両手を組んだ。


「偉大なる聖バルト様……。どうか、この窮地を、傷ついた者たちをお守りください」


 そう祈りの言葉を口にしたとき「――やめてよ、意味ないんだから」という鋭い言葉がエレオノールの胸を刺した。


「聖バルトなんていない。そんな祈りの文句で時間を無駄にするなら、ひとりでも多く運んだほうが良い」


 ロリはそう言って応急処置の作業に戻ろうとした。


「待ちなさい、ロリ! 聖バルトを否定するのは許さない!」

「勝手にしてよ! いもしない神様に祈って、なにになるっていうの?」

「祈りの尊さを、あなたは知らない!」

「知ってるわ! 知ってるもの! いくら祈ったところで、この場で苦しんでいるケガ人にまったく意味を成さない事をね!」

「あなた、なんてこと……!!!」

「それが現実じゃない!」


 不意に食い下がってきたロリにエレオノールもカッとなってしまった。

 どうしてこの子は聖バルトを否定し続けるのだろうか。

 アスコット人であるのに、なぜ神様を拒絶するのだろうか。

 そればかりが、不可解だった。

 ロリは言った。


「聖バルトを盲信するのも結構だけど、現実に苦しんでいる人がいたら、その信仰はなんの役にも立たない」

「そんなことない!」

「なら、ここに聖バルトを降臨させてみてよ。彼の奇跡のチカラで、この場にいるケガ人を救ってみせてよ! できっこないでしょ!?」

「ええいっ! やめるでやんす!!!」


 ウルリーカが苛立たし気にロリとエレオノールの間に割って入った。

 彼女は鋭く二人を睨んでから。


「いま、この場でそういう不毛な議論はやめるでやんす!」


 そう言ってからウルリーカはエレオノールに近づいて。


「オトナになるでやんす、エレオノール! 現実はひどく冷たく流れているでやんす」

「ウルリーカ、それは聖バルトを拒絶――」

「言ったでやんす、やめるでやんす、と。聖バルトの存在をここで口論していても、答えもなにも出てこないでやんす」


 彼女はそう言ってパンパンと手を叩いて「散るでやんす! 行動するでやんす!」と促した。

 エレオノールはロリをちらと見て、気まずさから顔を背けてしまった。

 あの子の信仰心のなさは、少し問題であるような気がした。


「エレオノール、いいでやんすか?」

「まだ、なにかあるの?」

「一緒に来るでやんす。そんな顔で、警戒任務なんて出来ないでやんす。ロリッ、キミは救護を続けてほしいでやんす。いいでやんすね?」


 間を取り持つようにウルリーカは言い、エレオノールの手を握った。


「こっちへ来るでやんす」

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