二話
久しぶりの都会の空気に、僕は少しだけ緊張しながら通りを歩く。都会に住んでいるんだから、久しぶりと言うのもおかしいけど、僕の行動範囲は、兵舎からいつもの酒場までの狭い距離が基本だから、こんな街の中心部まで出てくるのは本当に久しぶりなのだ。
脳裏にふと部隊長の真摯な顔が浮かんだ。三日前、僕は新米兵士の身でありながら休暇を願い出た。これはかなり勇気が要った。予想では部隊長はすぐに却下するだろうと思ったが、やっぱりそうなった。ふざけたことを言うなと一喝され、追い返されそうになったが、僕には引き下がれない事情がある。その場に踏ん張り、しつこく頼み込んだ。最初は聞く耳持たずの部隊長だったが、僕のしつこさに根負けしてくれたのか、なぜ休みたいのかと聞いてきた。理由なんか何も考えていなかった僕は、咄嗟に幼なじみの結婚式のためと嘘をついた。そう言ってから僕はしまったと感じた。どうせなら親類の結婚式にすればよかった。血のつながらない友達の結婚式では、それほど重要さが伝わらないし、休んでまで行くほどのものかと思われるに違いなかった。しかし、そんな僕の不安に反して部隊長は考える素振りを見せた。そして、過去に自分が友達と会う約束をすっぽかし、その後二度とその友達に会えなくなったことの後悔を延々と語って聞かせてくれた。それを話し終えると、部隊長は予定表を確認し、部隊演習が終わる三日後なら許可すると言ってくれ
た。意外な展開だったが、こうして僕は休暇を取ることができたのだった。僕と架空の幼なじみの仲を気遣い、過去の後悔を熱っぽく語ってくれた部隊長には心の中で謝っておくことにする。
平日だというのに、街の中心部は人だらけで混雑している。これが都会というものなのだろう。秋晴れの下、老若男女があちこちへ行き交う。その周りには大小の商店が居並び、客を呼び込む声や、値段交渉をする声、駄々をこねる子供の声など様々が聞こえてくる。この騒々しさは、故郷の祭りのにぎわいよりも騒がしいと思う。僕から言わせれば、都会は年中祭りを開催しているようなものだ。慣れるにはまだまだ時間がかかるだろう。
人ごみを縫いながら、僕はオグバーンから聞いた一画へやってきた。占い師という人は、これは僕の勝手な印象だが、人気のない、薄暗い通りでひっそりと占っているものだとばかり思っていたが、ここ都会では違うようだ。人気占い師がいるというこの通りは明るく清潔で、さっき通ってきた人ごみと同じくらいの混雑ができていた。こんなところに占い師の店があるのか? 半信半疑で僕は通りを進んで行った。
両側には民家と商店が混在して並ぶ。買い物をしているのは主婦らしき女性が多い。さらに進むと、何やら一列に並ぶ人の姿が見えてきた。これはもしやと思い、僕はその列に沿って通りを進んでみた。ざっと見た感じ、百人以上は並んでいるだろう。角を曲がり、列の頭に到着したその目の前には、金銀で装飾された派手な店が立っていた。入り口の扉の上には「サーラン・クラリーの館」と書かれている。占い師はサーラン・クラリーという名前らしい。他を見渡しても、占いの店らしきところはないから、今人気の占い師とはここの店で間違いないだろう。
僕は並ぶため、最後尾に戻った。することもなく列に並ぶ顔ぶれを眺めると、若い女性が多いのかと思いきや、男性の姿も多いことに気付いた。中には杖をついた老人もいる。占いはどちらかと言うと女性が好きなものだと思うのだが、こう男性も多いと、占い師の実力に期待してしまう。あるいは、その占い師がかなりの美人なのかもしれない。老人まで夢中にさせるほどの美貌なら、僕も一度くらいは見てみたい。でも今はそんなことより呪いの問題のほうが大事だ。どうか解決の糸口が見つかりますように……。
並び始めて何時間が経っただろうか。青空だった頭上は、すでに夕焼け空に変わっている。腹が空いた。遠くに見えるパン屋でハムサンドでも買って頬張りたい。でももう少しの辛抱だ。僕の前にはもう一人しか並んでいない。派手な店まではあと一歩……。
すると扉が開いた。中から客が出ていくのと同時に、僕の前の客は待ってましたと言わんばかりの笑顔で店内に駆け込んでいった。次は僕だ。自然と期待が膨らんでくる。でも視線だけはどうしても遠くのパン屋に向いてしまう。空腹なのはどうしようもない。
「次の方……」
二十分後くらいだろうか。よだれを飲み込みながらパン屋を眺めていた僕に、扉の奥から誰かが呼んだ。ふと見ると、開いた扉から色白で細く若い女性がこっちを見ていた。僕の前の客はすでに店を出て通りを歩いていた。背中を丸め、とぼとぼと歩いている。おそらく望んでいた結果が出なかったのだろう。お気の毒に。
「ちょっと! あんたの番でしょ。早く行ってよ!」
後ろの女性に急かされ、僕は謝りながら店内に入った。
「こちらです……」
案内役の女性の後について歩く。黒のワンピースに白のエプロン、この女性は格好からするとメイドだろうか。占い一つでメイドを雇えるなんて、かなり儲けているんだろう。それは内装からもうかがえる。外と同じく、中も派手な作りだ。白を基調とした壁や天井には金の細工が広く施されていて、廊下には異国の模様を使った花瓶やら、何かぐねっと曲がった動物らしき置物が飾られている。クリスタルが吊り下がるシャンデリアの真下には、深紅のバラのごとく、真っ赤な絨毯が敷かれた廊下が続く。塵一つ見当たらず、僕が歩いても埃が立つ様子はない。こんなところまで気を使っているなんて、占い師はさぞかし美意識が高いのだろう。僕にはこの趣味は理解できないけど。
そんな装飾を眺めながらいくつも扉を通り過ぎて、案内のメイドはようやく止まった。
「どうぞ、お入りください……」
館の最奥と思われるこの扉はひときわ大きく、両開きとなっている。軍の兵器庫と同じくらいの大きさがありそうだ。メイドは片方の扉を開け、入るよう促す。僕は緊張しながらゆっくり部屋へ入った。
「ようこそ。さあ、こちらへ」
円形の広い部屋の中央に、微笑む占い師はいた。机の上で手を組み、座っている。
「こ、こんにちは……」
僕は少し戸惑っていた。部屋に充満するどぎつい芳香や、歩きながら見てきた派手な装飾を上回るキンキラキンの空間だけにではなく、人気占い師が想像よりも若いことにだ。男性客の多さに、美人なのかもとは思ったけど、まさか本当に若い女性だとは意外だ。占い師と言ったら、年齢を重ねたしわだらけのおばあさんだけかと思っていたのに。人気の理由が半分わかった気がする。
「……あら? あなたは初めてお会いする方ね。お座りになって」
言われた通り、僕は中央にある椅子に、占い師と向き合う形で腰をかけた。占い師は机の上の占い道具を並べ直している。こう間近で見ると、占い師は思ったほど若くないようにも見えた。黒の薄いベールをかぶっているから、顔がはっきりと見えなかったけど、この距離なら何となくわかる。アイシャドーと口紅で若く見せているが、多分、三十は超えていると思われる。
「……何か?」
顔を上げた占い師と目が合ってしまい、僕は慌てて首を振る。
「何も固くなる必要はありませんよ。あなたは悩みを話し、そして導かれた答えを聞くだけなんですから」
占い師はまた微笑む。この笑顔は若く見える。
「まずは自己紹介をいたしましょう。私はサーラン・クラリー。こうして占うことで皆様の助けになればと思っています。あなたのお名前は?」
「あ……僕はウェルス・バイデルです。軍に所属してます」
「軍人さんですか。時々お見えになる方がいらっしゃいますわ。あなたのようなお若い方から、位の高そうなおじ様まで。んふふ……」
占い師は意味ありげな怪しい笑みを浮かべる。嫌でも勘繰ってしまいそうだ。
「では……バイデルさん。あなたが占ってほしいことは何でしょうか?」
怪しい笑みから一転、占い師の表情が真剣なものに変わった。この顔を見たら、また緊張がぶり返してきた。
「実は……」
「実は?」
「呪いを解く方法を教えてほしいんです」
やや間が空いて、占い師は口を開いた。
「……呪い? 呪いと言ったんですか?」
「はい」
占い師は呆気にとられたような顔で固まっていた。そりゃそうだ。こんな頼み、僕が初めてに違いないだろう。驚かれるのもしょうがない。
「あの……占いでわかりますか?」
占い師は苦しそうな笑みを見せた。
「えーと、その……呪いを解く方法というのは、占いで出せるものではないと思うんですが……」
「じゃあ占いで出せなければ、何ならわかりますか?」
この質問に、占い師は険しい目を僕に向けてきた。
「バイデルさん、おたずねしますけど、これは私をからかっているわけではありませんよね?」
「当たり前です。僕は大真面目です」
「ですが、呪いなんて……現実に存在するものとは到底……」
やっぱり、呪いなんて誰も信じてくれないんだ。こんなに悩んでいるのに……。僕は席を立って帰ろうとした。
「あっ、ちょっと、どこへ行くんですか」
「僕は本当に困ってるんです。だから街一番の占い師だっていうあなたに助けてもらおうと来たんですけど……さすがのあなたでも無理なようですね。変なこと頼んですみませんでした」
期待外れで終わってしまった。またオグバーンにいい案を出してもらうしか――
「お待ちください!」
腹から出した大声に呼ばれ、帰りかけていた僕は振り向いた。
「……何か?」
「私の実力を、あ、侮ってもらっては困ります。呪いという聞き慣れない言葉に、少し戸惑いはしましたけれど、何もできないとは申しておりませんわ!」
風向きが変わった……? 僕は占い師に歩み寄る。
「じゃあ何ができるんですか?」
僕は占い師を凝視した。ベールの奥の瞳はせわしなく動いている。
「私が……私が……」
占い師の声はかすかに震えているように聞こえた。
「呪いを解いてみせましょう!」
言い切った表情はどこか引きつっている。信用してもいいのだろうか。
「でもさっき、呪いは存在しないみたいなことを――」
「ですから、戸惑っていたんです。こんな頼みは初め……じゃなくて、久しぶりでしたから」
「え、以前にも僕と同じ相談をした人がいたんですか」
「そうなんです。すっかり忘れていましたけれど」
これは心強い。すでに経験しているのなら、少しは信用できるかもしれない。
「私がなぜ街一番と言われるようになったのか。その実力を、バイデルさんにお見せいたしましょう。さあ、椅子におかけになって」
やっと希望の光が輝き始めた。僕は椅子に再び座り、その時を待つ。占い師は机の上の道具ではなく、足元に置いてあるかばんの中をかき混ぜるような動きで探っている。
「これより、こっちのがいい感じね……」
何やら独り言をつぶやきながら、選んだ道具を机に並べていく。
「……こんなものでいいかしらね」
並べられた道具を眺めると、素材のわからない黒い玉や、動物の骨らしきもので作られたブレスレット、蛇のようなミミズのような乾燥した生き物の束など、不気味な物の数々が勢ぞろいしている。これが呪いを解く道具になるのか?
「では、始めましょう」
「あの、本当に呪いを解くことはできますか?」
「任せなさい。私は数多の人を助けてきたのですよ」
そう言うと占い師は、骨で作ったブレスレットを僕の腕に付けた。
「これは呪いを解くためのくさびとなります」
次に黒い玉を反対の手に持たせた。
「これはあなたにかかった呪いを吐き出すための出口となります」
くさびとか吐き出すとか、よくわからない表現に何となくうなずきながら、僕は大人しくされるがままに座っていた。占い師は手にした道具を次々に使い、呪いを解くために動き回り続けた。木の棒を振り回したり、羽飾りで僕を撫でたり、時折呪文のような言葉を口にしながら、部屋中を踊り歩いていた。最後に乾燥した生き物を掴むと、それを手のひらの中で粉々に砕き、僕の体に振りまいてすべては終わった。
「はあ、はあ……これで、完了です」
僕は立ち上がって、肩にかかった生き物の粉を払いながら、全身の感覚を確かめた。特に変わった気はしない。まあ、呪いがかかっている時も何か感じていたわけじゃないけど。
「呪いは、これで解けたんですね」
占い師は肩で息をしている。
「大、丈夫です。私が、完全に、解きました、わ」
疲れた様子で占い師は僕に付けていた道具を回収すると、深呼吸をして息を整えた。
「……ごめんなさいね。本当に久しぶりのことで。少しは体力をつけないといけませんね」
「いや、こちらこそすみませんでした。何か、思ったより大変なことみたいで」
「お気になさらず。これが私の仕事ですから」
微笑んだ占い師は僕に座るよう促し、席につく。
「バイデルさんのご希望は、もうありませんか?」
「あ、はい。呪いが解けたんなら、十分です」
「わかりました。それでは――」
占い師は、今日会ってから一番の笑顔を浮かべた。
「お代、二万四千ディナをいただきます」
「……え?」
僕は聞き間違えたのか?
「今、二万四千ディナと、言いました?」
「はい。そう申し上げました」
占い師は笑顔を崩さない。僕は頭の中で記憶を探した。田舎で昔、占いをしてもらった時は、確か千ディナだったはずだ。子供の身には少々高いなと思った記憶がある。でもそれは田舎での価格であって、都会ではそれの二、三倍には跳ね上がるだろう。仮に三倍として、三千ディナ。人気占い師ということを考慮しても、四千五百から五千ディナがいいところだと思うのだが……。
「二万って、言い間違いじゃ――」
「間違いは申しておりませよ」
僕の言葉をさえぎるように占い師は言った。本気だ。この数字は本気なんだ。
「ま、待ってください。二万四千だなんて、いくらなんでも高すぎますよ。どうしてこんなに高いんですか」
占い師は困った仕草で僕を見るが、その目は完全に笑っている。
「そうですか。ご納得していただけませんか……。では、なぜこのお値段なのかということを、紙に書き出してご説明いたしましょう」
占い師はかばんから紙とペンを取り出し、すらすらと書き始めた。そこには「解呪」と書かれ、さっき使った道具の名前とおぼしきものと個々の値段が並んでいく。そして最後に長く線が引かれ、その下に合計の数字が書かれた。
「……これが、内訳です」
占い師は紙を僕に渡した。道具の値段はこんなものだろうという納得の値段だ。でもこれだけじゃ二万には届いていない。一体何が高い原因なのか。僕は視線を上に戻して読み直す。すると、解呪の文字の下に、控え目に書かれた数字があった。
「一万八千……呪いを解くだけでこんなにするんですか?」
「当然だと思いますが」
「そんなわけない! ただの占いでここまで――」
「ですから、私はただの占いを行ったのではありませんわ。解呪というとても特殊なことを行ったのです。それはバイデルさんもおわかりでしょう」
「わかり、ますけど……」
「本来、私の専門は占いです。ですが、私の役目は人々を助けることと心に決めております。こうしておいでくださったバイデルさんが助けを求めているのに、私は無視などできなかったのです。専門外ではありましたけど、あえて解呪を行わせていただきました。ですが、こんなことになるのなら、始める前にお代のことを言うべきでしたね。申し訳ございません……」
占い師は神妙な態度で謝った。こんなことを言われたら、値段に文句を言う僕がケチでわがままな人間みたいじゃないか。二万四千ディナなんて、高いとしか思えないのに……。
「どう、いたしましょうか」
占い師が上目遣いに聞いてきた。どうって、払いたくないに決まっている。でも、いろいろやってもらっているのにタダってわけにもいかないし――
「少しでも値引きをしてもらうのは――」
「申し訳ありませんが、こう見えても私には自尊心というものがあります。仕事に関して値引きなんていうことは、心が許しませんわ。お客様には最高のものをお届けしているつもりですから」
面と向かってきっぱりはっきり言われた。全額払えということか。この占い師、かなりしたたかなようだ。僕は机の下で財布の中身を確認してみた。ぎりぎり払える金はあった。ああ、何だか負けた気がするのはなぜだろう。
「……これで、いいですか」
僕は嫌々二万四千ディナを机の上に出した。
「失礼いたします」
金を手に取ると、占い師は慣れた動きで僕の金を数え出した。そんなことしなくたって、ちゃんと出したっていうのに。
「……ありがとうございます。確かにいただきました。また何かお悩みや相談事などができましたら、私の力をお頼りください。いつでもここでお待ちしておりますわ」
笑顔の占い師に見送られながら、僕は部屋を出た。ここに入る前より気分が重く感じる。案内役のメイドの後を追うのもだるい。やっぱり二万四千ディナを払ったのはきつすぎる。下っ端の兵士の安月給ではかなりの大金だ。しかも今月はまだ数日残っている。その日々をどうやって食いつなげばいいのか――いや、こういう考え方はよくないな。僕は二万四千ディナ払って、呪いを解いたんだ。つまり本来の人生を取り戻したわけだ。そう思えばこんな額、安い部類に入るはずだ。そうだ、払ってよかった。二万四千ディナ、このくらいなんてことない……。
「お気を付けて、お帰りください……」
メイドの開けた扉を出ると、外はすっかり暗くなっていた。日は消え、通りには家の窓から漏れる明かりが並ぶ。
「あんた、随分長かったわね。やっと私の番になったわ」
僕の後ろに並んでいた女性が、やれやれという感じで館の中へ入っていった。見ると並んでいる列は、日が暮れたというのにまだまだ先まで続いていた。ここまで人気のある占い師だとは、実際に会ってみて僕にはそう思えないのだが、占いを信じる人には魅力的なんだろう。僕はもう二度と来そうにないな。
暗い通りを兵舎へ向かって歩いていると、空腹感がまた襲ってきた。そう言えば並んでいる時、パン屋が見えたな。買って帰りたいけど、もう財布にはそれだけの金が残っていない。前向きに考えたいけど実際問題、二万四千ディナは身にこたえる。オグバーンか他の同僚に食べ物を分けてもらって、それでしばらくしのぐしかないか。
どこからか人の騒ぐ声が聞こえる。大勢いるようで楽しそうな雰囲気だ。僕だって本当ならそんな気分で帰れるはずなのだ。でも、どうしてか気分は晴れない。金のことはもちろんだけど、もう一つ、別に不安がある。占い師の行った解呪だ。あの場では信用して金を払ったけど、今思うとどうも怪しい気もする。そもそも占い師は呪いを一度否定したのに、僕の態度を見てそれを覆した。しかも以前に解呪の経験があるとも言った。僕は占い師の言葉通りに信じたけど、思い返すと都合がいいというか、上手く行き過ぎている感がある。解呪は本当にできたのだろうか。それとも僕はあの占い師に騙されたのか? でも、それを確かめる方法なんてないし……うう、まずい。気持ちがどんどん不安に覆われていく。大金を払ったんだ。もっと前向きになれ。呪いは消えた、呪いは消えた――
ふと見ると、前方から暗い通りの中を、ランプをともした馬車が走ってくる。街中を走るにしては速さがある。急いでいるのだろうか。僕は左端に寄って馬車に道を譲った。が、なぜか馬は僕のほう目がけて走ってくる。
「ええっ――」
なぜこっちへ来る? 焦りであたふたしながら逃げ場を探した。横を見るとちょうど民家と民家の間に人の通れる隙間があった。ここしかない!
僕は勢いよくその隙間に飛び込んだ。馬との衝突は寸前で避けることができた。
「すまないのお……」
通り過ぎる馬車と共に、御者と思われる老人の声が聞こえた。謝るなら止まって謝ってほしい。僕は地面から立ち上がりながら服に付いた砂や草を払った。腹の部分に触れた時、手に何か付いてきた。暗くてよく見えない。とりあえずその手を顔の前に持ってきてみる。よく見ようと顔を近付けた時、僕は反射的に顔をそむけた。
「何で……」
それは動物の落し物だった。
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