第10話

 吐くものもなくなって、黄色い液体が床に広がる。お気に入りのカーペットも台無しだ。クソが。死んで当然だよ、あんなやつ! いつもいつも「彼ピとデートした」とか「ランキング入った」とか投稿してるくせに、誰にもかまってもらえなくなったら「死にたい」って言い続けてさ。いなくなって良かったんだ。最後に気持ち悪いもん見せてきたのが腹立つ。あと、私の投稿に何返信しようとしてたんだ。

「ねえ、景壱。さっきの女のスマホの画面って見れない……?」

「目がそこに無いことには無理やね。今は彼女の体の下にスマホがあるから彼女を退けない限りは見ることができない」

「あんたなら現地に行って見れるでしょ?」

「あっはっはっは! 神使いが荒いな。できるとしても、俺は彼女に興味が無い。彼女の人生の物語は既に終幕した。記憶が誰かの脳に残されている限り、彼女は決してこの世から消えることがない。死んだとしても、しばらくは彼女という存在を皆が忘れることはない。まず、彼女の死体を誰かが発見して、どうして死んだかという捜査が始まる。その時に疑われるのは――」

 景壱は再び画面をこちらに見せようとする。見たくない。見たくないが、見ないと何かわからない。

 画面が切り替えられたことを視界の端で確認してから、改めて焦点を合わせる。

 いつものSNSのタイムラインが表示されていた。

「これ、誰のアカウント?」

「知りたい?」

「知りたいに決まってるでしょ。代価は時間なんでしょ? 早く教えてよ」

「……あなたってせっかちやね。ま……、良いか。教えてあげる。これは、今さっき死んだばかりのあの子のアカウントのタイムラインを再現したもの。本人のアカウントではないし、作り物ではあるけれど、ここから読み取れる情報はある。まず、投稿への返信機能を利用して、この子を心配している投稿をしている人が多いこと。この子の作品の感想を伝える人が多いこと。この子がいかに愛されているかがわかる。そして、タイムラインをざざっと遡ってみたところ、どうやら家族内で不幸があったらしい。だから、彼女は気を病んでしまっていた。このままひとりで生きていくのはつらい。だけど、頑張って生きていこう。そういう投稿も何度かしている。それに対して応援コメントも多い。『死にたい』と投稿したのは初めてではないかもしれない。だけれど、投稿してはすぐに『ごめんなさい。すぐ良くなりますから。』と投稿して消していることもあったようだ。だけれど、今回はどうかと言うと、決め手になったのは、あなたの一言。あなたが彼女の勇気を引き出してしまった。今まで出なかった勇気を出るように応援してしまった。他人の勇気を引き出すのはとても素晴らしい行為やから、称賛に価する。お陰で俺は面白いものを見せてもらったし、新たな人生の物語を語れるようになった。ありがとぉ」

 話が長くて何言ってんだか理解できない。頭も痛いしめまいもするまんまだ。

 どれもこれも、あの女のせいだ。あの女が本当に死んだから。死ななくて良かったのに。あんな言葉一つで簡単に死ぬから。

「何か後悔の念を感じるけれど、あなたは悪いことをしたと思ってるん? あなたは、俺に面白いものを見せてくれたから胸を張って生きて良いと思う。ま……、人間はそうは思わないか。それはさておき、あなたのスマホ、すごく震えてるけど、大丈夫?」

 遠目でもわかるくらいに通知が来ている。

 なんだ、ついに私の作品がバズッたのか? やっぱり才能があるんだな私は。

 ゆっくり称賛の感想を見たいから、まずは吐瀉物の掃除をしよう。自分が吐いたものだとしても臭くて気持ち悪い。最悪だ。これも全部あの女のせい!

 掃除が終わった私は改めて自分のスマホを見る。

「何これ!? どうして私が叩かれなくちゃいけないの!」

「天才というものは嫉妬されるものやからね。人より多く貰うものは、人より多く憎まれる。そういうもの。ま……、今回については、文章やイラストではなく態度なんやろけど」

 知らない人から返信やDMが大量に届いている。まだあいつが死んだことを誰も知らないはずだってのに、どうしてこんなに私が叩かれないといけないんだ! そもそも、私は関係無いじゃん。勝手に死んでんのはあっちじゃんか!

 「そういうこと言わないほうが良いと思います」と言うお前は誰だよ! 自己紹介の一つもできねぇくせに引用返信すんなよクソが! あとシェアしてから何か言うのもやめろ! 言いたいことがあるなら、直接言いに来い!

 私の描いたイラストに赤ペンで「バランスがおかしいですよw」って書き込んでくるやつもいるし、小説に赤線引いて「この使い方はしないしw」と送ってくるやつもいる。

 全員無断で保存して加工してきてんじゃねぇよ! 片っ端からスパム報告だ! 著作権の侵害だ!

 面倒臭いから投稿を消して鍵をかけておこう。既に私をフォローしてるやつにしか見えないから、面倒なメッセージも来なくなるはずだ。

「ったく、捨て垢まで作ってさ。暇人かよ」

「それだけあの子を慕う人は多かったということやね。ククッ、面白いものを見せてくれたお礼に一つだけ教えてあげる。これから数日以内にここに警察が来る」

「どうして!?」

「どうしてって自覚はあるはずやけれど? あなたが自殺幇助をしたということにもなるし、あなたが彼女を殺したと思われても仕方ないんよ。あなたが見たがっていた、彼女のスマホ画面。それが全てやね」

 喉の奥でノイズ混じりの笑い声を奏でる。雨が窓に当たった時の音よりも軽く、ビニール傘に弾かれた時の音よりも重い。そういう笑い声だった。

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