3.ほしいのほしいのほしいのヨー!
アパートに運び込まれた名取は介抱の末、意識を取り戻した。
「この度は助けて頂きありがとうございます。なんとお礼を申し上げてよいか……」
姿勢良く正座し、深々と頭を下げる。一坂から借りた〝この世はギャンブル〟のクソださ文字Tシャツを着ているというのに、彼の清純派イケメンオーラがマイナスを圧倒的プラス域まで引き上げていた。
(贔屓だ!)
一坂が心中でこの世の理不尽にブーイングしていると、
「お気になさらないでください。困ったときはお互い様です」
詩織は完璧来客モード。いつもの鉄仮面が嘘のように口調も表情を柔らかかった。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます、立花さん」
「いえ。あ、茶柱が立ってますね? チキュー星ではとても縁起がいいんですよ」
「そうなのですか?」
「はい。ふふ」
だれだこいつ?(一坂)
「なんだか素敵ですね。……ああ、立花さん。どうか普段通りに話してください」
「しかし……」
「お気遣いは無用ですよ。あと私のことは呼び捨てで構いません」
しゃっきりした言い切り方。
一坂から事前に聞いていた詩織は、なるほどな、と思った。彼女としても、別に礼儀を押し付けるつもりもないのでその通りにするが、確かにこの男はめんどくさい性格のようだ。
「……じゃあ、名取(超どうでもよさそう)」
「はい」
名取は満足そうに微笑んだ。周囲にイケメン粒子がキラキラ舞った。詩織はそれをうっとーしそうに手で払い、預かった軍服に手際よく針仕事を始めた。
「にしてもまさか、名取さんがあんなとこでぶっ倒れてるとは驚いたぜ」
一坂は蜜柑の皮を剝きながら口を開いた。膝の上で陣取るミカンが、それをウキウキと見守る。
「お恥ずかしい限りです。保護したエイリアンを宇宙船に転送し、本国に連絡したまではよかったのですが、その後どうにもスマホ……ああ、通信機の事です」
名取は手のひらサイズの薄型機械を出した。
「これの調子が芳しくなく、現在宇宙船との通信ができない状態なのです」
なんでもチキュー星に降りた辺りからずっと不調だったらしく、そのせいでエイリアン探索にも時間が掛かったのだとか。
このスマホ(正式名称スペース・マホ)とかいう薄っぺらい機械。通信機ということは電話のようなものなのだろうが、全体的にツルツルしていてボタンらしい箇所もぱっと見二つしかない。これでどうやって操作するのだろうか。
(ほ、欲じい……ッ!)
一坂はミカンに手ごと食われながら、スマホをガン見した。今まさに宇宙の超技術の一端が目の前にあるのだ。これがこのチキュー星でどれだけの価値があるのか脳内で算盤を弾き、桁が増えるたびに正気が遠のいていく。
完全に目が『金』だった。ミカンの唾液でベッタベタの手が、ふらふらと甘い蜜に誘われる虫のように伸びる。
「やめないか」
「あぎゃ―――――――――――――――――――――――――っ!!」
詩織に針で手を刺された。
「名取、それをしまってくれ」
「?」
しまった。
「状況は把握した。宇宙船と連絡が取れるまでゆっくりしていくといい」
詩織は糸切狭で余った糸をチョンと切り、
「よし、できたぞ」
針仕事を終えた軍服を広げた。縫い目も目立たなく、応急処置としては十分な出来栄えだろう。ただ左肩の部分だけはそうはいかなかったらしい。
「さあびすちゃんだーッ!」
ミカンが反応を示した。
哀愁漂うウサギのアップリケを羨ましそうに見つめる。
「そこだけ破れがひどくてな。すまないがそれで我慢してくれ」
「滅相もありません。ありがとうございます立花さん。……大切にします」
名取は綺麗に畳まれたそれを大事そうに受け取った。
「しほりちゃんしほりちゃん、ミカちゃんにもー」
ミカンにせがまれ、詩織がまたきゅんきゅんしている。
「そ、そうだな。これから昼ごはんを作るから、手伝ってくれたら付けてやるぞ」
「やたー。するするー」
バンザイした。
すると詩織はどこからともなく蜜柑柄のエプロンを取り出した。
ミカンに着せて長い金髪をゴムでまとめた。見事な手際だった。
「もしかして用意してたのか?」
詩織は無視。
自らもエプロン姿になり、ミカンと一緒に台所へ引っ込んでいった。
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おきな
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