第36話

▫︎◇▫︎


 5年後、13歳になったわたくし達は、今馬車に揺られて王立貴族学園に向かっている。思い返せば、ここに来るまでたくさんの挫折を味わった。

 そう、目の前に座るとってもかっこいい天敵の義弟によって!!ここ5年でわたくしもライアンも背がたくさん伸びた。けれど、わたくしは155センチメートルで止まってしまった。もう1年伸びていない。かくいうライアンは180センチメートルで鍛え抜かれた無駄のない細身。長めだった濃紺の髪はばっさりと切り落とされ、少し長めのストレートな短髪だ。切長の氷色の瞳も相まって超絶かっこいい。けれどもわたくしは5年前と全く変わらない。お母さま似の綺麗めな容姿に、癖っ毛な赤髪、そしてルビーにすみれを混ぜたかのような瞳。あんまり男ウケしない、庇護欲ゼロな容姿だ。

 そして何より、ライアンは賢く強くなりすぎた。もう彼が公爵になることになることに反対しない。だから、わたくしは今日を区切りにすることにした。


「ライアン、お話があるわ」

「何?」


 低くなった声は、鼓膜をどきりとふるわせる。

 あれだけたくさんいじめたのに、彼はわたくしのことをいまだに慕っている。毎年難しい言語で書かれている多種多様な本(わたくしのお下がり)を渡し、無茶振りをたくさん言って、彼の苦手なことばかりを押しつけて(わたくしも一緒にやる)、わたくし手作りの激まず&苦手な物をたくさん食べさせて、あとあと、いっつも迷惑を言って困らせた。けれど、それも今日でお終いだ。


 だってわたくしはもう諦めるから。


 ゆっくりと殊更美しく見えるように微笑みを浮かべると、ライアンが目を見開いた。ここ数年は彼の表情を読む技術がなおのこと上がった気がする。


「………わたくしはもう舞台から降りるわ」

「え………」

「ーーーあなたが、ぁなたが公爵になりなさい。わたくしは、………わたくしはもう、降りるわ」


 言い切れた。声が震えて、情け無くも微笑みが崩れたとしても、ちゃんと言い切れた。昨日徹夜でずっと練習し続けただけはある。涙がぽろりと溢れたがそれは割愛してほしい。

 わたくしは公爵になることを諦めた。悔しいが、わたくしと彼ではそもそもの才能が違うのだ。

 ライアンは見たことがないくらいに目を見開いている。それはそうだろう。わたくしは初めて彼の前で微笑みを崩したのだから。ティアラが亡くなって以来初めて、笑うということを放棄したのだから。


「嫌だ」

「え?」


 わたくしは泣いている。声も上げず、ただただ静かに涙をこぼしている。だから、聞き間違えたのかと思った。けれど、彼は至って真面目な表情をしている。


「ディア、君が公爵になってくれ」

「なんで………」


 わたくしには理解できない。彼は公爵になりたくて必死になってお勉強してきたのだ。なのに何故こんなことを言っているのだろうか。彼の思考は出会ったことからずっとずっと理解できない。


「………俺は君を支えたい。だから、ずっと必死だったんだ。

 ディア、好きだ。俺と結婚してくれ」

「!!」

「お願いだ。君の隣にいる権利を、俺にくれ。君の望むことをなんでも叶える。できるようにする。だから魔法も言語も頑張ったんだ。お願いだ。君のことを何があっても守ってみせるから、隣にいさせてくれ」


 懇願するような声に、わたくしは困惑を極める。だってわたくしはずっとずっと彼と彼の母親をいじめていたのだから。


「なんで………」

「だって好きだから」

「!!

 もう!どうしてなのよ!!

 わたくしはあなたのことが嫌いだった!!だからずっとずっといじめてきたのにっ!そもそも!義理って言っても姉と弟が結婚だなんてローズバード家の名前に関わるわ!!」

「大丈夫、義父上と分家の当主達にはもう許可をとってある」

「!?」


 声を荒げて反対すると、ライアンは涼しい顔で言ってきた。わたくしがどう問いかけてくるかわかりきっているかのようだ。


「こ、国王陛下に」

「“影”としての働きへの報償の望みとして、君との婚姻を願い出ている」

「お義母さまは、」

「喜んでる。母上はいじめてきている相手を溺愛するくらいに、俺同様狂っているからな」

「!? で、溺愛!?」


 わたくしは外堀が完璧に埋まっていることよりも、彼に似合わない単語が口からポンと飛び出したことに驚いた。もうわたくしに逃げ道なんてない。なら、彼の望みに乗るしかないだろう。


 ガタン!


「お嬢さま、お坊っちゃま、到着いたしました」

「チッ」


 ライアンの舌打ちにわたくしは涙を拭いて苦笑した。


「エスコート、してくれる?」


 わたくしの声に、こくんと彼は可愛らしく頷いた。そして颯爽と誰の手も借りずに自分の力で馬車から降り、わたくしに手を貸した。わたくしは降りる途中に彼の耳元に唇を寄せて吐息のように呟く。


「あなたの企みに乗ってあげる。わたくしの王子さま」

「!!」


 彼は嬉しそうにわたくしを抱き上げ、お城のような学園の正門のど真ん中でくるくると回った。目尻が赤くなって表情を崩している彼は、こんなわたくしのことを本気で好きでいてくれているようだ。


 わたくしは彼の腕の中で、今までの人生で最高の笑みを浮かべた。

 そんなわたくしに、耳元でお母さまの声が聞こえる。


『ディア、ライアン攻略おめでとう。溺愛ルートなんてよくクリアできたわね』


 やっぱりわたくしの周りは変な人達ばっかりだ。

 わたくしはライアンの額に甘いキスを1つだけ落とした。


「幸せにしてね。ライアン」

「あぁ、愛しのディア」


 学園入学に初日、わたくしは溺愛ルートをクリアしたようだ。

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