8.本当はスタントマンじゃない
「よう、いっつぁん。今日はさぼりか?」
「そんなとこだ」
一坂は適当に流しつつ、店員から餃子とラーメンの丼を受け取り、お金を渡した。
「なんだよその手は?」
店員はお釣りを寄こすどころか、差し出した手を引っ込めようともしない。
「そろそろ溜まってるツケ払ってくれよ」
「ああー……(明後日の方を見る)。ま、また今度なー」
「そうはいかないよ! 店長からも回収して来いってきつく言われてるんだ!」
「じゃ、じゃあとりあえず立て替えといてくれよ! 遠くない未来に大金が転がってくる予定なんだ!」
それはミカンを宇宙連合に引き渡した際の〝お礼〟を当てにしてのことだった。
「信用できないね」
「お前には真面目に頑張ってる学生を応援しようって気概はないのか!?」
勝手な言い分である。
あと、それには虚偽が含まれていた。
「だめだめ。今ここで払わなければ詩織ちゃんに言うからな」
「そっ―――それだけは……ッ」
こんなことが詩織の耳に入ったらどんな目にあわされるか。
想像しただけで一坂は失禁しそうだった。
「頼むよ~。ほら、またうちの学校の女子集めて合コン開いてやるからさ~」
自身がモテるわけではないが、そういった会合を仕切せた一坂は商売的な意味で一定の信用を周囲から集めていた。無論、詩織には内緒だが。
「店長にも今度のレースの狙い目タダで教えるって言っといてくれ。俺の予想が良く当たることは知ってるだろ?」
「確かに……いや、だめだだめだ!」
いつもならこれで誤魔化せるのに!
(今日に限って何でこんなに頑固なんだよ! いや、金払ってない俺が悪いんだけど、よりによってこんな時に! 一味違うのはラーメンの味だけでいいんだよ!)
心の中で嘆く一坂。
しかし金はない。こうなったら……
「さあ、耳をそろえてきっちり払っ―――」
「あっ! あれはなんだっ!(空を指さす)」
「え? なになに?(指さした方を見る)」
一坂は逃げた。
伝統のフリに釣られた店員の隙を突き、部屋の奥へ走る。
「パパ?」
「逃げるぞ!」
一坂はびっくりするミカンを肩に担ぐと、丼を片手に窓を開け、
「どりゃあああああっ!」
ジャンプした。
持ち前の運動神経で塀の上へなんとか着地する。映画スタントのバイトで、時計塔から落下したやつに比べれば屁みたいなものだった。
「パパしゅごーい!」
ミカンは大興奮だった。
「もーいっかーい」
ノーギャラでは勘弁だ。
「待ていっつぁん!」
自転車に飛び乗った店員が追走してくる。
「ぢぐじょおおおおおおつかまってたまるがああああああああっ!」
「きゃはははははー」
一坂は昼寝をしている野良猫を蹴散らしながら塀の上を猛スピードで爆走。
ドップラー効果を起こしたミカンの笑い声が辺りに響き渡った。
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おきな
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