第56話 異名
———翌日の昼。俺達は既に実家から帰って来て部屋で話しをしていた。
「昨夜はビックリだったな」
「ですね」
俺と丹菜はパソコンからスマホにダウンロードした写真を何枚か眺めていた。
親父の話では、この時、この街でちょっとしたフェスがあったんだそうだ。メンバーはバンドの同窓会的に集まって「解散ライブ」をやったらしい。解散と言っても自分らだけがそう言って盛り上がってたそうだ。
で、その時の写真の一枚がこれという訳だ。
そして俺はこの写真を皆に送信……出来なかった。
「なんか申し訳ございません。私の都合でこの写真、皆に教える事が出来なくて……」
「知らなければ存在しないのと一緒だ。ただ、あいつらの親も同じ写真持ってるだろうから、陽葵には前もって『この写真を見つけても大地には内緒』って言っとけば大丈夫だ。ただ、大地がこの写真見つける可能性も……神頼みだな」
この写真を皆に送信すると「丹菜のお母さんは今どうしているんだ?」という話しになる。丹菜は両親が居ない事を知られたくないでいる。彼女は「同情の目」で見られるのを嫌っている。
中学時代、事ある毎に「丹菜ちゃんお父さんとお母さん居ないから」と言われてきたらしい。そして彼女は言う、言われる度に「そのせいにしないで」って心の中で否定はしても、口には出せなかったと……。
俺はバンドのメンバーは「同情の目より尊敬の目で見る」と言ったのだが……現に俺がそうだしな。彼女の中で一歩踏み出せないでいるようだ。
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春休みの平日、俺の元に珍しくライブハウスから連絡があった。聞けば、ハイスペックスのファンがハイスペックスの楽曲のコピーバンドをやっていて、一度nIPPiの歌声でどうしても演奏してみたいと言う申し出があったとの事だ。
丹菜はハイスペックス以外のバンドを知らない。この話はかなり興味があると丹菜は語っている。
「是非やってみたいです。他のバンドがどんななのか知りたいです」
丹菜は二つ返事でOKを出した。ただ、俺はそのバンドの事を考えて観客無しならいいという条件でOKを出した。
コピーバンドについては俺達は了承している。と言うより、ハイスペックスの演奏は歌以外の旋律が毎回違うので「オリジナルの曲はこうです」という見本を示す意味もあって了承している。しかし俺らのコピーバンドって……光栄だけど素人のコピーってどうなんだ?
場所はSeeker。Seekerは平日15時までは、練習場(有料)として開放している。芳賀さん含むメンバー全員で見学に行った。因みに丹菜と陽葵はいつもの帽子を被っている。
ライブハウスに着くと何組かのバンドもフロアーにいた。練習の順番待ちのようだ。観客無しと言ったが、これからバンドの無様を晒しても汚名にはならないので安心だ。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。しかしバンドメンバー全員で来ていただけるとは思ってもいませんでした」
「皆、私が他のバンドで歌ったらどうなるのか興味があるみたいです」
「なんか緊張しますね」
「私もです。それじゃあ早速始めますか」
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皆が注目する中、前奏が始まった。
「♫♪—♬♩—♪—♪———♬♩……」
歌い出しは上々。Aメロは普通に歌い出している。ただ、何となく音が足りない感じがするな……早速丹菜の声に負け始めてるようだ。
「♩♪♪♫—♩—♪—♬♫♪—♪……」
Bメロ……音がついてきてない。そしてそのままサビに入ったが……
「♬♪♬♪♬♬♪♪♫———♪♫♪……」
—————— …………。
音が止まってしまった。
「……あの……どうされたんですか?」
ステージ上では丹菜以外、汗ダクになり息切れしている。
「御免なさい。俺らじゃ駄目だ。歌に引っ張り上げられていつもと違う演奏が出来て最高なんだけど……俺らの技術が付いていけないみたいだ」
周りのギャラリーもちょっと騒ついている。すると、
「あのー……もし良かったら俺らとも一緒にやって貰っていいですか?」
「私は構いませんけど……ハイスペックスの曲弾けますか?」
「一曲だけ」
「ならそれで」
丹菜は、最初に組んだバンドに断りを入れた。彼らも自分らの実力との違いが見たいとの事で快諾してくれたようだ。
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結果、サビに入った瞬間、音が止まった。
「ダメだ! 身体が……nIPPiの声に音を合わせようとすると身体が付いていかねー……」 「声に合わせないと全部の楽器の旋律消されるし……スゲーよ!」 「nIPPiバケモンだ……つーか、ハイスペックスの奴ら良くこのボーカルと合わせられるな……全員バケモンだぞ! ハハ」
そしてフロアーに居た一人が呟いた。
「———バンド殺しのnIPPi」
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