第2話 甘い日々でもバトル ~急転


 大魔王と大聖女、いいえ、ディーノとエレナの私は今の世で幸せになると誓った。


 とは言え、今後のことを話し合うが現実はなかなか難しい。


 おおっぴらに付き合うのは難しい。


 私には家族がある。

 ディーノには大魔王として他の魔王を抑える役目がある。人間界に手を出さないという方針に反対する魔王もいる。スキあらば大魔王のイスを奪い、人間絶滅の戦いを仕掛けるのだと。


 全てを捨てて相手に身を委ねるというのはお互いに難しい。




 結局、人目を忍んでデートを重ねるというのが妥当な結論だった。



 冒険家もめったに来ないダンジョンの最下層などもってこいのデート場所だった。


 ピクニック気分で手をつないで、ダンジョンを降りていく。

 最下層に着くと、シートを広げてお手製のサンドイッチを振る舞う。

 前世の勇者時代も二人でこうして旅したものだ。


「でも、エレナは十回戦っても思い出せなかったよな」


 私の膝枕で横になっているディーノが笑いながら言った。

 たぶん、一生言われるんだろう。


「もっと早く、教えてくれれば良かったのに」

「だって、絶対に信じなかっただろ?」


 まあ、そうだ。

 大魔王がいきなり、『お前の前世は我が妻だ』とか言い出しても目が点になるだけだ……。


「でも、思い出せて良かった……」

「そうだな」


 ディーノは私を抱きしめて、キスしてくれた。

 懐かしい甘いキス。

 もし、戦いでなく、キスしてくれていたら思い出していたかもしれない。

 いやいや、それは無理な話か……。


 


 そうは言っても今は大魔王と大聖女、時には戦わねばならない。


 今日も大神官の言いなりに討魔騎士団を従えて大魔王城に進軍する。


「お前達はここに残れ!、私が一人で突っ込んで一騎打ちを挑む!」


 城の入り口で従えてきた騎士達に私は叫んだ。


「なりませぬ、我らもお供します、共に戦いましょう!」

「我らは生死を誓い合ったではありませんか!」


「ならぬ!、足手まといだ!」


 そう叫んで聖剣を振りかざし、城の中へ走り込む。

 ガシャーン、と後ろで入り口の大きな扉が閉まった。


 もう大丈夫だろう。

 聖剣を鞘に収め、今では慣れた通路を進んで行く。


「待った、ディーノ?」

「ちょうど、紅茶が入ったとこだよ」


 リビングでテーブルを挟んで座り、のんびりとお茶を飲んで会えなかった時間に起きたことを話題におしゃべりする。


 私は聖教会、大神官の無茶な指示へのグチ、ディーノは部下の魔王達が言うことを聞きたがらないというグチ。


 前世ではもっとロマンチックな会話だった気もするが、お互い大人になったと言うことか。

 でも、こんなたわいのないおしゃべりが私達の大事な時間。


 別れの準備は、ちょっと大変。

 いかにも激戦を繰り広げたようにディーノの魔法で痛くないようにあちこち傷を作ってもらう。あとで治癒魔法で直せる程度に。

 聖剣には豚の血を塗っておく。


 じゃあ、またね、とディーノとお別れのキスを交わして、全力疾走で城の出口に向かう。

 ドアを開けてもらい、ハアハアと息を切らせて疲れた様子で、心配そうに待っている騎士達の方に歩いて行く。


「大聖女様、ご無事でしたか!」

「うむ、一太刀浴びせたぞ!」


 ブタの血のついた聖剣を高々とかかげる。

 ウォー!、と騎士達から歓喜の声が上がった。


 大神官の無理な進軍命令に不満を抱きながらも着いてきてくれる大切な部下達。

 だますのは気が引けるが、これもディーノとの大切な時間のため……。


 カンベンしてね、と心の中でつぶやく。




 それでも、大魔王と戦いながら、毎回毎回、軽傷で戻ってくる姿を怪しむ声が聞こえてきた。

 そりゃそうだ。事実だから……。


 大芝居を打つことにした。


 大神官は数ヶ月に一度、聖地を訪れて祈りを捧げる。

 その移動中を襲う。


 大神官の馬車を中心に、馬に乗る騎士と神官が前後を固める。

 私も警護の一人ということで隊列に混じっている。


 周囲に影響がないように、平原の道で仕掛けることにした。


「見ろ、ドラゴンだ!」


 騎士達が上空を見上げた。五匹のドラゴンがV字型に編隊を組んで、こっちに飛んでくる。

 先頭のドラゴンの背にはディーノ、いいえ、大魔王エラルドが腕を組み、大きな黒いマントをひるがえして立つ。

 りりしい姿に惚れ直してしまう。


「大魔王だー!」

「大神官を守れー!」


 舞い降りるドラゴンに騎士達は向かっていくが、翼の風圧で吹き飛ばされる。


 ディーノはドラゴンの背から大剣をかざして飛び降り、そのまま大神官の馬車を真っ二つに切り裂く。人のいない部分を狙って。 


 二つに切られ、吹き飛んだ馬車の中におびえた大神官が見える。


「大神官、キサマこそが悪の元凶!、この魔剣で斬り捨ててやる!」


 おや、おびえて頭を抱える大神官の身体が光を放つ透明な球体に包まれた。これがウワサの法力による絶対防御のバリアーか……。

 ディーノの魔剣で打ち破れるか見てみたいが台本がメチャメチャになる。


 とにかく剣を振りかぶるディーノと大神官の間に割って入る。

 振り下ろされる魔剣に向かって魔法で防御壁を作り、魔剣をはじき返す。


「大神官様、お逃げください、ここは私が!」

「遅いわ大聖女、さっさと倒さぬか!」


 こいつ、助けてもらってそのセリフか。

 ムッとしながら、ともかく台本を先に進める。


「大神官様を狙うとは神をも恐れぬ暴挙!、聖剣の裁きを受けるが良い!」


「その聖剣が効かぬこと、まだわかっておらぬのか!」


「偉大なる大神官様をお守りするとき、我が力は数倍となるのだ!」


 人は強い。大事なものを守るため、以前なら絶対に言えないウソもお世辞も平気で言える。


 あの大神官が感動した目で私を見ている。


「受けてみよ、新たな聖なる力を!」


 下段から振り上げた聖剣から光の刃が放たれた。ディーノの左腕は切断されて宙を舞い、ドサッと地面に落ちた。正確にはブタの肉と骨からディーノが錬成した左腕のような物なのだが。


「グァー!、この恨み、いつか晴らしてくれるわー!」


 ディーノはわざとらしい悲鳴を上げながら、ドラゴンにまたがって飛び去っていった。


 警護の騎士や神官達から歓声が上がった。


 私は聖剣を高くかかげて、その声に応えた。

 二人でずっと練習した成果に、ほっと安堵のため息をつく。



「これが大魔王の腕か……」


 騎士達が興味深げに斬り落とされた腕に近付いていった。

 うっ、やばい……。


「触ってはなりませぬ!、邪悪な気を感じます、私が浄化しましょう!」


 腕のような物は私の魔法の力で光に包まれて消えた。

 よし、これで証拠はなくなった。



 一人の神官が笑いながら近寄ってきた。


「大聖女は大魔王と戦っているうちに、情が生まれたと言う者もあるがデタラメであったな」


「キサマ、この大聖女カサンドラを愚弄するのか!」


 すごい形相で神官をにらみつけて退散させる。


 今日のお芝居で半年は大丈夫だろう。

 私を見て満足げに笑顔でうなずいている大神官を見てそう思った。



 おぇっ……、急に吐き気を感じた。

 大神官の笑顔を見たからではない。

 たぶん、これは……。


 事態は急転する。


 

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