召喚したなら諦めずに探しなさいよ!
「——ぞ!!」
「⋯⋯かし⋯⋯は——」
遠くから声が聞こえる。
その声に引き寄せられるようにして、小夜は雨露でしとどに濡れた草や枝葉を掻き分けながら一心不乱に走った。
(取り敢えず、誰でもいい。今は此処が何処で私は一体如何なってしまったのか⋯⋯現状を把握しなくちゃ!)
必死に足を動かすうちに、幾分か開けた場所が見えてきた。
そこに近づくに連れてどんどん声がはっきりと聴こえるようになる。どうやら、声の出どころにやっと辿り着いたようだ。
全身の神経を研ぎ澄ませ、瞳を閉じる。
「——なァにが王宮に代々伝わる聖女召喚の儀だよ!
「だから俺は最初から反対だったんだよ! 聖女伝説なんてそんなもの、あるはず無かったんだ!」
「そもそも、この婆さんが本物か如何かも怪しいな⋯⋯」
「しかもこんなに大掛かりな召喚陣を書かせやがってよォ」
先程から耳に入るのは言い争うような若い男性の声ばかりだ。しかし、話を聴くにこの場には如何やら彼らの他に『お婆さん』も居るらしい。
(う~ん⋯⋯此処からじゃはっきりとは見えないわね。でも、此れまでに聴こえた話をまとめると何かの儀式をしていたという事なのかしら?)
身をかがめた小夜は、生い茂る草木の隙間から瞳だけを覗かせてこっそり盗み見る。
5人の男達の姿を確認した。年の項は小夜より少し上か同じくらいに見える。彼らが先程から不機嫌そうに会話していた人物だろう。大きなつばのついた帽子を被り、随分と年季の入った地味な色合いの麻の服を着ている。
勉強とアルバイト漬けの毎日を送っているために昨今のトレンドにはとんと疎い小夜。それが流行なのか、愛着故のものであるのか、はたまたそれしか着るものが無いから仕方なく着ているのかの判別が付かなかった。
しかしながら、改めて見ても全員が兄弟なのかと勘違いしてしまう程に皆が似通った服装をしている。(顔を見ると全く似てないので恐らくは他人だと思われる)
瞳を凝らしよくよく見ると、男達の中心には見るからに怪しげな風貌の女性——カラスのように真っ黒なローブを身に纏った腰の曲がった小さな老婆が居た。
(この人が話に出てきたお婆さん、かしら?)
老婆は小さな身体にはおよそ似つかわしく無い程の大きく長い杖を持ち、静かに佇んでいる。先ほどから置物のように微動だにしない彼女は何処か底知れない雰囲気を纏っていた。
それに、男達からは散々な言われようだったが、全くといって良いほど意に介している様子は無い。相当に図太い神経の持ち主なのだろう、羨ましいと小夜は思った。
しばらくの間、聞き耳を立てていると、小夜はある事に気が付く。
(訳の分からない儀式とやらで私をこんなところに連れて来たのはコイツらだったんだわ!! 何てことを⋯⋯!! しかも、さっきから魔法とか魔女とか、聖女とか⋯⋯あの人たちは正気なの!? でも、魔法でも無い限り私がこんなところに連れて来られた事の説明がつかないわ⋯⋯)
小夜には理解できないセンスの奇抜な身なりをした怪しげな集団。しかも、日本人離れした顔立ちに体躯、服装から此処が日本で無い事だけは直ぐに理解出来た。
助けを求めるにしても何かの儀式の生贄にされかねない。小夜は激しい不安に襲われる。
(ん? 待てよ⋯⋯此れって、もしかして——)
小夜には一つだけこの状況にぴったりと当てはまる事象に心当たりがあった。
——異世界転移。
それは弟の一人が今、寝食を忘れる程にどっぷりとハマっている小説のジャンルだ。
記憶が正しければ確か、一度だけ弟に見せてもらった小説の始まりはまさに今、小夜の置かれている状況と驚く程似ていた。
しかしながら、弟の小説では大勢の群衆が見守る中、王宮での召喚であったし、その後の何不自由ない生活も約束されていたのだが。
(うっ嘘でしょ!? あれは作り物の話よ、フィクションなのよ!? 現実に起こり得るはずが無いじゃないっ⋯⋯!)
小夜は唇に手を当てわなわなと身体を震わせる。
そうこうしているうちに、男の一人がとんでもない事を言い出した。
「儀式も失敗したんだし、これ以上此処に居ても無駄だ。モンスターに食われる前に撤収しようぜ」
「そうだな。ったく、俺たちは忙しいってのに婆さんの暇潰しに付き合わされるなんてとんだ厄日だ」
「はい、撤収撤収~!」
一際ガタイの良いリーダー格であろう男が帰還を提案すると、皆がそれに同意する。パンパンと手を叩く音が聴こえたかと思えば、男たちは直ぐにぞろぞろと小夜がいる方とは逆の方向へと歩き出した。
(えっ⋯⋯! ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 幾ら何でも諦めるのが早過ぎない!? 貴方たちが探している『聖女』は恐らく此の私なのよ!? それに⋯⋯此の森にはモンスターが出るって言ってたわよね? そんなの、こんなにか弱い私なら一溜まりも無いじゃないッ!!)
小夜はサァッと顔から血の気が引いていくのが分かった。
(もう悠長に様子を窺ってる場合じゃないわ! 今出て行かないと置いていかれる⋯⋯!! こんな気味が悪い森に独りぼっちだなんて冗談じゃないっ!!)
漸く決心がついた小夜は立ち上がる。余りの勢いに、ガサリと葉が擦れる音が辺り一帯に響く。
すると、小夜に背を向けて歩き出していた男達が一斉に振り返った。
「!!」
「何だお前はッ!」
「新種のモンスターか!?」
十二個の色とりどりの瞳が小夜に向けられる。
「ちっがーーーーうっっ!!!!」
腹の奥底から声を張り上げる。それは、絶叫にも近かった。
普段、こんな大声を出すことなど無い小夜は反動ではあはあと息切れをする。酸素を求める肺に十二分に空気を取り込んだ後、真っ赤な顔で言葉を紡ぎ始めた。
「アンタ達ねぇ⋯⋯! 人を連れて来たんならそう簡単に諦めるんじゃないわよ!! もっと私を求めなさいっ! 死に物狂いで探しに来なさいよ!!」
小夜は最早、自分でも何を言っているのか、何を言いたいのかも分からなくなっていた。
しかし、飛び出した以上、今更引き下がる訳にはいかない。
「大体、アンタ達には必死さが足りないのよ! 此れだから時代遅れの頑固なジジババ共に最近の若者は〜とか、ゆとり世代だとか言われるのよ!? 分かってる!?」
小夜の必死の形相に男達はポカンと大口を開け、戸惑いを隠せない様子だった。
「とっ、とにかく! 帰るなら私も連れて行きなさいよ!! いいわね!?」
小夜は腕を組み、仁王立ちでそう言い放った。
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