18 容姿と心


「ねー涼奈すずな。その……三つ編みってさ、何かこだわりあってやってるの?」


 放課後。


 夕暮れの肌寒い風に身を強張らせて一人帰っていたが、途中で凛莉りりちゃんに捕まった。


 観念して一緒に歩いていると彼女はその言葉を零した。


「いや、別に……そういうわけじゃないけど」


「へえ……。何か理由があるのかと思ってた」


 女の子にとって髪は大事な要素だ。


 見た目を印象付けるものだし、その扱いには気を遣う。


 それは本人にとっても、他人にとってもだ。


 だから、凛莉ちゃんがわざわざ話題に持ち出すということは何か言いたい事があるということに他ならない。


 まして、わたしは髪色や髪型を変えたわけでもないのだから。


「なんか、変……?」


「変ってことはないけどさ。ただ、雰囲気変えたりしないのかなって」


 まあ……オシャレさんな凛莉ちゃんなら気になることだろう。


 雨月涼奈の髪型は流行りでも何でもない。


 黒い前髪は重めで、おでこを一切見せていない。


 三つ編みもきつくぎゅっと縛った細い束がわたしの肩に落ちている。


 まるで古い日本人形のようだ。


「でも、わたし昔からこうだから」


 雨月涼奈あまつきすずなとはそういうキャラクターだ。


 見た目を気にすることはなく、世間体を気にすることもない。


 ただ進藤湊しんどうみなとの側にいたいだけの、健気でどこか歪な女の子。


 その在り方を全て肯定することは出来ないけれど、見た目を気にしない点に関してはわたしも共感できる。


 だからわたしも何の違和感もなくこの姿を続けているし、三つ編みだってクセのようになっていて面倒と思う事もない。


「でも、こだわりあるわけじゃないんでしょ?」


「まあ……ね」


「じゃあたまに髪型、変えてみたら?三つ編みもいいとは思うけど雰囲気変えるのもかわいいと思うけどなぁ」


 凛莉ちゃんは優しい。


 誰がどう見てもパッとしないこの姿を貶めることなく、少しでも良くなるように言ってくれている。


 それは分かる。


 でも……。


「いいよ、わたしが可愛くなったって意味ないし」


 そもそも可愛くなれるとも思っていないけれど。


 それでも仮に凛莉ちゃんの言葉を信用するとしてだ。


 わたしが見た目を良くすることに意味なんてない。


 誰にも興味を持たれないキャラクターで、唯一見てくれるとしたら幼馴染の進藤湊。


 見た目を良くして彼に好印象でも持たれたりしたらどうなるだろう。


 好感度が上がってしまうリスクが上がるだけだ。


 ほら、わたしが見た目を良くすることに意味なんてない。


 だから、このままでいい。


「えー?そんなことないって、涼奈はもっとかわいくなれるって」


「……なった所で、意味ないって言ってるの」


「かわいくなるのに意味なんているの?」


 “逆に斬新なんですけど?”と、凛莉ちゃんが驚いている。


 そりゃ地でオシャレを探求してる子にしたら、そんな疑問を持つこともないのかもしれないが……。


「理由はいるよ。誰に見せるわけでもないんだから」


 変化は、それだけでストレスになる。


 いつもと違うことをするには、それなりの覚悟が必要だ。


 そこに意味を見出せないのだから行動を起こせるはずもない。


「見せる相手がいたらいいわけ?」


「……いればね、そんな人」


 それが進藤湊であるのだからダメなのだ。


 やらない方がいいに決まっている。


「いるじゃん、ここに」


「……はい?」


 凛莉ちゃんにはにこにこ笑いながら、自分を指差している。


「あたしが見てあげるよ」


「……いや、なにそれ」


「涼奈がかわいくなったら、あたし喜ぶよー?」


 いえーいと言わんばかりに腕をバタバタさせている。


 なにがそんなに楽しいのか、彼女は妙にハイテンションだ。


「意味分かんない。凛莉ちゃんからしたら、わたしなんてカスじゃん」


 スタイルが良く自分磨きを怠らない美少女、日奈星凛莉ひなせりり


 その周りにも華のある女の子が揃う。


 そんな凛莉ちゃんが、わたしのような陰キャの変化など見て何が楽しいと言うのだろう。


「そんなこと言っちゃダメだって、涼奈はいいモノもってるよ」


 こら、と叱るように凛莉ちゃんがたしなめてくる。


 何が彼女をそこまでさせるのだろう。


「わたし、オシャレとか興味ないし」


「え、じゃああたしがやってあげるよ?色々教えてあげよっか?」


 今度は凛莉ちゃんの指がせわしなく動き出す。


 なんだかそれはイヤらしい手つきに見えて思わず身構えてしまう。


「い、いい……必要ない」


「なんでさー。やったことないだけで、やってみたら楽しいかもしれないよ?」


「それは凛莉ちゃんが可愛いからでしょ」


 可愛い子が努力して綺麗になって可愛くなる。


 そして周りにチヤホヤされるのだから、そりゃ楽しいだろう。


 でもそれは元々ポテンシャルのある子だからだ。


 ゼロには何を掛けてもゼロなのだ。


「え、えへへ……やだなぁ、涼奈そんないきなり褒めないでよ。照れるじゃん」


「言われ慣れてるクセに」


 嬉しそうに頬に手を当てている凛莉ちゃんの意味が分からない。


 これくらいのこと、たくさんの人から言われてきたはずだ。


「ん?んー……まあ、そう言ってくれる人もいるけどさ。でも誰に言われても嬉しいわけじゃないよ?」


「……そう、なの?」


「うん、まあ友達でも言ってくれる子はいるけど。でもお互いに言い合うからお世辞もある気がするし。それが悪いってことじゃないけどさ」


「凛莉ちゃんなら男の子にも言われるでしょ」


「まあ……たまにね。でも、なんていうの?あたしってなんか軽そうに見られるから、純粋な意味で言ってくれる人はあんまりいないっていうか……」


 ああ……まあ、日奈星凛莉の見た目はギャルだし、明るい言動は悪く言えば軽薄そうに映らないとも言えない。


 体目的、そんな男の人が多いのかもしれない。


 考えてみれば彼女との出会いも、そういった所から始まるのだし。


「モテる女はツラいのか」


「聞きようにっては自慢みたいでウザいって思われるのも分かるんだけどさ。でも、個人的にはあんまり嬉しくはないよ。あたしはかわいいと思ってこうしてるだけで、そういう目で見られたいわけじゃないからさ」


 それは、初めて聞く凛莉ちゃんの裏側のような気がした。


 どこか空虚で乾いている部分をわたしに見せてくれているように感じる。


「……凛莉ちゃんでも嫌なことってあるんだね」


「当たり前じゃん。あたしを何だと思ってるの?」


「……スーパーポジティブ女子」


「なにそれ?」


 いや、陽キャは悩まない生き物と思っていたので。


 偏見ごめんなさいとは思ったのだが、これをそのまま伝えるわけにもいかなかった。


「とにかくねっ、涼奈に褒めてもらえるとすっごく嬉しいよっ」


 やったー、と凛莉ちゃんが腕に抱き着いてくる。


「あ、ちょっと、くっかないでって……」


「この気持ちを表現せずにはいられない!」


 なんでその表現が身体接触なのだ……。直接的過ぎる。


「だいたい、わたしに言われて喜ぶ説明になってないし……」


 他の人たちの言葉が彼女に届きにくい理由は分かったけれど。


 だからと言って、わたしの言葉が届く理由にもなってはいない。


「バカだなぁ。涼奈に言ってもらえるだけで嬉しいんだよ」


「……なにそれ。わたしだからっていう理由だけ?」


「それだけで十分」


 なんだそれ。


 理由になってるようで、なってない。


 それなのに、凛莉ちゃんはそれだけでいいと言う。


「……わたしも、お世辞かもしれないじゃん」


「いや、あたしには分かる。涼奈は本当のことを言っている」


 なぜか絶対の自信を持っていた。


「……超能力者?」


「涼奈限定のね」


 またわたし限定か……。


 でも、わたしの言葉で喜んでくれるなら、それはそれでいいことか。


 凛莉ちゃんは溢れんばかりの笑顔を綻ばせながら、わたしの肩に頭を置いて来る。


 まあ……ここは学校じゃないし。


 そのまま凛莉ちゃんのあたたかさに触れることにしよう。

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