第23話

▫︎◇▫︎


  Side. ディアン


 俺はクラウディアの言葉に、息を飲んだ。

 体調管理は確かに貴族の人間として、いいや、人間としてできて当然の行いだ。だが、ここまで弱りきっているのにも関わらず、必死になって謝られるとは夢にも思っていなかった。そして、謝ってそのまま気を失われるとも思ってもみていなかった。


「………旦那さま、外でちょっとお話が。ライアン、お医者さまがお越しになったようだから、少しの間外で待っていなさい」

「で、でも………!!」


 怖い顔をした気の強い契約関係を結んだ2人目の妻たる、は、泣き出しそうになっている血の繋がった我が子相手に、押さえに押さえているであろう、僅かに恐ろしい殺気を向けている。

 医者が来ていたことに気がついていなかった俺とは違って、エミリアは周りがちゃんと見えていたらしい。意外だ。


「あなた、ディアの裸を見たいわけ?」

「っ、ち、ちがっ、」

「まぁ、あなたも年頃の男の子だものねぇ。でも、ちょーっとカッコイイって言われただけで、ぼたぼたとディアを泣かせてしまうくらいに大量の鼻血を出すようなお馬鹿さんには、年頃の瑞々しい女の子の身体は見せられないわ。さっさと出ていきなさい!!」

「は、はい!!」


 最後の方には怒鳴るように言ったエミリアは、一種のクラウディア信者のように見えた。我が子よりも義理の娘を可愛がるとは本当に変わった女だ。

 ライアンは逃げるようにクラウディアの部屋から出ていった。そして振り返ると、なぜかクロエの姿が見えた気がした。


『ディアン!ねぇどう?可愛いでしょ!!桜色って言ってね、わたくしのお母さまの実家である東の国に咲いているお花の色を指す色合いなんだ!!』


 そういえば、お腹が膨れていたクロエはちょうどあそこに立って、嬉しそうにくるりとターンして見せたのだ。


「旦那さま?」

「………何でもない。話を聞くから外に出よう。医者とメアリーよ、クラウディアを頼む」


 俺は頭を深々と下げる医者と元クロエの侍女を一瞥し、エミリアに続いてクラウディア部屋の外に出た。


「で?話とは何だ。エミリア」


 部屋を出て早々問い掛ければ、一瞬ライアンの方を見た彼女は何事もなかったかのように作り笑い感満載の笑みを浮かべた。


「ふふふっ、言わなくとも分かっているでしょうに。………ディアの言葉についてよ」

「………お前、俺への扱いが物凄く雑になっていないか?」

「敬う必要性を感じないからよ。ディアのあの様子から言って当たり前ね」


 俺は何も言い返せず、ただ黙って顔だけは天使のような女を見つめた。本当に、息子共々顔だけは良い。言っていることはえげつないほどに毒舌なようだが。


「………俺も驚いている。体調を崩しがちなのは知っていたが、あそこまで自分を痛めつけているとは考えもしなかった」

「はあー、………身体が弱いのは母親譲り?」

「そうだ。クロエ譲りだ」

「………あの子がすみれが好きなのも?」

「!!」


 『菫』という単語に、俺は片眉を上げた。確かにクロエは自分の瞳の色と同じ菫の花をこよなく愛していた。クラウディアの部屋の壁紙も、淡い色彩の薔薇と伸び伸びとしたデザインの菫の花が絡み合った柄だ。今更だが、男が生まれたらどうするつもりだったのだろうか。………彼女のことだから、おそらくは何も考えていなかったのだろう。


「アレは『菫』が好きなのか?」

「本人は否定しているわ」


 隣でライアンの駆け出す音が聞こえた。庭園の方に足を向けていたから、花でも摘みに行こうとしているのだろう。存外気遣いのできる男なようだ。


「あの、診察が終わりました」


 医者の声に、俺とエミリアは会話を止めた。元クロエの主治医は、今はクラウディアの主治医になっている。


「過度の過労とストレスによる疲労が蓄積したことが原因かと思います。環境の変化は体調を崩しやすくなりますから、十分に気をつけるようにしてください。お薬を3日分処方しておくので、また何か起こりましたら、ご召集ください。それではお暇させていただきます」


 ガンッ!!


「………………」


 エミリアが廊下の壁を力一杯殴っていた。悔しそうに顔を歪め、今にも泣きそうな表情をしている。継母なのにも関わらずディアを心配するとは、なんとも不思議な女だ。


「………ねぇ、ディアのお部屋に入ってもいいのかな?」

「メアリーに聞いてからにしなさい。多分、今着替えをさせているわ」


 俺は呆然とした心地でエミリアとライアンを眺め、そして逃げるように執務室へと向かった。クロエの怒った顔が見えた気がした。

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