第8話 窮地陥る
乳首を、弱くつまんでみる。
「はうっ」と、アリナさんは小さな悲鳴をあげた。
乳首は、芯があって、ぷっくりしていた。仔細に観察したい。
「乳首も、ふあっ、揉み揉みする必要がっ、あるのか?」
僕が乳首をきゅっとするたびに、彼女の身体は強張った。
「はい!」と元気よく返事する。「ここだって、女性の大事なパーツですからね」
まったく説明になっていないが、彼女はそれを追及しようとしない。ありがたし。くそがき、万歳。これが女の身体か。心地よい感触だ。穏やかな温度、乳はふかふか。
乳首は見えないけれど、きゅっとすると、僕の指に弾力を与えながら、心持たいらになっている気がする。
見上げると、アリナさんは片手を猫にして、唇の端にあてていた。下唇は、例の如く甘噛みされている。癖なのだろう。
乳首をさっきよりちょっと強くつまんで、もう片方の手で下乳を揺らす。下乳は、ぐいと持つようにすると、ぷるぷるしながら、重いのがわかる。
「ちょっと、背中を浮かせてください」ひし形は、休んでいてください。
「へ? うん、わかったよ」
斜めにもたれていたアリナさんの身体がまっすぐになった。
ぎゅっと抱き着いて、最初に背中のひもを解く。
「お、おい、何してるんだい?」
惚けた声が、僕に投げかけられる。
「邪魔だから、外すんです」古今東西のマッサージルールブックに記されているかのように答える。
「いけないよ、それは」
「どうしてですか。乳首を見られるのは恥ずかしいですか」
アリナさんの眉が、困って皺を寄せた。「恥ずかしいのはもちろんだが、こういうのは、ちょっと……子供か、恋人同士じゃなきゃ」
意識せず、乳首はぎゅっとつまんでしまう。
「ひゃんっ!」猫の手が、唇を覆う。「そんなに強くしちゃだめだよ」
”恋人同士”か。ショウは特別そうな様子もなく、あなたの胸に触れていました。
そうか。二人はとっくに恋人同士なのだ。これっばかりではいけない。もっと、強引にゆかなければ。彼女は、僕だけの女にしなければ。
「お願い、ママ」”つぶらな瞳”で、アリナさんを見つめる。
彼女はまた、下唇を噛んで、僕を見つめ返した。数秒間、見つめあう。唇の上の瞳孔はひらいている。困り眉が解かれ、しわが消える。
突然ぐっと、強く抱きしめられる。
「いいよタロウマル。よしよし、あたしがママになってやろう」
よしよしでなく、ごしごし、削られそうに頭を撫でられる。痛い! アリナママ!
力加減間違ってます。つぶれるっ。僕が赤子だったら、変形している。背中をどんと叩かれた。効く強打。HPゲージは半分以下。ラップみたいになっちゃった。というか、タロウマルって誰だよ。僕はきちんと、皆にゴブオだと自己紹介したぜ。まさかなにか、悲しい背景がありはしないだろうな。
「ふがふががほがっ!」痛いよママ! 呼吸だってできない! って言ったつもりだが、音になったのはこんな発情した獣みたいな声である。
「あら、どうしたんだい?」アリナさんは、一転して優しく僕をほどいた。
赤子見つめるマリアくらいの、ほどよい距離感である。
僕も、相応の心意気を見せなきゃ。無理だ。聖母マリアに抱かれる赤子のような、純真無垢性は僕にありはしない。おっぱいを凝視してしまいます。
「あの、タロウマルって誰ですか?」と乳房の半円を舐めるように睨みながら僕は言った。
「あ、ああ」アリナさんは恥ずかしそうにそう言って、僕を突飛ばした。
僕はほとんどベッドの端のとこで彼女に抱かれていたのに、突飛ばされた勢い持って、固い地面へ落された。今しがた叩かれたばかりの背中を、地面に殴打される追い打ち。
白い天井に、おっぱいの影が映っている。影で満足してちゃあ駄目だ。起き上がって、ベッドに飛び乗る。アリナさんは両手で顔を覆っている。
「うっうう」嗚咽みたいな声上げて、アリナさんは俯いてしまった。
僕は、彼女の過去の、低く暗い部分を打ってしまったのか。ど、どうしよう。動揺するぜ。体温が、一気にひんやりだ。
「泣いているんですか?」出たのはこの、くだらぬ確認の言葉だ。
「すまない。ちょっと……まってくれ、ぐすっ」
アリナさんは既に、号泣のありさまであった。指で目元を拭うが、涙は止まらない。
まずい。これは僕が悪い。こんなさっぱりした人に、暗い過去があっただなんて。どうするべきか。ママ! ってもう一回胸に飛び込むか。嫌われるに違いない。
結果として僕は、彼女に触れないほどに近づいて、正座することを選択しました。触れるのは、よくない気がする。アリナさんが落ち着いたら、謝りましょう。
六、七分くらいして、彼女はやっと落ち着いた。涙も、降っていません。
「いやあ、すまないね乱れちゃって。坊やがあんまり、タロウマルに似ていたから」 アリナさんは、僕の髪の毛一本ない、禿げあがった頭を撫でた。くすぐったい。
「ごめんなさい」飛び上がりながら、土下座。「アリナさんを、泣かせてしまいました」
「いいんだよ。ほら、顔上げな。こってこそ悪かったよ。だってほんとそっくりなんだ。あたしが子供の頃可愛がってた人形にさ」
人形だと! 許さん! 亡くした息子の名前だと勘違いしたじゃねえか!
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