⑥化け物の正体
湖に薄く張った氷を割り、巨大な身体が水面へ落下する。その巨体に見合った水柱を立てながら、化け物は凍てつくような湖水の中に消えて行った。
「おー、寒ぅ…まあ、いくら化け物でも凍った湖に落ちて、無事に済むとは思えんが…」
崖の上から下を眺めながら、俺は冷たい湖に沈んだ化け物の様子を見守る。そうしているとオオカミ達が寄ってきて、俺の身体に身を擦りつけてくる。何だよお前ら、随分とフレンドリーだな…。
「ヒゲさ~んっ!!」
「すごい! すっかり懐いちゃってるじゃないですかぁ!」
サキとポンコもやって来て、俺にくっついているオオカミ達に驚いている。まあ、少し前までは狩りの獲物扱いだったが、今じゃ飼い犬みたいだから…殺す気も失せた。但し、集落に連れて帰れないから、この辺りを縄張りにして貰うか。
それにしても、崖の上から眺めている間も沈んだまま、化け物は浮かんで来ない。どうも様子が変だ…まさか、泳いでどこかに逃げた訳じゃないよな?
崖を迂回して湖の
「やっぱり凍え死んじゃったんじゃないの?」
サキが言う事にも一理有るが、俺は楽観出来なかった。あれだけしぶとく動き回っていた上、見た目はヘビのようでもオオカミに近い生き物なら…まだ生きているかもしれない。それに、俺はまだ化け物に息の根を刺していないんだ。
「…っ! 見ろよ、まだ生きてるみたいだぞ?」
俺が割れた湖面を指差すと、水面に小さな泡が点々と浮かび上がり、化け物がしぶとく息を潜めている気がする。
「そーかなぁ…毛皮に溜まった空気が浮いてきてるだけじゃない?」
「じゃあ、サキが潜って見てきたら?」
「…ぜーったいに、行きません!!」
寒さで震えながら湖面を見守る俺達だったが、オオカミ達は油断無く割れた氷の辺りを睨み、盛んに耳を動かしながら警戒を解いていない。野性の勘なのか、それとも相手が元は群れのボスだからなのか、判らないが…。
「も~死んじゃってますってぇ~! いくら何でもそんなに息が保ちませんよぉ~」
ポンコが痺れを切らして俺の手を引っ張った瞬間、湖面に張った氷を割りながら化け物が姿を現した。咄嗟に2人の前に立ったが…何か、様子がおかしい。
まるで帯電したように全身から細かくスパークしつつ光を発し、その動きも緩慢で素早さは全く感じられない。おまけに半開きのアゴから舌をだらんと垂らした上、オオカミ達が盛んに吠えても耳をぺたりと下げ、何の反応も示さないのだ。
「う~ん、妙ね…て、言うか…もしかしてロボットなんじゃない?」
「…確かにそうなんだが、世界観も何も合ってないぞ?」
俺とサキが言い合う間も、化け物は湖面から首を伸ばしたまま、何も仕掛けて来ない。そうして暫く時間が経過した後、ぐらりと身体が揺れた瞬間、身体を横倒しにして動かなくなった。
「…死んだかな」
「今度こそ、ヒゲさん確かめてきてよ?」
サキに促されて俺は湖の畔に近付き、足元に転がっていた流木を掴むと、化け物目掛けて放り投げた。
ドスッ、と鈍い音を立てながら流木が額に当たり、化け物の身体から水面に波紋が広がるが、微動だにしない。なら、いっそ乗ってみるか?
スパークの光も消えていたので、俺は軽く助走を付けて畔からジャンプし、化け物の身体の上へ着地する。
「…動かないな」
足の裏に毛皮を踏み締める感触を覚えながら、俺はピッケルを振り上げた。
シュッ、と空気を切り裂きながら振り下ろされたピッケルの先端が額に突き刺さり、鋭い切っ先が眉間にめり込んだが…本当に死んでいるみたいだ。
「…何だよ、散々驚かせておいて…」
俺はそう言いながら化け物の身体から降りようとしたが、その瞬間激しい火花が全身を捉え、俺の意識は薄れていった…
(…な、何が起きたんだ…)
再び意識を取り戻した時、俺の身体は星空の真ん中に浮いていた。これは…ネット空間に似ているが、少し違うな。何故判るって? ゲームと同じように身体感覚はリアルと同じなのに、見ている状況は非現実的過ぎるからだ。
…と、不意に視線が固定され、自分が浮いている星の海から急速に引き離されていく。そして引力に吸い寄せられていき…雲を割って地上へ落ちていった。
落ちた場所は、氷に閉ざされた空間だった。周りには雪と氷しかなく、目に付く物は他に全く無い。そして時間が意味を失い、ひたすら同じ場所に…
…何かが近付いて来る。ガタガタと地響きを鳴らしながら、その巨大なモノは俺の直ぐ傍を通過し、やがて止まった。そして、そこから更に長い時が過ぎた或る日、唐突にネットワークが繋がり、それを枝葉にして他に落下した仲間と情報共有が生まれ、自分達のコミュニティーが形成された。
…そうか、化け物の正体は、地球とは全く違う場所からやって来た【プログラムのみで構成された情報体】のようなものだったのか。
きっと、自分達が地球に到達する前までは、何らかのネットワークを有して社会を構成していたのだ。それが何かのキッカケで母星を離れ、長い旅の末に地球へとやって来た。そして…直ぐ近くに人間が現れ、電脳空間を形成した時に漸く連中にとって必要な条件が揃ったんだろう。何とまあ、気の長い話なんだ…しかし、そうなると…
「バウワゥッ!!」
「…ん? あ、ああ…お前らか」
耳元でオオカミが吠え、俺は唐突に意識を取り戻した。化け物の身体にしがみついたまま、気を失っていたんだろう。
…何だろう、何かを見た気がするが思い出せない。
そんな釈然としない気分のまま、足場にしていた化け物の身体から岸に飛び移ると、化け物はグズグズと形を失い消えて行った。
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