73 空虚なわたし
「……
「なにって、よしよし」
わたしは凛莉ちゃんに膝枕をされて、頭まで撫でられていた。
幸いにして、人目のつかない所に隠れていたので見られないとは思うけど……。
「だから、なんでそんなことしてるのって」
「頑張った
「誰かに見られたらと思うとヒヤヒヤするんだけど」
「でも抵抗はしてないじゃん」
「まあ……そうだけど」
凛莉ちゃんに膝枕されるのも、頭を撫でられるのも嫌ではない。
凛莉ちゃんの体はふわりと柔らかいし、指先も優しい。
「涼奈ってさ……昔はどんな子だったの?」
おもむろに、そんなことを聞かれた。
「昔のわたし……?」
「そう、涼奈と知り合ったのって最近じゃん?だから幼い頃にどんな事があったとか知らないからさ」
「……別に面白くないよ」
わたしはつまらない人間だから。
そんな人間の話を聞く意味があるとは思えない。
「あたしにとっては、涼奈の話が面白いんだよ」
「……お笑い求められてる?」
「そういう意味じゃないって」
とても逃げるのを許してくれそうな空気じゃなかった。
ここでいう“わたし”って、
……
どこから話そうかと悩んで息を吐いたあと、わたしは静かに語り出した。
◇◇◇
「
それは同性異性を問わず、よく言われる言葉だった。
例えば同級生、音楽、ネット、テレビ、スポーツの話。
何でもいい、わたしは何事にも無関心で誰かと話題を共有したことがなかった。
だから皆が喜々として他人の話題で盛り上がることが理解できなかった。
「うん、興味ない」
でも幼い頃のわたしはそれを悪いことだとは思っていなかった。
だって、そんなわたしとよく似た人たちを知っていたから。
「お母さん、はいこれ」
学校でのテストや作品などは母親に提出する。
母親は無言で受け取り目を通す。
「ご苦労様」
その一言で終わり。
結果が良かろうと悪かろうと、帰ってくる言葉は同じ。
抑揚のない声と事務的なセリフで会話は途切れる。
父親は単身赴任で家を空けることがほとんどで、話した記憶もあまりない。
たまに帰ってきて話したとしても――
「そうか、分かった」
――そんな淡白な返事だけ。
でも、これが悪いなんて思ったことはない。
わたしにとってはこの世界が正常で、外の世界の反応こそ異常だった。
両親が無関心な人たちなのだから、わたしも同じように無関心になる。
それは当然の結果で、何の違和感を感じることもなかった。
そのまま、わたしは成長していく。
「雪月、おまえ進学についてはどう考えているんだ?」
15歳の夏になって特に何もしていないわたしは、担任の先生にとって頭を悩ませる存在だったろう。
「別に、どうでもいいです」
興味がなかった。
成績は可もなく不可もない並み。
これ以上努力する気もなければサボる気もない。
だから進学できる学校のランクは何となく分かっていた。
高校が決まってしまえば、そこから広がる未来も見えてくる。
普通の高校生が通う学校なのだから、進学にせよ就職にせよ一般庶民の生活が待っている。
ありふれた未来が想像できてしまって、わたしはやはり興味を抱くことが出来なかった。
「どうでもって、具体的な希望はないのか」
「受かるとこです」
先生は困ったように頬を掻いた。
「親御さんはそれでいいと仰ってるのか?」
本来なら三者面談のはずの進路指導室。
そこには、わたしと先生しかいない。
答えは明白だった。
「好きにしていいみたいですよ」
「……そう、なのか」
ウソ。
本当は何も言われてすらいなかった。
高校に進学した。
友達らしい友達はいなかったけど、それはそれで受け入れた。
誰かと仲良くしている方が幸せなんだろうけど、わたしには難しかった。
特定の誰かを好きになる。
そういう感情が希薄だったからだ。
「ねえ、雪月さんって何でいつも一人なの?」
「一人が好きなんでしょ」
「ずっと無言で怖いんですけど」
「何考えてるかは分かんないよね」
絶対に聞こえていると分かってされる陰口は、さすがのわたしも気が滅入った。
一人でいることは何とも思わないが、一人でいることを他人に嘲笑われるのは気分が悪い。
いつまでも子どもの頃と同じままではいられない。
少しずつ社会性を学んでしまったわたしは、周囲の視線に疲れるようになっていた。
漫画やアニメを見始めたのはその頃だった。
そこにいるキャラクター達は感情に富んでいるように見えた。
戦ったり、仲間になったり、恋をしたり。
わたしにはない感情を精一杯表現しているように見えた。
空虚から生まれたモノを見れば、空虚なわたしも何かを得られるんじゃないかと思ったのだ。
そして、恋愛ゲーム“俺のとなりの彼女はとにかく甘い”をプレイして思う。
キャラクター達の感情が分からない、と。
それはきっと自分が無感動な人間であるからだと結論づくと、やはり何もかもがどうでも良くなった。
◇◇◇
「……ね。つまんない話でしょ」
雪月真白の半生を大雑把に伝えた。
我ながら振り返ってみても何の面白みもない内容だった。
時間を返せと言われたら素直に謝罪できるレベルだ。
「いやいや、大変興味深かったよ」
「……マジ?」
「マジだよ、マジ」
これが興味深いとか、凛莉ちゃんは他人の人生を聞いたことがないのだろうか。
そんな有り得ないことを疑いたくなるくらい、不思議な反応だった。
「だからさ、さっき凛莉ちゃんにも言われた通りわたしに恋愛とかムリなんだよ」
だから進藤くんのこともヒロインのことも、もうどうすればいいか分からない。
完全にお手上げだった。
「大丈夫だって、涼奈にはちゃんと心があるんだから。きっとすぐに恋愛もわかるよ」
ついさっきわたしに残酷な真実を気付かせたくせに能天気なことを言う。
凛莉ちゃんのせいではないのは分かっているけど、だからと言って無責任なことを言って欲しいわけでもない。
「だから、それが出来なかった人生なんだから。もうムリなんだって」
わたしは伽藍洞で空虚で欠落している。
「まったくもー」
「あうっ」
両手でわたしの顔が挟まれた。
ぐいっと顔を動かされ、膝枕をしてくれていた凛莉ちゃんを見上げる形になる。
凛莉ちゃんはそのまま顔を下ろし近づけてきた。
おでことおでこが、くっつきそう。
「あたしがその証明じゃん」
「凛莉ちゃんが、なんの……?」
「涼奈が変われるって証明」
「はい……?」
何ですか、トンチか何かですか。
そういう頭の柔軟性はないので勘弁してほしい。
「友達、いなかったんでしょ?」
「そうだけど……」
悲しい事実の再確認とか、傷に塩を塗るの好きなのかな。
「あたしは?」
「……凛莉ちゃん」
「そうじゃなくて、ほらポジションで言えば?」
「……友達」
だったら、何なのさ。
「ほら、変われたじゃん。知らないことを知って、
「……」
それはそうかもしれない。
「ね。だから涼奈は大丈夫なんだよ」
「……そうなのかな」
「うん、涼奈の周りにはたまたま伝えてくれる人がいなかっただけ」
感情は人を伝っていくもの、だとしたら……。
「でも、もうあたしがいるから大丈夫。あたしは涼奈にちゃんと伝えてあげるからね」
わたしは凛莉ちゃんから知ることが出来るのかもしれない。
思い返せば、いつだって空虚なわたしを埋めてくれたのは彼女だったのだから。
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