第4話 少女と魔竜

「歴史の授業がない日はホント静かっスねえ。そのまま図書館でも黙っててくださいよ?」


『わかっておるわ。今日も裁縫娘の付き合いなのだろう? あやつも懲りないやつよ。なぜ僅かでも良いのに日々積み重ねが出来ないのだろうな』


「そんなこと言わないでくださいよ。モミジは裁縫の実技はすごいんですからね」


『だが裁縫ではなあ。その特技では魔竜を倒すことはできんぞ?』


「なんでそこで魔竜の話が出るんですか、まさかこないだ見た魔竜を倒せなんて言わないっスよね?」


『そんなにまさかか? 無関係ならわざわざ教えたりはせんぞ? なあに、まだ小さいやつゆえお前達三人で充分倒せる相手だ。うむ、倒せる相手だ』


「ちょっと…… なんで今繰り返したんですか…… 嫌な予感しかしないっスねえ」


 討伐と言えば本来は大人の仕事だ。しかしこやつらに今経験させておくのも悪くない。何より子供が多く集まる場所に現れているのだから被害が出てから対応する専門の討伐隊では手遅れになりかねん。


「サクラ、おまたせ。今日は算術やるからよろしくね」


「もう明日ですけど大丈夫っスか? 算術は落ち着いて解いていけば大丈夫だと思いますけどね。歴史だけは覚えてる量が勝負ですからがんばってください」


「そうよモミジがんばって! 毎日付き合ってるウチたちのためにも! 追試がダメだったら春休みなしだよ?」


「でも春休みがあってもお店の手伝いがあるからねえ。休みって言ってもあんまり嬉しくないのよ」


「商売屋って大変ですよね。うちは手伝いできるような稼業じゃないんで手伝いの苦労はわかりませんけど。でも商いがうまくいったときはご飯が豪華になるのが嬉しいっス」


「うまくいかないと機嫌悪くなるけどね」


「あれは困っちゃいますよね」


 小娘どもが無邪気に笑いながら大人びた話をしている。とはいえ三人ともが心から笑っているわけではない。ただ一人表情に影を落としている娘、それはカタクリだが、あれはきっとのけ者感だろう。


 士族は民の安全のため日々戦っているが、それが必ずしも感謝されているとは限らない。彼らがついている主な職は警備兵団だが、世間的には平和な世の中で無駄に見回りをしているだけの存在だ。よく知られている仕事風景は酔っ払いの相手をすることくらいだろう。


 社会的な評価に関しては、士族を頂点としている階級制度があるため表だって批判はされていない。それだけに陰口をたたかれることも多いはずで、それは子供の世界でも変わりはない。いや、子供のほうが正直で分別がつきにくいためより残酷とも言える。


 そんな現状と将来がわかっているとしても、日々厳しい修練を積み重ねていくのが士族に産まれた者の背負う宿命なのである。


 このカタクリと言う娘も将来は警備兵団に入るか、もしくは厳選された人員が所属する討伐隊員になるのかどちらかだろう。二千年前は花形職業で皆から敬愛の対象だったというのに、世の中変われば変わるものだ。


 しかしそんな将来に思いを馳せるのは後回しである。今日もやっぱり現れてしまったからだ。


『サクラよ、庭の植え込みの中に魔竜が出たぞ。お前の正面から少し右の辺りだ』


「ちょっと、今は勉強中ですよ。まさかなにかさせようとしてませんよね?」


『細長い青っぽい魔力が確認できたか? あれが魔竜、今はまだ魔力をまとった蛇だがな』


「だから今は勉強中だって言ってるのに完全に無視っスか。一応見えましたけど絶対なにもしませんよ?」


『うむ構わん、まとっている魔力の大きさと色だけ覚えておけ。このまま成長していくと厄介なことになるからな。今の世では魔力検知できる者がいるのかどうかわからないのだろ? 討伐隊の存在自体が伏せられているから調べようもないしな』


「そうっスね、アタシも聞いたことなかったですから。本当にそんなことやってる人たちがいるんですかね?」


『士族の娘の親はどうか知らぬか? そう簡単に明かすわけはないだろうが念のためな』


「カタクリさんのお父さんは詰所勤務ですよ。以前校外学習で行ったとき挨拶しましたからね」


『そんなことあったか? まったく覚えておらん。と言うことは高い魔力の持ち主はいなかったと言うことかもしれんな』


「それより魔竜はなんで同じ時間に同じところを通っていくんですかね。校舎のほうへ向かってるみたいですけどなにかあるのかな」


『行ってみたくなっただろ、興味が湧いただろ。後をつけて見たくなったんじゃないか?』


「な、なってないっスよ。なんといっても今は勉強中ですからね」


『まあ今はそのほうがいい。あいつはお前だけで倒すのは難しい』


「じゃあなんでさっき倒せるとか言ってたんですか? 行き当たりばったりで適当なところ勘弁してほしいっス」


『俺様は三人なら倒せると言ったんだ。だがよく考えると裁縫屋は無力であったな。この際だからあやつにも魔法を教えてしまうか』


「ちょっと何言っちゃってるんですか。アタシみたいな平民の子供がそんなことしてるの知られたら騒ぎになりますよ。絶対まずいですって」


『そんなもの内緒にしておけばいいだろうに。子供はそういう秘密めいたことを共有することが好きであろう?』


「そういう問題じゃないと思うんですけど…… だいたい二人になんと説明するつもりですか? 魔力が見えるのはアタシだけなんですよね?」


『俺様を覗かせてやれば一発でわかるぞ? お前と同じ視界を得れば良いだけで会話する必要はないからな』


「なるほど! って、そしたらこの眼鏡は神具様だってばれちゃいますよ!」


『それもそうだな。だがお前たちが秘密を共有してお互いを信じられれば問題は無い。今後三人で協力していくことが必要になるはずだ、考えておけ。ま、被害が出始めるまで放っておけば討伐隊が来て処置してくれるさ』


「それもまた良くなさそうですねえ。一体どうしたらいいんでしょう」


「魔竜が小さいうちに倒すか、やつが集めている悪意の元を絶つかどちらかだな。または放っておく、でも構わんぞ」


「神具様はホント意地悪ですねえ。わかりました、どうするか考えておきます」


『お前らには少々荷が重い話だったな。男児なら遊びのひとつと思って即受け入れたかもしれんな』


「男女で遊びを分けるとかいつの世界の価値観なんですか。アタシたちの場合、たまたまインドア派が過半数なだけっスよ。それにアタシは面倒事が好きじゃないし命令されるのもキライです」


『はあ情けない、お前には正義感と言うものがないのか? 放っておいたら学校のガキどもに被害者が出るかもしれんのだぞ?』


「なーんかおかしいっスねえ。いつもはそんな優しいこと言わないのに。なにか企んでませんか?」


 この小娘は相変わらず勘が良い。かと言って俺様の本心を言うのは憚られる。なぜならばただ単に退屈しのぎなのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る