②じゅーちゅし



 『 おはようございます、準備は良いですか? 』


 平坦な文章で送信されてきたメール、特徴の無い単語。誰が読んでも同じ意味だけど、私にとっては全く違う。


 『 勿論です! 今すぐ入れます! 』


 それが…ヒゲさんも同じだと信じながら返信する。今時いちいちメールだなんて古臭い? 全然そんな事無い。逆にこの方が、朝からニヤケ顔が止まらないから好都合…私、たかがゲームなのに朝からシャワーまで浴びるとか、自分でも浮わつき過ぎって思うけど…デートに出かけるみたいで笑っちゃうなぁ。




 『 では、宜しくお願いします! 』


 首元のアクセスパッドがチリッとした瞬間、ビョンと視界がぼやけて意識が希薄に…じゃなくて、周りが鮮明になり過ぎて自分が薄まるみたいな感じになって、気が付いたらゲームが始まっていた。


 …あぁー、やっと戻れた! って、本心からそう思った。





 「…拠点から、じゃなくて最後に離脱した所からなんですねぇ」

 「そうみたいだね、何か理由があってハマった時は、逆に離脱したらダメかもなぁ」


 2日振り…と言ってもゲームの中では時間経過無しの状態らしく、少しだけ違和感があるけれど気にしても仕方ない。


 そう言えば、彼女は2日間何してたんだろうか。彼氏とか居ないのか? プライベートの事は一切聞いてないから判らないが、余りゲームとは関係無い事を聞くのも悪いと思い、そのままだったなぁ。まあ、機会が有ったら少しは聞いてみていいか。



 「…で、あれが呪術師の家か。確かに見た目で判るな」

 「何だかファンタジー系の魔法使いチックなイメージだったけど、こう見るとやっぱり呪術師っぽいなぁ~」


 細工屋の言った通り、周辺の家と同じ縦穴式住居で、入り口の脇に立てられた柱に長い牙の生えた骸骨が載せられている。魔除け…かな、たぶん。


 「じゃあ、お邪魔しまーす」

 「うぉっ!?」

 「…えっ? だって会うのが目的なんでしょ?」


 いきなりサキに中に入られて、俺が狼狽うろたえているとあっさり切り返された。確かにそうだけど…。


 「…ま、いっか」


 サキの背中を眺めながら室内に入ると、最初に感じたのは甘く、そしてツンと鼻を刺激するような匂い。明かり取り兼煙逃しの穴から光が差し込み、中で焚かれている香炉の煙がゆらゆらと揺蕩たゆたって見える。


 「…どーも、初めまして! 呪術師が居るって聞いてやって来ました!」


 その煙の向こう側に、人が要る気配を感じるのと同時にサキが話し掛ける。すると相手が立ち上がって煙を抜けてゆらりと姿を見せた。


 「…ふ~ん、そう。まあ、座んな」


 …えっ? 女性なの? いや、むしろ少女って感じなんだが…まあ、精霊信奉シャーマニズムとかじゃ若い女性が御神託を授かる巫女として登場するし、むしろ普通なのか?


 「そっちのオトコの方もこっちに来い。いちいち驚くな、世界の半分づつ、オトコとオンナ」


 と、呪術師の娘に言われて少し落ち着いてから、ふと我に返って違和感に気付いた。こいつ、どうして俺が女だと知って驚いた事に勘付いた? いや…フルダイブ系のシステムなら、脳波から思考を電気的な波長として感知出来るだろうが、そこまで高度なセンシング技術をたかがゲームに持ち込む訳が…


 「どーしたの? そこ座れるけど」

 「あ、ちょっとボーッとしてた…」


 サキに促されて腰を落としながら、俺は呪術師の娘を改めて見直してみる。


 若い見た目と束ねられていない黒髪を長く伸ばしているせいで、パッと見は10代前半にも思える。サキと同じ毛皮の服だが、若干肌の露出面積は多い。しかし、何より彼女の姿を際立たせているのは…


 「…むふ、若くて白い肌に、刺青有るだけで視線釘付け。お前、イイ趣味してる」

 「色々誤解される言い方するなって!」


 娘の腕と腹部に鮮やかな紫の刺青があるんだが、その模様ってのが誰がどう見ても判る図柄で…動物や人間が繁殖行為してる奴なんだよなぁ。


 (…アへ顔系ファッション…かな?)


 サキが俺の耳元に顔を近付けてボソッとささやいた瞬間、呪術師の娘がニヤリと笑ってから話し始めた。


 「これ、命の始まり。ヤラなきゃ産まれない、産まなきゃ増えない。増えなきゃ滅びるから、とても大事」

 「ああ、確かにそうだ…じゃあ、その効果はどんな物なんだ」


 俺が問い掛けると、娘は若干眼を細めてからジーッと俺の顔を眺め、それから口を開いた。


 「焦んな、オトコ。何でも急げばイイ訳無い。ほら、これと同じ」


 そう言って自分のヘソの下辺りを指差して…だから、直視し辛いだろそーゆー所のは特に!!


 「あー、うん。私はサキ。で、こっちはヒゲさん」

 「サキ、ありがと。ワタシはの…じゅ…ちゅ…噛んだ。じゅーちゅし呪術師のワレメだ」


 そいつはフン、とペタンコな胸を反らしながら噛み噛みで自己紹介したが…開発者よおおおっ!! なんて名前付けてんだよぉっ!!?


 まあ…いいか。


 「それで…刺青ってのは彫るのに時間は掛かるのか?」

 「掛からない。但し、」


 俺がワレメに質問すると、彼女は即答する。しかし、続けて発した言葉を理解するのに、俺は少し時間が掛かった。


 「…刺青が選ぶから、いつ終わるか判らない」



 「…刺青が、選ぶって?」

 「そう。私選ばない。刺青が、選ぶ」


 ワレメはそう言うと、今やるならこっち来い、と俺とサキに促す。それにしても、NPCにしては随分、いやかなり個性的な奴だなぁ。



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