第63話 叔父

 ―――時間は昼過ぎ。俺と丹菜は新幹線に乗っていた。今、丹菜の親戚の家に向かっている。新幹線の移動は大体三十分だ。それ程長い時間ではない。

 

「やっぱりGWです。混んでますね」


 俺と丹菜は出入り口のスペースに二人で立っていた。自由席は勿論だが、チケットを買うとき指定席も埋まっていたのだ。


「こうして遠出するのって初めてだな」


「ですね。なんか、旅行って感じしますね」


「そうだな。たかが新幹線三十分の旅だけどな」


 親戚の家は、隣の県だ。俺達のマンションからはマンションを出て徒歩も含めて二時間くらいで着くそうだ。距離は遠いけど時間的には近いようだ。


 暫くもしないうちに、目的の駅に到着した。

 俺は駅を出て街並みを見た。この街並みを俺の知らない頃の丹菜が見ていたと想うと、嫉妬心のような気持ちが湧いてきた……何に嫉妬してる?


 駅を出たら丹菜の案内で隣にある私鉄の駅に連れて行かれた……何で駅ビル内で繋がっていないんだ?


「駅の中で繋がってないんだな」


「そうなんです。この駅の悪いところですね。でも、大きい駅じゃないんで大して苦にもなりませんが……」


「まぁ……味がある感じで悪く無い……かな? 終点は何処なんだ?」


「温泉街です。結構有名と言えば有名ですが……『湯水温泉』って聞いたことあります?」


「何となくあるな」


「誰もが何となく聞いた事があるような気がする知名度の温泉です」


「なるほど……絶妙な表現だな。ところで丹菜は温泉好き?」


「温泉そのものは好きですが……不特定多数と入るのはちょっと落ち着かないので……大衆浴場が苦手と言った方がしっくりきますね」


「なるほど。俺と同じだな」


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 ―――目的の駅に着いた。


 ここからは歩いて行くそうだが5分くらいで着くらしい。


「ここが丹菜が過ごした街なんだな」


「結構便利な街で、歩いてきた大通りを一本裏路地に入ると直ぐ住宅街なんです」


 丹菜はそう言って大通りから裏路地に入って数メートル歩くと一軒の家の前で立ち止まった。


「ここが叔父さんの家です」


 叔父さんの家は、外見で直ぐ分かる。俺の実家と同じ作りの二階建ての標準的な家だ。フローリングは台所のみで、全ての部屋が畳部屋って外見でわかる家だ。


 丹菜がインターフォンを押す。


『はーい』


 女性の声だ。叔母さんだな。


「叔母さんこんにちは」


『あ、丹菜ちゃんいらっしゃーい。中入って』


 そこ言葉に丹菜は玄関を開けると、奥から叔母さんが出て来た。


「丹菜ちゃんいらっしゃい」


「叔母さんこんにちは。ちゃんと彼氏も連れてきたよ」


 おっと、いきなり紹介されてしまった。


「初めまして。御前正吾と言います」


「ここじゃなんだから上がって上がって」


 叔母さんに促され、丹菜は慣れた感じ……というか自分の家だな。俺を茶の間へ案内してくれた。この丹菜の立ち振る舞いが何故か俺は嬉しい気分になった。


 俺と丹菜は荷物を隅に置いて、テーブルの前に正座して座っている。


 少しして叔母さんは、台所からお茶を持ってきた。


「新幹線、混んでたでしょ?」


「うん、流石に椅子には座れなかったよ」


 叔母さんがお茶を出し終わったタイミングで、俺は叔母さんに改めて挨拶をした。


「改めて、本日はお招き頂有り難うございます。丹菜さんとお付き合いさせて頂きております御前正吾といいます」


 そう言うと、叔母さん俺と同じ座礼で挨拶をした。


「わざわざ丁寧に、丹菜の叔母です。ようこそいらっしゃいました。自分の家と思ってゆっくりしてってね」


「有り難うございます。これ、お口に合うか分かりませんが私の街の名物です。どうぞお召し上がり下さい」


「あら、私これ大好きなの。うれしいわー。早速皆で食べましょう」


 俺が買ってきたのは「荻の月おぎのつき」だ。「はぎ」ではない。「おぎ」だ。字も違う。


 叔母さんはお菓子を台所へ持って行き、木の器にお菓子を入れてテーブルに置いた。


「そう言えば叔父さんは?」


「丹菜ちゃんの彼氏が来るっていうんで、さっきどっか行っちゃったの。お夕飯の時間には帰ってくるでしょ」


「そっか。リリちゃんは帰ってくるの?」


凜々亜りりあは今回帰って来ないみたい。バイトで忙しいみたいね」


 因みに俺もバイトは今日と明日、休みを貰っている。


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 殆ど丹菜と叔母さんの会話だ。会話の内容は丹菜の生活の話しが中心だ。そして時間は夕飯の準備の時間になった。

 叔母さんは既に買い物を済ませていたようで、買い出しに行くこと無く夕飯の準備に取り掛かろうとしていた。


「叔母さん一緒に作るよ」


「あら、ありがとう。でも正吾君、一人になっちゃうから一緒にいてあげて」


 叔母さんは丹菜の申し出も、俺を気遣って断った。すると玄関が開く音が聞こえた。


「ただいまー」


 男の声が聞こえた。多分叔父さんが帰ってきたんだろう。


 叔父さんらしき人は玄関から直接台所へ入っていった。奥で叔母さんと話しをしている。


「これ、お土産」


「何? イワナ?」


「釣り堀で釣ってきた。四匹あるから塩焼きにして出して」


 叔父さんらしき人……叔父さんだな……叔父さん台所で叔母さんとはそう言うと、茶の間に入ってきた。俺は崩していた足を正して座り直した。


 茶の間に入ってきた叔父さんを俺は見る事が出来なかった。やっぱり緊張するだろ。後で丹菜に聞いたが、叔父さんも俺を見なかったそうだ。

 丹菜に目やるとクスクス笑っている。丹菜は俺達の様子を無視して俺を叔父さんに紹介した。


「ふふふ。叔父さん紹介するね。私の彼氏の御前正吾君です」


 俺は叔母さんに挨拶したように叔父さんにも挨拶をした。


「初めまして。丹菜さんとお付き合いさせて頂いております御前正吾と言います。今日はお招き頂有り難うございます」


 そう言って顔を上げた時、初めて叔父さんの顔を見たんだが……あれ? この人どこかでお会いしたことが……記憶を辿るが……叔父さんも俺を見て固まっている。


 丹菜は俺達の様子を見て、


「どう……したの?」


 すると、叔父さんが口を開いた。


「丹菜。この男なら間違い無い。今すぐ結婚しなさい」


 ん? 話しが飛躍したぞ。結婚はまだいい。なんで「今すぐ」?


 俺は混乱しながらも、目の前の男性が、以前、レストランでトラブルがあった時のお客様だったことを思い出した。

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