悠久の都ディアマントと呪われた第二王子ミハエル


 長い眠りから覚めた小夜は目を見張った。

 エーデルシュタイン王国、首都ディアマント。そこは悠久の繁栄が約束された都市——。


 絢爛豪華、美麗荘厳。饒舌じょうぜつには尽くし難い程の都邑とゆう。石畳みで舗装された街路には煌びやかなドレスを纏った貴婦人やスーツを召した紳士達が優雅に闊歩かっぽしていた。

 路地の脇に所狭しと並んだ店舗ショップ、その内の一つからは焼き立ての芳ばしいパンの香りが漂っており、通り過ぎた小夜の食欲を刺激する。

 デュースター村とは文明レベルがまるっきり異なる大都市に小夜はただただ圧倒されていた。


(何なのよ此れは⋯⋯まるで一気に時代が進んだようだわ!)



 目的地に着き、馬車の小窓から外の様子を窺うと更なる驚きが待ち受けていた。

 広大な敷地内に立ち並ぶ御伽話に登場するような宮殿。白亜の壁に此の国の高貴さの象徴である青色で塗られたそれは観るものを圧倒する輝きを放っている。


「⋯⋯きれい」


 息を呑む程の美しい光景に、小夜は思わず呟いた。

 しかし、一番大きな宮殿に行くと思いきや、そこから更に十数分ほど進んだ先にあるやや小振りで色褪せたサックスブルーの建物の前で止まる。


 そして、馬車から降ろされた小夜は何が何だか分からないまま、その建物の応接室に通された。


(私を呼び出したのは一体誰なの⋯⋯?)


 ソファに腰掛け、そわそわと落ち着かない様子で待つ事数分——。


 ノックもなく、無遠慮に開け放たれた扉。



「デュースターの聖女とはお前の事か?」


 突然現れた男は挨拶も無しに開口一番そう言った。尊大な態度の男は口角を上げ、小夜を見下ろす。


「⋯⋯っ!」


 その男は目が覚める程の美丈夫であった。ふわふわで柔らかそうな白髪にルビーのように真赤な切長の瞳。白磁のように透き通った肌は白く輝いており、どこか気品溢れる雰囲気を纏っている。

 しかし、ハッと我に返った小夜は思い直す。


(なんて失礼な奴なのかしら)


 強引に事を進めておいて謝罪も挨拶も無い。小夜はその男に対して怒りを覚える。

 小夜が口を固く結び無言を貫いていると、無礼な男はあからさまにムッとした様子で先程よりも鋭い声で言い放つ。その声音は静かに発せられた筈なのに何故か有無を言わせぬ迫力があった。


「⋯⋯如何した、答えよ」

「⋯⋯人に名前を尋ねるなら、先ずは自分が名乗るのが筋ってものじゃないかしら?」

「フン、このオレに意見するとは中々度胸のある女ではないか」


 男は更に口角を上げ、可笑しそうにクツクツと笑ってみせた。小夜はそんな男をキッと睨み付ける。


「まあ良い。オレの名はミハエル・フォン・ヴィルヘルム。エーデルシュタイン王国が第二王子である」

「だいに、おうじ⋯⋯?」


 小夜は思わず反覆した。

 この男と直接の面識は無い。しかし、小夜はこの男を知っていた。

 何故なら、噂で嫌という程耳にしてきた為だ。


(じゃあ、この男が⋯⋯自身も呪われ、激しい憎悪から此の国に呪いを運んで来たと言われてる王子様なの? でも、まさか無実の罪で糾弾きゅうだんされている王子直々のお呼び出しだなんて⋯⋯一体何故?)


 瞬間、目が合いミハエルの赤い瞳がきらりと光を帯びる。


「⋯⋯ほう、お前はオレの無実を信じるのか。珍しい奴もいるものだ」

「!?」


 驚愕に目を見開く小夜を横目に、ミハエルは尚も言葉を続ける。


「お前を呼んだのは他でも無い。る男をお前の力で治療して欲しいのだ」


(え? 私、今声に出てた?)


 咄嗟に口元を押さえる。

 ミハエルに見つめられると何故だか居心地が悪く、顔を背けたいのに金縛りにあったように身動きが取れない。小夜の瞳は未だ、ミハエルの瞳に捉われたままだ。


「声には出ていないから安心しろ」

「なら、何故⋯⋯!」

「そうか、お前はこの世界の人間では無いのだったな。それならば知らぬのも無理はない」


 ミハエルは勿体ぶるようにたっぷりの間を取り、自らの瞳を指して言った。


「オレは人の心が読めるのだ」

「っ!」


(う、嘘でしょ!? 此れが本当なら相性最悪だわ⋯⋯!!)



「その反応は新鮮だな。⋯⋯何か重大な隠し事でも有るのか?」

「っ⋯⋯!!」


 小夜の思考を読み取ったミハエルは不敵な笑みを浮かべる。

 しかし幸いな事に、その時になって漸く身体に自由が戻ってきた。小夜は直ぐさまミハエルから顔を背ける。


(これは非常に不味い事になったわ! 私の嘘なんて直ぐにバレるじゃない⋯⋯!)



 小夜の知り得る情報(出典:弟のライトノベルより)によれば、悪人の末路は決まって目を背けたくなるほどに残酷だった。聖女では無く魔力を持たぬ只の異世界人だと暴かれれば良くて追放、最悪の場合には死刑に処される筈だ。


(ルッツたちは騙せたけど、此の王子の前では何時バレるか分からないわ。目を合わせなければ良い事だけど、不慮の事故だって起こりかねない)



 いっその事、全て白状してしまおうか——。

 否、駄目だ。そうすれば幾分か罪は軽くなるかもしれないがそれでも王族をあざむいたのだ。重い罰は免れないだろう。

 二律背反にりつはいはんの思考が小夜の中で激しくせめぎ合う。


 小夜は王宮に到着するなり早速、最大のピンチにおちいるのだった。




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